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【笑ってくれないあさひくん】 #12

「柚ちゃん、ごめん、今日お昼一緒に食べられないや」
「部活?」
「そう、集まってご飯食べるんだ。もし良かったら柚ちゃんも一緒に食べる?」


 朝の登校中に駅のホームでちーちゃんからお誘いがあったけど、さすがにその勇気はないので「大丈夫、図書室で食べるよ」と言った。
 実際、図書室での飲食は禁止だから違う場所で食べなきゃいけない。教室は騒がしいし、空き教室を探してササッと食べて図書室で時間を潰そう。
 こういうとき、周りを気にせずに一人で食べる強さがあったらいいのに心底思う。ちーちゃん以外にも一緒にお弁当を食べることが出来る気の置ける友だちがいたら良かったけど、まぁいないものは仕方ない。

 昼になり、ちーちゃんが「行ってくるね」と教室を出たタイミングで、わたしもお弁当を持って立ち上がると「ちづと一緒じゃねーの?喧嘩した?」と聞いてくるクラスメイト。そう、あさひくん。


「部活の人と食べるんだって」
「一人なら一緒に食う?」


 「いいです、わたしも約束あるから。ほら、早く行きなよ」「約束?誰と?」と気を遣って?聞いてくるあさひくんを無視して、一人になれる場所を探す。
 屋上は開いてないか、空き教室や階段にも先客がいたから断念。いまさら教室に戻るのもなぁ。トイレで食べる?普段使われてないトイレならいける?待って、外で食べるのもありかも、この際お弁当は食べずに図書室行く?なんて少しずつ焦りが湧いてくると「え~と、一年生よね?」と声をかけられる。


「もしかしてご飯を食べる場所探してる?」
「、はい」
「良かったらわたしの部屋に来ない?すぐそこの部屋なの」


 ふふ、と肩を上げて微笑んだこの人は、えっと、誰だっけ。先生かな。ついて行っても大丈夫だよね……?と状況を整理しながらも言われるがままについて行くと、普段は移動教室で使う方の校舎の一階の端の教室についたここは、資料室。
 ちょっと陰気なこの場所に部屋なんてあるんだ、なんて失礼なことを思いつつ中に入ると、両壁に本がびっしりと並び、部屋全体に陽が入り、廊下と比べたら明るさも温度も全然違う。部屋の真ん中には来客用?のテーブルとソファ、窓際に机が置かれ、その人は外へと続く扉を開けて「暖かいから外で食べようか」と呟く。


「ここ、わたしの持ち部屋なの」
「本がいっぱい、」
「一応、国語の先生だからね。そこの椅子に掛けて、この時間は日当たりが一番いい場所なの」
「高校の先生は持ち部屋があるんですね」
「他の先生はどうかな。わたしはここに勤めて長いから、駄々をこねたらくれたの」
「一年の先生、ではないですよね」
「うん、二年生と三年生を少し。あなたは一年生よね、お名前は?」
「一年三組の大井柚です」
「柚さん。わたしは茨木悦子いばらぎえつこです。みんなからはえっちゃんなんて呼ばれてます」
「あの、わたし、ここで食べてもいいんですか?」
「どうぞ。今日は暖かいから、外で食べましょう」


 そう言って、一緒に外に出るとそこは小さな中庭だった。ドアの前の段差にレジャーシートを敷いて、よいしょと座る悦ちゃん、先生。小さな花壇が両脇に二つ。一つは花を植えていて、もう一つは野菜を植えるつもりなの、と説明してくれる。


「ここ、好きです」
「そう、良かった。さぁ、座って」


 言われるがまま、先生の隣に座ってお弁当を食べる。
 お弁当を食べている間、多くは喋らなかったけど、ここには他の人も来るのかと聞いたら「そんなには来ないかな。でも、一年に何回か、お昼時になると一人でこの校舎に来る子たちがいてね。そんな子たちをつい誘ってしまうの、おばさんのお節介」と言っていた。その中にわたしも含まれている。
 「声をかけるのはほとんど下級生ね。でも、時間が経つと、学校にも慣れて友達も増えるでしょう。そうしたらここに来る頻度も少なくなって、あぁ、安心できる場所ができたんだなって嬉しく思うの」そういう先生は、悲しい、寂しいといった感情じゃなくって、ホッとしているように見えた。


「わたしは、いつも一緒に食べている友だちが部活の集まりがあるから一緒に食べれないって言われて、でも、教室で食べるのは居心地が悪くて。そうしたら、先生に声をかけてもらって。嬉しかったです」
「ここに来る子はね、そんなに多くないのよ。こう、陰気な場所でしょ。だから、人を見つけると嬉しくって。授業がある日はここに居るから、たまに遊びにおいで、友だちも連れて」
「はい」


 入学して日が経ってもどこか馴染めない、馴染めてないなと思っていたけど、ここの存在、先生の存在を知って少し安心した。
 お弁当食べ終わって、二人でのんびり日向ぼっこをしていたら「一人でいるときはね、ごろんと寝転んで太陽チャージをしているの」とそのまま後ろに寝転んだ。そして目を瞑る。わたしも見様見真似で同じように寝転び目を瞑る。


「あれ、先客じゃん」


 声がしてパッと目を開けると、ドアからひょこっと顔を出している人がいる。
 あれ、もしかして寝てた?一瞬意識飛んだような気がする。急いで身体を起こして振り返る。


「え、陸兄」
「柚じゃん。なんだ、柚もここ来んの?」
「お知り合い?」
「幼なじみです」
「あら。久住くんにこんな可愛い幼なじみがいたのね」


 先生はよいしょと身体を起こす。
 ドアのふちに座る陸兄に「いま来たの?」と聞くと軽く聞き流され、カバンの中から菓子パンを取り出す。


「いい天気だこと」
「そうねぇ。このまま授業サボっちゃおうか」
「悦ちゃん、次授業だろ。俺そのために来たんだけど」


 わたしも流石に入学早々サボることは出来ない(まだ勇気がない)ので苦笑いしていると「ちぇっ、みんな優等生なのね。こんなにいい天気なのに室内で勉強なんて息が詰まるじゃない」と唇を出しながらムスッとしている先生を『先生』らしくないなぁなんて見ていると、「また呼び出しくらうよ。校長にも釘刺されたんだろ」と陸兄がしれっと言う。今回限りじゃないんだ。


「先生でもサボりたくなるんですね」
「子供でも大人でもみ~んなサボりたい日くらいはあるでしょう。わたしはその感覚に忠実に従っているだけ」
「その感覚に従った結果、この前なんか授業すっぽかしたもんね、悦ちゃん」
「昼過ぎに授業があるのが悪い。来学期から午前中にしてもらわないと」
「え~、それはやめてよ。この時間だから来れてるようなもんなのに」


 いや、朝から来いや。
 陸兄は昔から気まぐれに学校に行く人なので、この時間に登校することにわたしは慣れているけど、先生は怒ったりしないのかな、と内心ドキドキ。でも怒ったり気にする様子もない。

 穏やかな昼休みも予鈴と共に終わりを告げ、「どれ行くか~」と背伸びをして立ち上がった陸兄に続いて、また来ます、と先生に伝えて部屋を出る。
 「またいつでもどうぞ」と微笑む先生。あれ、先生も授業じゃないのかな、と思いつつ、陸兄の背中を追いかける。


「陸兄はあそこによく行くの?」
「ん~、たまに。そんなしょっちゅうじゃないけど。柚も見つけられた感じ?」
「見つけられた?うん、まぁ、そうなるのかな」
「あの人は何でも見つけてくるかんな、去年なんか野良猫をあそこの庭で育てようとして校長呆れてたから。笑」
「わたしも猫みたいなもんだったのかな」
「さあね。でも、柚はここ見つけんだろうな~って思ってたわ。柚は俺と似てるとこあるからね」
「え~、陸兄と?なんか嫌なんですけど」


 ひどいわ〜なんて鼻で笑いながら「じゃね」とのったりのったり歩く背中を睨みつける。
 陸兄とわたしのどこが似てんの、と不満に思いながら長~い階段を昇り終えたところで本鈴が鳴る。まずい。小走りで教室に入ったら先生が教壇でスタンバイ。危ない危ない、セーフ。

 わたしの姿を見つけたちーちゃんとあさひくんが同じタイミングで「遅かったね」「どこで食ってたん?」と聞いてくるのを軽く流して、席で上がった呼吸を整えていると、あさひくんがスマホを見ろとジェスチャーしてくる。
 先生にバレないように机の下でこっそりとスマホを確認すると、あさひくんから何件かラインが入ってた。
 【どこで食ってるん】【外?】【図書室?】【図書室にはいませんでした】【どこよ】まで確認したところで【どこに居たん】と追いライン。しつこ。
 思ったことそのまま返信しようとしたら、ちーちゃんからも【どこで食べてたの?】なんて来るもんだから、四人のグループトークで【空き教室!!!】と送ったら納得したのか、それぞれが携帯をしまって授業を聞き始めた。
 自分が納得できるまで追いかけてくる、猪突猛進の二人。次からラインを入れてから行くことにしよう。

 日向ぼっこの余韻を引きずりつつ授業を終えてスマホを見たら、勇太くんから【何が?】って返信が来てたけど、猪突猛進の二人に説明するのが先。囲まれている。

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この小説は、小説家になろうで掲載している作品です。
創作大賞2024に応募するためnoteにも掲載していますが、企画が終わり次第、非公開にさせていただきます。

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