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【笑ってくれないあさひくん】 #9


 ホームルームが終わり、ちーちゃんがわたしの席に来て「柚ちゃん、今日バイトも委員会もないよね?」「みんなでファミレス行かない?」って。


「あれ、あさひくんたち部活じゃないっけ?」
「あいつらじゃなくて、クラスの子たちで。仲良くなったからみんなで話そ~って。駅の近くにあるとこ」
「え、わたしもいいの?」
「もちろん!でも無理しなくていいよ!」


 といいつつ「柚ちゃんが来てくれたらいいなぁ」なんて、両方の人差し指を合わせてツンツンしながら言われても……
 しかも、きっと一緒に行くであろう子たちは教室のドアの近くからチラチラとこちらの様子を見ているし……この状況でさすがに「行きたくない(ニコ)」なんて言えるはずもない。


「ん~、じゃあ行こうかな」
「ほんと?やった!柚ちゃんも行くって!」


 誰とでも仲良く話せてどこにいても馴染む、みんなでわいわいするのが好きなちーちゃんと、人と接することに慎重でひとりを好むわたし(ちーちゃん談)。
 もう何年も幼馴染をしてお互いの性格や好きなこと苦手なことも把握してる仲で、もちろんわたしが大人数の場が苦手なことを知っているけど、たまにこうして輪の外に居るわたしを、輪に入れようとしてくれる。多少無理やりにでも。
 もちろんひとりでいたいときは断るし、ちーちゃんもそれを軽く流して受け止めてくれる。だからといって、誘っても来ないならもう誘わない、なんてこともない。何かの集まりのたびに、こうして誘ってくれる。
 そんなちーちゃんの厚意にいつも甘えさせてもらってるところもあるから、誘われた内の何回かは行くようにしている。

 本当に行って大丈夫かな、邪魔じゃないかな、なんて不安もよぎったけど、実際、そんな不安もよそに、一緒に行った三人の子たちはとても優しくて、楽しい時間を過ごすことができた。
 わたし以外のみんなは、もうずっと話が止まらなくて(開いた口が塞がらないってこういう場でも使えると思う)、中学ではこういう子がいた、先生がこうだった、部活がどうだった、先輩から聞いた話など、もう次から次へと話が止まらなくて、わたしは聞き役に徹した。口と思考のペースがみんなに追いつかない。
 みんなの話のペースを必死に追っていくなかで、「そういえば、3年にかっこいい先輩いるよね?」って。


「3年?誰だろ?まだ3年生と関わりないからなぁ」
「ほら、襟足が金髪の!」
「襟足が金髪?あ~、だったら陸兄もそうだよね」


 「あ~、確かに陸兄も3年だね」と言うと「陸兄?誰?写真ある?」とみんなに言われるがまま、スマホの写真フォルダから陸兄を探す。
 陸兄は写真を撮るとき、決まっていつも目を瞑って両手でピース。もっと普通にしてよ、と言っても「これが俺の普通なのよ」って。ソワソワしている三人の期待に応えたいけど、まともな写真がない。
 あ、そういえば。
 バイトのとき、店の前を掃き掃除してたら、向かいにあるサブさんのお店(古本屋さん)の前で陸兄とサブさんを見かけた。あまりにも楽しそうに話しているもんだから「二人とも~こっち向いて~」って写真撮ったんだった。
 そのときの陸兄は、お決まりのポーズじゃなく、サブさんと一緒にギャルピースをして、二人でキャッキャキャッキャしてたから……あ、これだ。「この人かな?」と三人に見せたら「そうー!!この人ー!!」って。

 それからというもの、陸兄について質問責めがすごかった。陸兄の交友関係から家族構成まで聞かれ、答えていいものかとちーちゃんを見たら、いつの間にか戦線離脱。ちーちゃんでもこの勢いに負けるのか。
 私はあらゆる質問をうまく交わしながら話題を変えるのに必死だった。

 みんなと別れてちーちゃんとの帰路。
 わたしが「勢いすごかったねー」と言うと少し元気がなさそうなちーちゃんが「あのさ、」「うちら、高校に入ってまであいつらに振り回されるのかな」って。


「そうだよね、わたしたちよりわたしたちの周りの話が気になってたもんね」
「まぁ、実際そうだから仕方ないけどさ笑」


 そこから少し沈黙が続いたので、チラッとちーちゃんを見ると、ちーちゃんが口を尖らせてリズムをとっている。あぁ、これはちーちゃんが言いたいことがあるときだ。何か言いたいんだな。
 ん~、でも、こういうときはちーちゃん本人から言わせた方がいい気がする。わたしたちはだてに長くいるわけじゃない。それぞれがそれぞれの接し方を知っているつもり。

 何か言いたいとき、あさひくんと勇太くんは状況を把握して、整理してから口にするタイプ。
 わたしは、状況が重くなれば重くなるほど口を開かなくなるタイプ。自分の中で気持ちの整理が落ち着いてから「実はさ……」と口にする。かなり時間がかかるときもあるから、痺れを切らしたあさひくんが問いただしてくることが多々ある。
 陸兄やちーちゃんは、思ったことはすぐ口にする。瞬時に、的確に、簡潔に。でも、そんなちーちゃんが時間をかけているということは、気持ちの整理がついていないんだと思う。わたしは誰かと違ってせっかちじゃないから、ゆっくり待てる。

 ちーちゃんとはわたしの家の前でお別れ。
 う〜ん、話してくれる雰囲気じゃなさそうだし、今日じゃないかぁと思っていたら「ハル、触って行ってもいい?」って。もちろん。たくさん撫でまわしていって。
 家に入るとちーちゃんは一目散にハルに近づき、ただただ無心に撫でる。それだけ。
 その様子を見たママは「ちづ、なんかあったの?」とコソッと聞いてくる。でもいまは「分かんない」って言うしかない。
 どのくらいの時間が経ったかな。ソファーで携帯をいじってたら、ちーちゃんが「よぉ~し」と背伸びをしながら「充電完了~」といつもの明るい声を出す。


「もういいの?」
「うん、夕飯も作んないとだし」
「ちづ、これ持っていきな。急いで作ったから味染みてないかもだけど。ご飯は自分で炊きなね」
「え~ありがと~助かる~」
「またおいで。今度は純也も連れておいで」
「うん~」


 充電完了といいつつ、いつものちーちゃんじゃないの心配。ちーちゃんの家の近くまでついて行こうと思って「コンビニに行こっかな~」なんて大きい独り言を呟いてみる。なるべく自然に言えたはず、横目で見ても気を遣ってる様子もないし。
 「コンビニ行ってくるね~」「めぐちゃ~ん、またね~」と台所にいるママに声をかけてから玄関を出たら、ちょうどあさひくんが帰ってきたところで、うちの……わたしの家の門を開けようとしていた。


「いま帰り?」
「うん」
「うちに用事?」
「別に」
「じゃあ、なんでうちに来たの?」
「間違った」
「間違うことある?」
「帰んの?」
「うん」
「柚はなんで財布持ってんの?」
「コンビニ行くの」
「俺も行く」


 買い物を終えて、いつも通り変わらずちーちゃんと別れたあと、「ちづ、なんかあったの?」と聞いてくるあさひくん。さすが、あさひくんもだてに何年も幼なじみやってないね。


「分かんない」
「ふ~ん、喧嘩?」
「違う」
「今日、出かけてたんじゃないの?」
「クラスの子とちーちゃんとファミレス行ってた。そのときはちーちゃんも元気だったけど、帰るときはあんな感じだった」
「ふ~ん、何かあったんね」
「多分」
「柚は?楽しかったです?」
「まあまあ。みんながすごいお喋りで、ずっと聞き役だった」
「また行きたい?」
「ん~、いや、三ヶ月に一回くらいでいい」
「ほんとに?」
「半年に一回でいい」


 あさひくんは「だろうな」と鼻で笑う。
 人と何も喋らずにただただ歩くだけの時間はものすごく気を遣うのに、あさひくんが隣だと不思議とぼ~っと落ち着けるのは長く一緒にいるからかな。あさひくんはどんな気持ちでいるんだろ。聞いたところで「何も考えてない」か「腹減った」がオチだろうけど。

 長く一緒にいるからといって、何でも聞くわけじゃない。
 今日のちーちゃんみたいに【いま聞くことじゃない】ときもあるし、いまのあさひくんみたいに【聞かなくてもいい】ときもある。
 【いま聞くことじゃない】からといって、あとで聞くわけじゃなくて、そこには【いま聞いても話してくれないだろうから、本人が言いたいタイミングで聞こう】が含まれている。
 そのめんどくさくて曖昧な判断ができるのは、長く一緒にいるからこそ分かることだなぁなんて思ってたら、あさひくんが「腹減ったん?」と聞いてくる。


「え?まあ、空いてはいるけど」
「柚が黙りこくるときは腹減ったときだから」
「別にお腹空いてるから黙ってたわけじゃないけど」
「それか腹いっぱいで何も考えられんとき」
「食い意地はってるみたいな言い方やめてくれる?」
「実際そうだろ」


 そう言われて「ん、」と差し出された手には、新発売のお菓子。
「なに?くれるの?」と聞くと「柚好きそうなやつだったけど、どうせ迷いに迷って買わないだろ~なと思ってたら、やっぱさっき買わなかったじゃん」って。


「え、ありがと。やっぱ買えば良かったってちょっと後悔してた」
「たまには自分で冒険してみりゃいいじゃん」
「冒険して美味しくなかったら嫌じゃん」
「で、美味かったらそれしか食わねーのにね」


 うるさいな、と睨みつつお菓子を受け取る。素直に受け取る。


「そういえば、なんでうちに来たの?用あったんじゃないの?」
「べつに。ハルに顔見せてやろ~と思っただけ」
「ハルの顔が見たかったんじゃなくて?」
「ハルが、俺の顔を、見たかったんじゃねーか、って思ったの」
「あ~はいはい」


 あさひくんの話を右から左に流して家の前まで来ると「じゃ~」と通り過ぎようとしたから「え?ハルに会わないの?」って聞いたら「あ~、明日」と歩きながらそのまま自分の家に入っていく。
 なんなの。

 晩ご飯のあと、あさひくんから貰ったお菓子を一口食べると、うん、美味しい。好きな味だ。
 これはハマりそう、だけど、誰かさんに「ほら、やっぱハマってんじゃん」と言われるのが、何となく癇に障るので、あさひくんのいないところで食べよう、と決めた。
 明日絶対買い溜めしよ~っと。

 追記。
 この日から頑張って隠れて食べてた(ひとりで帰るときとか休みの日だけ食べるようにしてた)けど、休みの日にあさひくんが部屋に入ってきて(いきなり!ノックもせず!)(まぁいつもだけど)、お菓子を食べてる姿を見てニヤリ。「ほら、ハマってんじゃん」って。
 む!か!つ!く!

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この小説は、小説家になろうで掲載している作品です。
創作大賞2024に応募するためnoteにも掲載していますが、企画が終わり次第、非公開にさせていただきます。

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