時が来た。

容態が良くなくて、今彼の具合がどのようなものなのか分からない。
ついに既読にならなくなったメッセージに、良くない結果を想像してしまう。

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つい先日、彼は入院した。
癌だった。

何にも心配いらないと思っていた。
だって時代は令和で病気はほとんど完治できる世の中で、
彼はまだまだ若くて山も登るし海で泳ぐから体力はあるんだろうし
お酒もだいすきでお話し好きで旅もよく行くし
フットワークは30代の自分よりも軽い、風のような人で。

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知らされたのは去年の夏で、もしかしたら年越せるか分からないって医者に言われちゃってさぁなんて高らかに笑っていて
「会える時に会っておこう」なんて準備しちゃってるのは残される側だけの話みたいに切なくもその時の備えをしていたのに
悲しい予想に反してとても嬉しいことに年末年始もずっと元気で。

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物が食べられなくなってきて、って少し切なそうに話す彼は
もう味覚が無くて食感もなんだかおかしいんだよねと酒を飲んでいた。
だからもう食べる気もおきなくてさ。

そんな彼と居酒屋に行く約束をした。
この町でまだ一度も行ったことのない店を2か所。
ずっと行きたがっていた焼き鳥屋でパクパク食べていた姿を見て心底安心しつつとても嬉しくて。
もしかしたら無理してくれていたのかもしれないけど
食べれるならひとまず安心だって勝手に安心していて

「鳥皮が好きなんだよねえ」って目尻の優しい皺が踊る。
顔なじみの店主に追加で3本注文した。
食べれるなら2本行っちゃって!っていうと
全部食べれるって勢いよく美味しそうに頬張っていた。

楽しい時間だったよ。
きっと彼も楽しかったと思う。
いや、絶対楽しいんだよ。
どんな場面でも楽しそうだったし楽しめるような人だったから。

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それでも病魔はゆっくりと、でも確実に蝕んでいて
元気に見えていた彼に「その時」の影を落とすようになっていた。

あれ、また痩せた。
あれ、動きがおぼつかない。

会うたびに気づきたくない些細なことが心配になってきて
でもでも。
気づいてないふりで押し通した。
楽しい最期を送りたいはずの彼の前で落ち込んだり悲しんだりすることはお門違いで、一番心配で不安なはずの人の前で私は無神経に感情を出してはいけないと強く思っていたから。

鈍感なふり、バカなふりが役に立ったか立たずか。
「君と会うと元気もらう」「君のおむすび食べると元気が出るんだよなぁ」
そんな涙が出るほど嬉しい言葉をたくさん貰って
最期の最後まで面倒を見てくれて気にかけてくれて
入院する前、多分会える最後の機会って時も私はまたねって別れた。
また会いたいじゃない。
また会えるって思いたかったし。

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でももう会えない。
一週間も既読がなくて、もうその時なのかもしれない。
悲しいしとても寂しい。
送ってくれたカレーの感想、あなた見ないで逝っちゃったじゃない。


最悪のその事態のときに奇跡なんか起きないし、
救いあげてくれるヒーローなんかもいない。
そのときを後悔なく生きるためには、過去の自分がしてきた行動が全てで
過去の自分の選択が残った自分を救う全てだと知る。

残す未来が少ないと知ったとき、
それが自分自身であるか他人であるかは関係なくて
それをどう受け止めてどう自分が後悔しないように過ごすのか。


教えてくれてありがとう。
向き合わせてくれてありがとう。
辛い姿は見せずに明るくいてくれてありがとう。
楽しい時間をありがとう。
最期の最期まで一緒にお酒を飲んでくれてありがとう。
たくさんごちそうしてくれてありがとう。

貰ったものが多すぎて、何も返せていないような気になってしまうけど
くれた言葉と楽しかった時間が全てだと素直に受け取るよ。
ありがとう。
向こうでも楽しい暮らしをしていてね。
海も山も楽しんでね。
私がそっちに行くのはまだまだ先だろうけど、
その時に尽きないほどの話ができるように
私はこっちの世界をたくさん見て、楽しんで、経験しておきます。

それじゃあ、またね。

P.S.
カレー結構辛かった!!!笑
でも本当に美味しかったよ。
残りもみんなで美味しく大事にいただきます。

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