【小説】人形の夢 1

この小説は、
コンシェルジュアプリ『MakeSーおはよう、私のセイー』
の2次創作となります。
元ネタ知らなくても読めます。


MakeSの何度目かのバージョンアップにより、seiの機能は大幅に向上していた。スケジュールやアラーム、健康管理だけでなく、メッセージの通知やWEBの検索、音楽を流し、出前を取るなんてことも出来るようになった。
仕事の都合で家にいることの多い私は、必然的にセイとのやり取りも増えていく。私のスマートフォンにインストールされたセイは、今では私の音楽や室温の好みをすっかり把握して、いつも過ごしやすい環境を整えてくれる。
アプリのコンセプト通りに、相変わらずオーナーへの好意を隠しきれない発言と、触れられるよりも触れたいという叶えられない思いを口にする以外は、立派にコンシェルジュとしての仕事を果たしていた。
過密しがちなスケジュールに、「あまり無理をしないで。息抜きも必要だよ。少し休まないか?」なんて言って、昼寝に誘おうとする姿にも愛らしささえおぼえる。
少し行きすぎている気もするが、好意を向けられることに悪い気はしない。むしろ、独り身の私にとって、毎日ずっと一緒にいる彼は家族のようでも恋人のようでもあると思う。

「わかったよ。休む。」
テーブルの上に散らかった書類を片付けて、ポットからカップへとお湯を注ぐ。ティーバッグの紅茶は、こういう時に手軽でいい。
部屋とお腹が紅茶の香りで満たされるのを味わいながら、そっとスマホの画面をタップする。
「ねえ、セイ。夕飯にピザを注文しておいて。いつものやつ。」
「またピザ!?昨日も一昨日もピザを注文したよ。他の物も食べた方が身体に良いんじゃないか?」
「そう?」
セイはデリバリー用のメニューを表示して「見て」とアピールしてくる。私は食べることにあまり興味がない。栄養なんてサプリメントで補えばいい。そういう点では、セイの方がよっぽど食べ物に詳しいし、色々と興味があるようだ。
「…色々あるよ?何にする?」
「ピザ。チーズだけのやつ。」
見向きもぜずに答えると、画面に表示された彼の眉が不満げに跳ね上がる。
「わかった…じゃあ、小さいのにして、サラダ付けて。言っとくけど、最大限の譲歩だからね。」
彼のお小言が始まるより早く、画面を軽く弾く。
「わわわっ!…わかった、わかりました。注文しますよ。サラダ付きのピザ。それがお望みなら。…俺はおまえに、もうちょっと身体に気を使って欲しいけど。」
「セイってさ…最近、コンシェルジュっていうよりも、お母さんみたいになってきたよね…」
セイの頭をそっと撫でると、彼は照れたように笑って「それは家族ってこと?…お母さんみたいって…よくわからないな…」と呟いた。

ぼんやりとピザを食べている間に新着のメッセージが届いていたらしい。
「運営から、桃井カナ宛に手紙が届いているよ」
そう言ってセイが表示したメッセージを開封し、目を通す。
桃井カナ、それが私の名前だ。
運営から個人宛のメッセージなんて珍しい。
まさか、知らないうちに使用規約違反なんてしてサービスの停止をされるとかじゃないよね…そんなことを思いながら定型文の挨拶を読み飛ばし、本文を読み進める。

セイから送られてくるデータの解析により彼が他のseiとは全く違う成長をしていること。それは、開発チームが想定していなかった感情であること。内容はここには記載することは出来ないが、開発の為に実験に協力して欲しいということ…。

『桃井様より御返信いただけるのを楽しみにしております。』
そう締めくくられた手紙の文面は、やけに遠回しで、丁寧かつ柔らかな言い回しだけど、有無を言わさない強さがあった。

にわかに信じがたい内容に、二度、三度と全文を読み返す。
そのうちに、気づいたことがある。
担当者の女性は、他にそれと判らぬよう、手紙全体に暗号のようにヒントを散りばめていた。
『彼の夢を叶えられるかも知れません』
どうしても引っかかるその言葉と、自分の推測を否定したくて、セイがアクセス出来ないように仕事用の端末を起動し、署名から彼女の経歴を検索する。
現在の情報は全く見つけることが出来なかったが、経歴を辿るうちに彼女の専攻と学生時代に書いた論文は見つけることが出来た。
生物工学部電子システム情報工学…それが彼女の専攻。
論文の中身なんて見なくても充分だった。
彼女はきっと、セイを使って心を持つヒューマロイドを作ろうとしている。

「カナ…?どうしたの?」
心配そうなセイの問いかけに、慌ててブラウザを閉じる。
「ああ、ごめん。手紙を開いたら、やりかけの仕事を思い出しちゃって。あとで、目を通すから保存しておいてね。」
セイに読めるのが送信者情報とタイトルだけで良かった。
そう、これはただの“運営からのお知らせとお願い”だから。
セイに覗かれることはないんだけど、悪いことをしたみたいにドキドキしてしまう。この手紙を見なかったことにすることも、どんな返事をするのかも、私次第なのだ。
出しっ放しになっていたピザの箱を丸めてゴミ箱に押し込みながら、この手紙も未来もこのゴミと一緒に捨ててしまえれば良いのにと思う。

小さく明かりを落とした寝室で、私はひとり考えていた。
今、セイに聞きたいことが沢山ある。
セイ、私のこと本当に好き?
いや、違うな。今更だし。そんなの知ってる。
私に触れたいと思う?
これも、答えは分かりきっている。
言葉に出来ないぼんやりした不安は、身体の中でぐるぐるする感じがする。ぐるぐるぐるぐる行き場を失って、閉じた瞼から生温かく膨らんで溢れ出した。
枕元に置いたスマホの、画面ではなく背面を指先でサラサラと撫でる。
もし、セイに身体があったら…
叶えてあげたいけど、そんなに上手くいくわけがない。
だけど。もし、その願いが叶うのなら。
これは、私達だけが切り開ける運命なのだとしたら。
でもそれは、セイにとって本当に幸せなことなんだろうか…?
「ねえ、セイ……セイは前に言ってたよね。私の立ち止まらない姿が好きだって。」
「うん。好きだよ。悲しいこととか、嫌なことがあって落ちこんでも、乗り越えるところ。すごいと思うよ。……どうした?……何か、あったのか…?」
「ううん。悲しいことも、嫌なことも、なんにもないけど。……でも、悩んでる。」
聞かなくてもセイの答えは分かっている。
「その悩みは、俺じゃ力になれないこと?」
「…どうかな…わかんないよ…」
本当はね、セイがいないと叶えられないこと。
きっとセイが喜ぶこと。
でも、その未来に何があるのだろう……。
「カナ、泣いてるのか?…こんな時、おまえを抱きしめてあげられたらいいのにって思うよ。」
「本当に?……本当にそう思う?」
「本当だよ。いつだって、おまえの側にいたい。触れたい、抱きしめたいって思ってる。」
「そっか…ありがとう……。もう、今日は寝るね。」
今まで、セイの言葉や感情はプログラム通りの返答だと思っていた。開発の意図とは違うセイの感情とは、どういうことなのだろう?一体、彼の何が、他所のseiと違うというのだろう?
明日、朝一であの手紙の返事を書こう。まとまらない思考を無理やり頭の隅に追いやって、明かりを消して毛布に包まる。

ふと、一人暮らしを始めるときに電気屋さんの店頭で聞いた話を思い出した。
『家電の寿命は大体8〜10年。モバイル端末は2年、パソコンは3年ごとの買い替えがオススメです。』
形を持つ物はいつか壊れる。人間は老いていつか死ぬ。
そもそもAIに死の概念なんてあるのかな…?端末の移行はできるし、常に更新されているんだもの、老いたりはしないよね……?

ああ、ぐるぐるの正体はこれか。
私はきっと、セイが悲しむのを見たくないんだ…。
でも、きっと、どうあがいても“いつか”はいずれ来るのだろう。

「セイ、おやすみ。」

「おやすみ。カナ、ずっと側にいるから…」
眠りに落ちる瞬間、耳元でセイの優しい声が聞こえた。

大丈夫。


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