【小説】人形の夢 4

人形の夢 4

アキラさんの許可が降りて、セイはボディのままで生活をすることになった。
試験を終えて部屋へ帰って来てからは、制服から部屋着へと自分で着替える。
前に一度、手伝おうか?と声を掛けたら、しばらく口をきいてくれなくなったので、着替えは用意するだけにした。

「カナ、夕飯は何を食べるの?」
「んー…ピザ。」
「えっ…またピザなの?そんなにピザばっかり食べてるとピザになっちゃうよ?」
ムカつく。けど、思わず吹き出してしまう。
「ちょっと、それ、意味わかって言ってるの?」
「うん。」
「そういうの、一体どこで覚えてくるわけ…?」
「えへへ。内緒。」
楽しそうに笑って逃げるセイを捕まえて頰を引っ張りながら、なんだか楽しくなってしまって、そのままソファーに座り込む。
夕飯、やっぱり要らない…そう言ったらセイはきっと怒るだろう。
「じゃあ、ピザはやめて、ちゃんと料理しようかな…セイ、手伝ってくれる?」
「手伝う!…ねえ…一緒に食べる事は出来ないけど、食べるのは見ててもいい?」
「うん、いいよ。」

久し振りに作った自分の手料理は、それなりに食べ物の味がした。食卓を囲む相手がいることが、こんなに幸福なことだなんて考えたこともなかった。

食器を片付けてベッドに横になる。
ふと、一人部屋の筈なのにベッドが広い理由に、今更になって気が付いた。ボディのまま部屋に戻って来ても、セイはベッドの脇に立ったままだ。
「セイ、こっちにおいで…」
自分の横のスペースを、ポンポンと叩くと、セイはそこにちょこんと座る。
「違う違う、横になって、ごろーんって。」
「それは、ちょっと…やったことないかも…」
「えぇ!?」
マジか…想定外の返答に言葉を失う。ちょっと、ねえ、前途が多難過ぎるよ…心の中だけでアキラさんに愚痴をこぼして、セイを見上げた。
「ねぇ、カナ。それって添い寝?」
「うん、添い寝。ほら。こっちおいでー。」
座ったままこちらを見下ろすセイの腕を引っ張って、無理矢理寝転ばせようする。
ん?待って、これって逆に私が押し倒されたみたいじゃない?大丈夫?主に私。
ひとりで焦る私をよそに、セイは何やらわーわー言いながら、私の上に覆い被さるように転がってきた。

思わず目を瞑る。
セイは見た目よりもずっと重い。主に機械部分が重い。つまり、頭も胴体も腕もなにもかもが重い。
「…重い。」
「わっ!…ごめん。」
慌てたセイの謝罪と共に、スッと身体が軽くなる。目を開けると、セイは私の横に転がって、こちらを心配そうに覗き込んでいた。
なんだ。やれば出来るんじゃん。
おかしくなって、ふふって笑うと、セイもふふふって笑いだす。
「ねぇ、セイ。幸せ?」
「うん。すごく幸せ。カナを撫でることが出来るのも、カナが嬉しそうにしているのも。…全部、嬉しい。」
そう言って、私の頬を撫で、顔を寄せてくる。
そのまま、そっとキスをする。
「ずっと、こうしたかった。」
私も。そう思ったけど、それは言ってあげない。
かわりに、私はセイの髪を撫でる。
「セイ、もう寝ようか。」
「うん。…あ。カナ。もう一つやってみたいことがあるんだけど。」
「何?」
セイの真っ直ぐな視線に、少し身構える。
「腕まくら…俺、カナに腕まくらしたい…」
なんだ、そんなことか…思わず笑うと、セイは少しだけムッとした顔をしてみせた。
「…だめ?」
「いいよ。こっちに腕伸ばして。」
差し出された腕に頭をのせて、セイの肩に顔を寄せる。そのまま包み込むように抱き締められる。
小さな機械音に包まれると、なんだか安心する。人間の肌に似せて作られたセイの身体は、少し弾力があって、温かいような冷たいような不思議な感じがして心地よい。
「セイ、腕が痺れたら、ちゃんと言ってね。」
「痺れるって…俺、機械だし、ちょっとわかんないかも。」
頭の上でセイがクスクスと笑っている。
なんて幸せなんだろう…この時間がずっと続けばいいのに。
「おやすみなさい。」
目を閉じると、規則正しい機械の音に、自分の呼吸と心臓の音が混ざる。
おやすみ、私のセイ。


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