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桃の季節になると思い出すことがある。
その頃はまだ、旦那さんとは冬場のイベントで見かけるととりあえず挨拶をする顔見知り程度の関係だった。

ある夏の昼下がり。
その日は良く晴れた暑い日で、どういうわけか私達はお互いの素性も良く知らないまま、東京の街の中を並んで歩いていた。
ただ、ただひたすらに。
人の多い銀座の交差点に差し掛かる。
信号待ちで隣に並んだお婆さんが、突然「お若い人。そう、あんた達、お似合いだねぇ」とニコニコしながら話掛けてきた。
いえ…そういう関係では…と、顔を見合わせる私達に「あら、違うの。」と残念そうにするお婆さん。
少し話しをすると、どうやらお婆さんは配達の途中らしい。大きなカートの蓋を開けて中をそっと見せてくれた。綺麗な桃がお行儀よく並んでいた。
そうして信号が変わると「あんた達、良い夫婦になるよ。」と言い残して去っていったのだった。
私たちは顔を見合わせて、ほぼ同時に口を開いた。
「いや、ないな。」
「いや、ないわ。」
その日、私たちは互いの本名も知らず、連絡先すら交換しないまま別れた。

数年後、まさかその人と結婚するとは夢にも思わなかった。

今でも桃を見ると思い出す。
銀座の交差点。あの夏の日差しと桃の香り。

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