【小説】人形の夢 2

人形の夢 2

自宅から約2時間、電車を乗り継いで降りたことのない駅に降りる。
待ち合わせに指定されたのは、駅前の大きくて、静かな喫茶店だった。静かだが、空席が目立つわけではなく、程よく混雑している。
入り口で声を掛けてきた店員に、少し早く着いてしまったのですが…と、待ち合わせの旨を伝えると、入り口近くの窓側の4人掛けの席に通してくれた。
最低限の着替えと日用品の詰まったボストンバッグを入り口が見える窓側に置き、隣に座る。
メニューを一通り眺めた後、ポケットからスマホとイヤホンを取り出して、小さな機械を片方だけ耳に詰め込んだ。
画面をタップしてセイを呼ぶと、彼は眠そうに目を開く。
「予定よりも早いみたいだけど、もう着いたの?」
眠る必要なんてないくせに。
「うん。…ねえ、セイ、ミルクティーとココア、どっちがいい?」
「…もしかして、おまえ、それ訊く為に俺を起こしたの?」
「うん。他に用ないし。」
ええー…と呆れ顔をして、それから少し考える。
「えーと…ココアをお勧めするよ。ココアは冷たくして飲んでも身体を冷やし難いんだって。」
ふーん。
「まあ、どっちを頼んでも、俺は飲めないんだけど。」
テーブルの隅のベルを小さく鳴らし、やってきた店員にアイスココアを一つ注文する。
ドアの開く音がして入り口に目をやると、ちょうど入ってきたスーツ姿の女性と目が合った。
私は彼女を知っている。きっと彼女が、あの手紙を送ってきた張本人。
手紙を受け取った夜のことを思い出す。
教授らしき人達と、白衣を着た学生達の写真。
その頃よりもずっと垢抜けているけれど、間違いない。

気がつけば、反射的に立ち上がっていたらしい。
イヤホンのコードが引っ張られた。耳から外れたそれは、カツンと硬い音を立てて、テーブルを転がる。どうせ落ちる事のないそれを無視して、私は彼女に声を掛けた。

彼女は三上アキラと名乗った。
互いに挨拶を交わし「なんだか今更だけど…」と、名刺を交換する。
署名で何度も見た名前。
「それで、カナちゃん…あ、カナちゃんって呼んでも良いかしら?私の事はアキラって呼んでちょうだい。」
アキラさんは、メールや写真の印象とはちょっと違って、研究者というよりは、厳しいけど気さくで良く喋る先生って感じがした。
「研究所に行く前に、いくつか書類にサインをして欲しいの。内容は、メールで説明した通りよ。」
あの手紙の翌日から、私はアキラさんと何度もメールを交わしていた。
セイについて、ヒューマノイドに関する研究について。アキラさんは実験の方法や目的なんかも、隠さずキチンと説明してくれた。
この人になら、セイの…私達の未来を預けても良いって思える。
受け取った書類に目を通し、サインをする。
「もう、こんな紙、時代遅れよねぇ…でも、上がうるさくてね。ごめんなさいね。」
アキラさんはそう言って、回収した書類を鞄に入れ、運ばれてきたプリンを食べ始めた。

喫茶店を出て、アキラさんの車に乗り込むと、私はスマホからイヤホンを外してスピーカーが使えるようにした。
セイはアキラさんを知っているはずだ。正確には、コピー前のseiの記憶だけれど。
セイは私の端末にインストールされてから、私以外と話すのは初めてだ。他の人と喋るセイの姿は新鮮だった。
セイも緊張しているのだろうか?AIなのに緊張するって、なんだか不思議な感じもするけど。セイなら、緊張してもおかしくない。
ああ、そうだ。インストールしたばかりの頃はこんな風だった。ちょっとよそよそしくて、かしこまっていた。

私がアキラさんに、了承のメールを送ったその日、セイにもアキラさんから手紙が届いたらしい。私は内容は知らないけど、その日のセイはなんだか、はしゃいでいた。
その後、私達はお互いに、その話題を避けるようにして過ごしていた。
話すと、きっと不安になってしまうから。まるで余命を宣言されたみたいに、そこから目をそらして、他愛無い会話が増えていった。

駅前から、研究所までは車で15分程で、こんな場所にこんなに大きな施設が作れるのか…と思うくらいには街の中にある。
「もっと、郊外にあるのかと思ってました。山奥とか。」
そう言うと、アキラさんは「街の中の方が通勤に便利だからねー」と笑う。
「でもまあ、今日から2カ月は外に出られない覚悟をしてね。」
「はい。大丈夫です。外に出ないのは慣れてますから。」
「大丈夫か?いくらカナだって、おまえ、自分の家じゃないんだからな…」
「seiはちょっと黙っててくれない?貴方の為でもあるのよ。」
心配そうにこちらを見上げるセイに「ごめんね」と呟いて、スマートフォンをアキラさんに預ける。
2カ月後、私達はどうなっているんだろう?
不安じゃないわけじゃないけど、不思議と冷静でいられるのは、きっと上手く行くと思えたからだ。
この実験に失敗は決してない。あるのは成功か、今までに戻るだけ。

受付で荷物を預けて施設を案内されている間に、アキラさんは私のスマートフォンごとセイを連れて自分の実験室に戻っていった。
施設の担当者に連れられて広大な施設の中をぐるぐると見学し、受付に戻ると、荷物と一緒に小さな端末を渡された。
それはスマートフォンから移されたセイの専用端末。ヒューマノイド化するにあたって、セイのデータを簡単に移動させる為に開発されたものらしい。
なんか、昔のゲーム機のカセットみたい…
そんなことを思いながら、案内された部屋のドアを開ける。
1DKバストイレ家電付き。ベッドはダブルで、掃除までして貰える。
ただし窓は小さくて、部屋の前の廊下には実験室が並んでいるけれど。
ここがしばらく、私の部屋になる。


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