苦いコーヒー

2014年2月9日




今日は都知事選挙の投票日。
都民の権利を行使しようと家は出たものの、予想以上の積雪で、駅前まで歩いたところで挫けた。
そこで、コーヒーショップにて小休止。
疲れた…。

こんなことなら期日前投票を済ませて置くべきだったと後悔しても、もう遅い。
後悔は必ず後になって噛み締めるものであって、今回は予定の不確実さが、こんな難儀を強いる結果になった。
結局はこうして自分に跳ね返って来るのだが、前回、大勝で当選確実な選挙であったにも関わらず、どこぞから五千万円もの大金を無利子で融通してもらった候補者の小心さの結果が、都民を翻弄する。
忌々しく思わないこともないが、今回もダントツでトップ当選するのだろう。
晩節を穢す人生というものは、当人にとって不本意な結果であるにしても、それは人生の終末に於いて過去を顧みた時に、おそらく理解するもの。
他山の石としたい。

一杯の熱いコーヒーで意識が覚醒した。

裏道を選んで投票所へ向かう。
表通りの歩道はアイスバーンになっている個所があって滑るし、片側一車線の横道はまったく除雪がされず、車がチェーンやスタッドレスを履いていても、すれ違えずに渋滞して後部を振りながらノロノロ動き、その横を歩くのも怖い。
同じ歩くにしても、車が進入を諦めた道ならば、やや安心して歩くことが可能だ。
それでも投票所へは、普段の倍も時間がかかった。

豪雪地帯で起居していることもあり、雪には慣れているつもりだが、それは雪道を歩くための支度と心構えが完璧であったからで、東京の雪はこの程度でも各種交通を麻痺させ、混乱の連鎖に拍車が掛かるから手に負えない。
しかし、二十年に一度の雪のために除雪用のスコップを用意したり、交通インフラを整備したりの用心は、財政はもちろん、現実に馴染まない。
逆に子供は大喜びだから、これはこれで良しとしよう。

この雪で、投票率は確実に下がる。
すると、結果も自ずから分かってしまう。
それでも、納税者としての権利なのだから、その唯一と思われる権利を行使しない訳にはいかない。

投票を終え、雪でディスターブされた歩道を歩いてみる。
ガードレールがあるし、人もほとんど歩いていないので安心だ。
ダブルストックとスノーシューがあればと思うも、次第に雪道の歩き方が甦って来て、苦になるどころか、何だか楽しい感覚さえ覚える。
状況に順応するということは、人間が生存するためには不可欠な要素で、この感覚が持続すれば、まだまだ生きて行けるのだ、いや、生きざるえを得ないのだと思った。
これもすべて、いつも見慣れている風景とは違う雪景色のせいであって、いまひとつ争点の定まらぬ都知事選が影響している。
原発即廃止には同感するが、それによって日本中の原発が即廃止、及び廃炉にされる訳でもなく、かといって、ちゃぶ台返しのようにオリンピック開催返上も非現実的な話で、主張は無理筋で共感を得るのも難しいだろう。

2020年の東京オリンピックは、私にとっては二度目の五輪。
年齢的には、たぶん生きているだろう。
都の枠を超えた国家プロジェクトだという。
それでも、わくわく感が無い。
被災地東北からは、直接間接に、戸惑いの声が入る。
ここで語るまでもなく、その理由や心情は明白だ。
よって、はしゃぎ過ぎは厳に慎むべきだろう。

高齢の女性が、堅く凍りついた雪を金鎚で砕いていた。
「ご苦労さまです」
「気をつけて歩いてくださいね」
の簡単なやり取りがあって、
「30年振りだもの…」
と、大儀そうに腰を伸ばした。
私はこの土地で暮らし始めて、まだ26年。
その時の大雪の記憶は飛んでしまっている。

「投票の帰りですか?」
「そうです」
「年寄りのことを考えてくれる人が当選すればいいんだけど…」
「どうですかね…」

行政の内容は多岐に渡る。
強い指導力によるトップダウンがあれば、逆にかつての美濃部さんのようなボトムアップを重要視する人もいた。
その中間がミドルアップダウン。
公平なバランス感覚を大事にして貰いたいが、無理な相談だろう。

夜になって友人とお茶をした。
またコーヒーだ。

選挙結果は予想通り。
8時の開票と同時に当確が出た。

数日前の夕刻、立川駅北口で、降り始めた雪の中、M添候補が街頭演説をしている姿を見た。
私は急ぎの用事があったので、足早に通り過ぎてしまったが、
「皆さん、寒いでしょう。生憎のこんな雪なので、簡単に済ませますからね」
と言う恩着せがましい声が聞こえた。
ああ、次の場所へ早く移動する上手い言い方だなと思った。

ここで、友人から思いがけない話を聞いた。
1年近く前、仕事で50歳前後の独身男性と顔見知りになった。
2回か3回会っただけの、その程度の知り合いだった。
かなりの肥満体形だったが、真面目で、陰日向なく働き、よく体が持つものだと感心した。
ろくに休みも取らず、昼夜にかかわらず、がむしゃらに仕事をこなしていたようだ。
半年前、その男性が仕事中に突然倒れ、救急搬送された。
私は知らなかったが、持病の糖尿病が悪化したらしい。
親から相続した自宅マンションを手放し、現在は生活保護を受給しているという。
もちろん、未だに入院は続いているとのことで、片足を切断しなければならなくなる可能性もあるという。

ケーキの味が分からなくなった。
コーヒーの苦さだけが際立った。

そろそろ雪国に住民票を移そう。


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