じいさまのカルメ焼き
2007年12月31日
昨日は妻の実家の大掃除を終えて門前仲町へ出た。
お不動様の参道に、懐かしいカルメ焼きを売るじいさまがいた。
かつて、カルメ焼きは露店の定番だった。
今でこそ夜店の食べ物の主流は焼きそばやお好み焼きや焼きとうもろこしやアンズ飴やベビーカステラだが、昔はカルメ焼きの他に飴細工など、思わず見惚れてしまう職人技の露店があった。
どんなリクエストも糸切りハサミ一挺をパチンと巧みに操って、1分とかからないうちに完成させてしまう。
その匠の技に飽きもせずに見入ったものだ。
こちらは子供だから高価なものは買えない。
だから作ってもらうのは犬やウサギやツルなどの、割と簡単なものばかりだった。
それでも見事な出来栄えにうっとりしたものだ。
食紅をつけた筆で目を入れて完成。
食べるのが惜しいくらいのリアルさだった。
(でも食べましたが…)
まだその技と伝統は受け継がれている。
何だか嬉しい。
そういえば、昔からお金をやり取りしたその手で粘土細工のように飴をこねくり回していたが、いまも同じようだ。
それがちょっと…。
(ーー;)
でもって話はカルメ焼きのじいさまに戻るのだが、慣れた手つきで次々と完成させるのはいいが、灰皿をすぐ隣に置いているのはいかがなものか。
懐かしさについ買ってみようかと思ったものの、二の足を踏んでしまう。
集まった子供たちは目の前の灰皿も目に入らず、手品のように膨らむカルメ焼きがとにかく珍しいようで、
「一個くださーい」
「ボクもちょーだーい」
と列を作っている。
小さな紙袋を取り出したじいさま、平然と親指と人差し指をベロッと舐めて袋を開き、その手でカルメ焼きをむんずと掴んで入れた。
買わないでヨカッタ。
カルメ焼きは簡単に作れるようで意外に難しい。
キッチンのおたまで何度も失敗を繰り返した子供の頃を思い出した。
まったく膨らまなかったり、逆に膨らみすぎて火山の噴火のようにバクハツしたり、とにかくコワかった。
それでも失敗作は砕いてコーヒー砂糖に転用できたし、砂糖を煮詰めていくとカラメルになることも知った。
無知のためにカラメルとカルメラの違いが曖昧だが、日々の暮らしに何の不自由も感じないので知らん顔しておこう。
帰って久し振りにカルメ焼きを自作してみたくなった。
YouTubeで作り方を観た。
きれいに膨らむものだ。
コツさえつかめば簡単だろう。
でもそのコツを習得するまでの道のりが遠い。
「膨らむ」で怖いことを思い出してしまった。
以前、一袋の乾燥ワカメを水で戻そうと、ボウルに浸けて10分ほど目を離したら、キッチンのシンクがワカメで埋まってしまったことがある。
さらにまた思い出してしまったのだが、やはり乾燥ひじきを一袋分、水に浸けてひと晩放置していたら翌朝パニックになってしまった。
膨張するにも程がある。
学習しない人間は永遠に失敗を繰り返す…。
(T_T)
お不動様は正月準備も終わり、後は新年を待つばかりだった。
一年後、またお不動様を訪れたが、じいさまはいなかった。
じいさまはどうしているのだろう。
どう見ても70歳は越えている年齢だろう。
80歳近いかも知れない。
高齢者が頑張っている姿にはいつも感動してしまう。
こちらも負けず頑張ろうと思う。
じいさまはカルメ焼き一筋50年、とかの人生だったのだろうか。
そして今年はいよいよ引退し、悠々自適の年金暮らしなのだろうか。
楽しく豊かな老後であって欲しいと願う。
いま帰えったよ。
あらおまいさんお帰り、遅かったねえ。さぶかったろう、ご苦労さま。
一年の締めくくりの大晦日でえ、しっかり稼がねえとな。
今年も頑張ったねえ、ほんとおまいさんの働きには頭が下がるよあたしゃ。
どおってこたねえさ。それよりバカヅラして写メ撮ってる中年男がいたけどよ、ジロジロ見やがって、いったいどんな料簡なんだか…。
バカはどこにでもいるんだね、こんなご時世だもの、気をつけておくれよ、何されるか分かったもんじゃないから。
ああそうだな、危ねえ危ねえ。ところで掛け取りが残ってるんだろ、それを済ませなきゃ何だか落ち着かねえや。
掛け取りならぜんぶ済んでるよ。
済んでるよっておめえ、大晦日じゃねえか。
あんたが身を粉にして毎日カルメ焼きを商いしてくれたお陰さ。
そうか、でもおめえの内助の功ってやつがあったからだぜ、俺なんかにゃ出来過ぎた山内一豊のカカアってとこだ。お、畳が新しくなってるじゃねえか。
そうなんだよ、ちょっと贅沢かと思ったんだけど、新しい年迎えるんだから。
その通りだぜ、このイグサの匂いはたまんねえ。昔から言うじゃねえか、やっぱり畳と女房は新し…、いや古い女房はいいもんだって。
さ、さ、福茶おあがりよ。
へえ福茶か、ああ、うめえなあ。
そうかい、おいしいかい。
ああうめえよ。以前と違っていまは借金もねえし、三年前までの貧乏が嘘みてえな何とも言えねえ良い心持ちだぜ。まさかこんな暮らしが送れるとは思わなかったなあ。
なに言ってるのよ、あんたがお酒をやめてくれたからじゃないの。
バカ言うなよ、俺はおめえを酒で散々ひどい目に遭わせてばっかしで、それをおめえに言われて気が付いたんじゃねえかよ。
よしとくれよ、あんたのお陰だよ。
お、除夜の鐘が鳴ってるぜ、新しい年が来るんだな。ん? 雪が降って来たか、外でサラサラ音がするぜ。
お飾りの笹が風に揺れてるんだよ。
そうかそうか、そういえば星が降るようだったからな、三が日は大丈夫だ。飲める奴は楽しみだ、子供も嬉しいだろう。
…おまいさん、飲みたいかい?
俺は別に飲みてえなんて思っちゃいねえ。まあ正直な話、やめて十日くらいは苦しかったけどよ。酒屋の前は鼻つまんで通って、それでも目に入るもんだから目もつぶって歩いたらドブに落っこちてな。でも慣れてくりゃメシの後のほうじ茶のうまさは何とも言えねえ。
ふうん、そうなるんだねえ…。
なにを! 大酒飲んでおめえや管理人や町内の連中に迷惑かけたこと、忘れちゃいねえや。
…ちょっと見てもらいたいものがあるんだけど…。
いまじゃなきゃいけねえのか?
そう、どうしてもいま見て欲しいの。そんでもって、怒らないって約束してあたしの話を最後まで聞いてくれるかい?
おう約束するぜ、何でも言ってくれ。
これなんだけど。
なんでえ汚ねえ財布じゃねえか、でもずっしり重いぜ。へそくりか? どれどれ、あ、ずいぶん貯めやがったなあ。だけどよ、へそくりなんざ女房の才覚のひとつじゃねえか、そんなこと気にすんねえ。
…あんた、これ覚えてないかい?
さあなあ。え、数えろ? ひいふうみいよおいつむう…。おい、いくらなんでも多すぎやしねえか。何だこれ、どうした?
三年ばかり前、おまいさんあたしに早く起こされて出掛けて…、そんな夢見たことなかった?
おうおう、おめえに起こされて町へ出て財布拾って飲んで食ってそれが夢だったってなあ。それから一所懸命働くようになったものの…、あ、てめえやりやがったな!
待ってよ、話は最後まで聞くって…。
よし、聞いてやる。何だっ?
うれしかった、うれしかったんだよ。貧乏のどん底だもの。あんなお金が入って、ああこれで貧乏から抜けられるってあたしも思った。でもあんたが酔って寝込んでから不安になって表をうろうろしてたらじきに夜が明けて、そしたら管理人さんに捕まって、どうしたどうした何があったって膝づめされて、思わずこれこれしかじかなんですと話したら、拾ったお足は警察に届けなきゃいけない、亭主にはぜんぶ夢だったっということにしておけって言われて急いで警察に届けて…。それで目を覚ましたあんたに夢だ夢だ夢だって言ったら、おめえが嘘をつくわけがねえって、あんた人が良いからそう言ってくれて、でもまたぐうたらなままで仕事に行かないのかと思ったら、あんた次の日からガラッと人が変わって働いてくれた。それもおっかあ済まねえなあって、雪の日も、さぶいからおめえ炬燵に入ってろよな、風邪引くんじゃねえぞって…。それでとうとう落とし主が現れなかったから、これ、おまえさんのものだよ。嘘をついたこと、どうお詫びしたって許されないのはわかってる。ぶたれようが蹴られようが、その方があたしは楽だ。ごめんよ、話はこれだけ…。でも別れないで、あたし、おまえさんが好きなの、大好きなの。別れないで…。
ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。なるほどあの時の俺は、この金がありゃずーっと面白おかしく遊んで暮らせる、誰がカルメ焼きなんか焼きに行くもんかって思ったんだ…。良いことしてくれたなあおめえ。
管理人さんのお陰なのよ。
そうだなあ、管理人は偉えや。夜が明けたら俺は真っ先に管理人とこへ挨拶に行く。
あたしも連れてって。
二人で行こう、な。
うん。
ありがとよ。
勘弁してくれるのかい?
当たり前じゃねえか、俺が謝ってるんじゃねえか。
…おまえさん、あたしお酒飲みたい、飲ませて。おまえさんも飲む?
え、酒あるのか?
ある。
そうか、あるのか。でもおめえが俺に飲めって言ってるんだよな、俺が飲みたいって言ってるんじゃねえよな。俺いまでもやめられるよ。嘘よって言われりゃやめるよ。
いいの、はいどうぞ。
おっと済まねえ、こぼれちまう。だけど三年も飲んでねえから、飲みゃ酔うぜ。
酔っちゃいなよ、べろべろに酔っちゃいなよ。
おっかあ、ありがとよ。俺、飲むぜ。
たくさん飲みなよ。
いや、やめておこう。また夢になるといけねえ。
じいさまのイメージと立川談志の高座を参考に現代版「芝浜」を綴ってみた。
今度どこかで見かけたら必ず買うから、じいさま、元気でカルメ焼き作っておくれ。
勝手に写真を載せてゴメン。
結論。
拾った財布は交番に届けましょう。
管理人は尊敬しましょう。
じいさまを始め、皆さん良いお年をお迎え下さい。
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