似て非なるもの?

自慢できるようなことではないが、私はあまり風呂が好きではない。いや、もちろん風呂に入ればスッキリするし気分もいい。寝るときに布団をかぶっても、服を着てもスベスベしていて気持ちがいい。

だから、風呂が好きではないというのはちょっと違うのかも知れない。風呂に入っている時間がもったいないと感じるのだ。世の中には長風呂をする人も多いと聞く。風呂に入ってテレビを見る、音楽を聴く、雑誌や本を読むとまぁ、別に風呂でやらなくてもいいだろう、ということを敢えて風呂でやる人も少なからずいるようだ。風呂好きな私の友人には、風呂に自前で用意したツマミと酒を持ち込んで酒盛りをしていた剛の者もいる。

私の場合は「風呂は風呂の時間」と完全に割りきっているので、体をお湯で流して頭を洗い、顔を洗い、体を洗って湯船に浸かって、ハイ終わりという感じ。時間にして30分足らず。まさに「汚れを落とす」以上の意味を持たないのだ。風呂に入っている時間がもったいないというのは、風呂で何もできないからだ。風呂とは体の汚れを落とす時間、何か余計なことをしている場合ではないのだ。体を洗う以外のことができないから、風呂に入っている時間は入る前にやっていたことを中断しなければならない。それがイヤなのだ。

そんな風呂の時間がもったいないと感じる奇特な私ではあるが、温泉は好きなのだ。そして、温泉であれば長風呂しても時間がもったいないと思うことはない。むしろ、言われなくても長風呂してしまう方だ。

この差はなんだろうか。

私の中では、温泉は「風呂」ではないのだ。もちろん、温泉に入るにしたってマナーはある。きちんと体を流して、ひとしきり体を洗ってから入るのが常識だ。これが家風呂に入ることと何の差があるのかと言われたら、何の差もない。一般的に見れば「風呂=温泉」と考える人だって多いだろう。

思うに、温泉は体を洗い、汚れを落とすところではないのだ。もちろん、温泉に入ることと言え風呂に入ることの行為自体に差はないので、どちらにしたって体をキレイにするわけだが。ただ、家風呂で「いやぁ、今日は疲れた」とリラックスすることはない。でも、温泉では「いやいや、疲れが溶けるなぁ」とリラックスできるのだ。

私の中では温泉と風呂の差はここにあると考えている。仮に銭湯レベルの広大な風呂が家にあったとしても、リラックスすることはないだろう。いつもの如く、烏の行水でさっさと出てきてしまうだろう。

「湯治」という言葉があるように、温泉は体を休め、不調を癒すところ。これに対して風呂は体をキレイにするところ。両者は似て非なるものなのだ。

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