目隠しで名の由来を聞かれる。

定期歯科検診に行った。
3~4か月に一回、予約して行っているのだが、
最初の数回は話し好きの女性の衛生士さん。
この2回ほどは、毎回違う女性の衛生士さんのようだ。

この2回について”ようだ”と衛生士さんの違いに
いまいち自信がもてないのは、
たいがい診察の椅子に座って待っているときに、
後ろから声をかけられて、きちんと顔を認識することが
できないからだ。

ちらと振り返って挨拶はするけれども、
スタイのようなものを掛けてもらうために、
私が眼鏡をはずして視野がぼやけているのと、
相手もマスクをしていて、ハッキリ顔が見えないのもある。

そのまま、促されるままにうがい用のコップに
たまった水を口に含み、うがいをして、
椅子を倒されると、すかさず目元はタオルを
かけられて、ふさがれてしまうわけだ。

鼻から下、口元だけが無防備になっている。
歯科検診なので当たり前だが。
その状態で、問診を受けるのは普通の流れ。
相手の顔が見えないのに、自分は口元だけ
上からのライトが照らされて丸見えで、
「変わりはありません」などと答えるのだけど、
正直、ちょっと違和感はある。恥ずかしさというか。

だが、今回の衛生士さんは違った。
途中までいつもの流れで、歯の歯垢を取ったり
してくれていたのだが、ひと段落したというような途中に、
おもむろに聞いてきたのだった。

「キャットリスキーさんの名前・・・もしかして
〇月生まれだからですか?」
なぜ急に・・・と少し驚きつつも、
昔からよく言われる話題なので、そうですと答える。
すると、その衛生士さんは続きの施術をせずに
もしかして初対面かもしれない私に、名前の話を続け始めた。

「子供の時に、学校で親から自分の名前の由来を聞いてこよう、
という課題がありませんでしたか?
キャットリスキーさんの名前だと、〇月生まれとか
理由が分かりやすくて素敵ですよね。
私の名前は父親がどうしてもとつけたらしいんですけど、
なぜその名前にしたのか、聞いても教えてくれなかったんですよね。」

口元だけ無防備にさらしている状態で、思いがけない話題。
カウンセリングですか。立場が逆な気がしますが。
どう反応して良いか分からず、一瞬戸惑うが、
ついお人よしマインドで聞いてしまった。
「衛生士さんは、なんていうお名前なんですか?」

衛生士さんは引き続き施術を再開するでもなく答える。
「〇〇子って言うんです。昔のアイドルの〇〇と同じ漢字の。
なぜその漢字にしたのか、母親に聞いても知らないみたいで、
父親にきっちり確認することもなく、今まで来ちゃいました。」
なるほど。どうやら私とほぼ同じ世代のようで、
昔のアイドルの名前を出しても、すぐに分かると思ったようす。

「あのぅ、お父様はまだご健在で・・・?それであれば、
名前の由来を聞いてみられても、良いのでは?」と、
内心、昔好きだった女性の名前をつけた的なことかも知れない、
もしくは不倫相手とか???
あまり突っ込んで聞いていけない事かも知れないと思いつつ、
言ってしまった。

衛生士さんは、今更聞くのもなんだし、とモゴモゴしている。
「でも、みんな名前の由来が言えるのに、私だけ分からなくて、
ずっとモヤモヤしてるんですよね。
だから、患者さんのカルテを見ると、きっとこんな由来なんだろうな、
こんな理由で親御さんがつけられたんだろうな、なんて考えて、
どうしても名前に目が行ってしまうんですよね。
もう、カルテの名前の欄に由来を書いておいてほしいくらい。」

おいおい。
面白いけど、ちょっと怖さも感じてしまったのは、私だけであろうか。
でも、その衛生士さんの長年のこだわり、執念、心残りが
垣間見えた気がして、少し共感した。
自分の名前の由来を誰でも知っている、知ることができるのが
当たり前と思っていた。
というか、そのことについて悩むこともなく生きていた。

もしかして、自分の名前の由来を嘘でもいいから、
名付けた人から教えてもらう、語ってもらうというのは、
アイデンティティの一端を担っているのかも知れない。
何か大事な、愛される、想いのこもった理由が
自分の名前に込められているんじゃないか。
イコール、大事にされ愛されているということ、みたいな。

そこが曖昧に語られないからといって、
実際に大事にされ愛されて育って、健康に生活できているのであれば、
名前の由来なんて、些細なことかも知れない。
だけど、名前の由来を知らない、みんなと同じように
発表できなかったという子供時代の経験は、
ずっと心にひっかかる思い出かも知れないな。

その衛生士さんと名前の由来について、
こうかな、ああかな、なんて少し雑談をして、
やっと続きの施術が再開された。
名前の由来を知っているということで、
羨ましがられる、という珍しい経験をしたのだった。

すべて終わって、椅子から立ち上がって、
あらためて〇〇子さんを見た。
苗字は分からないけど、名前だけは強烈に覚えました。
そして、こんなに気を張って疲れる歯科検診も
初めての経験で、家に帰ってドッと疲れたのだった。












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