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「2日目」

「淡々としてるね」


 緊張したら感情を表に出すのが苦手になる。


「××××に似てる!意識してる?」


 誰かに似てるなんて言うなよ。俺は俺でしかない。





「にゃー」

「チップ…」


 飼い猫のチップが腹に乗ってきて目を覚ます。
ベッドから起き上がり、時計を見ると13時半前、もう昼過ぎ。

 ああ、頭が痛い。
以前ライブ配信をしてたけど色々あって辞めて、でもやっぱり人との関わりが恋しくなって、昨日また配信を始めた。
けどタイミングが悪かった。

 大手のVtuberが引退したタイミングだった。
俺はその配信者とスタイルが似ているらしい。
人との繋がりが欲しくて、誰かの落ち着ける居場所になりたくてまた始めたのに、散々だ。
…人がたくさん来てくれたのは嬉しかったけど。


「んにに…」

「どうしたのチップ? ご飯食べる?」

「にゃ!」


 ベッドから出てチップのご飯を器に盛る。
地面に置くとチップは素早くこちらに来て、器に向かってがっついた。
俺もなにか食べないと。

 冷蔵庫を開き少し考えて、卵とトマトとマヨネーズを出した。
まな板と包丁を準備し、トマトを角切りに切る。
卵を味噌汁皿に割り入れて混ぜ、そこにマヨネーズと切ったトマトを投入。
フライパンを出して火をかけ、薄く油を引き、温まったタイミングで卵液を流し込む。
周りが少しずつ固まってきたタイミングで混ぜ始め、全体がフンワリとしたら火を止め、平皿を出して盛る。
食パンもトースターで2分ほど焼いて、これが今日の昼飯。


「戴きます」





 食べ終わって洗い物を流しに放置して、軽く身なりを整える。
スマホで天気予報を確認、今日は曇りだけど雨は降らないらしい。
夏の陽が焼き付けてくるのは苦手だけど、こんな日なら出掛けても良いかもしれない。

 チップの体を軽く撫で、玄関に行って靴を履く。


「行ってきます」


 出掛けるといっても当てはない。
ひとりでその辺をぶらつくだけ。
熱中症対策に自販機でアクエリアスを買い、軽く飲む。
さて、どこへ行こうか。

 15分しばらく歩いていると公園に着く。
誰も座ってないベンチに腰を掛け、周りを見渡す。
目の前にある砂場では4人の保育園児が仲良さそうに遊んでいて、隣に並ぶベンチでは近所のママさん達3人が井戸端会議をしていた。

 誰とでも何も考えずに楽しめたあの頃が懐かしいと子供を見ていると、そこにいた1人の男の子と目が合う。
咄嗟に目を逸らしてしまったけど、男の子はこちらに小走りして目の前に来た。


「えっと…こんにちは?」

「お兄ちゃん、お目目きれい!」

「…どうも」


 微笑ましいのと照れ臭さでにやけてしまう。
今がコロナ禍でマスクをしてて良かった。
1人のママさんがこちらに駆け寄り、頭をヘコヘコ下げて子供の肩に触れる。


「すみませんうちの子が…!」

「いえいえ…」

「ほら、砂場で遊ぼ?」

「うん! お兄ちゃんばいばい」

「またね」


 子供に手を振り、親子の背中を見てアクエリアスを手に取った。
水分補給をして風の音を聞く。

 今まで挫折とか色々あった。
あの頃に戻れたらって、何度も思った。
昨日のこともあり、少し人と話すのが億劫になる。


「やだぁー!」

「!」


 子供の叫び声が聞こえ、顔を向ける。
するとさっきの子が1人の男の子にスコップを取られていた。
背が足りないから上に上げられると取り返すのも難しいらしく、泣きながらあの子は男の子の袖を掴んでいた。
男の子の顔は悪意に満ちていて、それが典型的なイジメの現場であることは明白。

 どうしたら良いか分からなくて戸惑うと共に、「誰とでも仲良くできたあの頃」という記憶が幻想だったことを思い知らされる。

 助けに行こうにも俺は成人男性、あの現場に行くには不審者過ぎる。
焦りに焦っていると、隣に並ぶベンチに座ってたママさん達が子供達の下へ駆け寄って行った。


「ほらケイ君にオモチャ返して!
すみませんうちの子が…」

「やだ! これ僕のだもん!」

「ちがう! スコップ僕の! やだぁー!」

「ほら〜泣かない泣かない!
返してもらって仲直りしようね〜」


 砂場は非常にカオスなことになっていたけど、スコップを盗った男の子の声が耳の奥にへばりつく。
そうだ、きっと羨ましかったんだ。
人への悪意も羨望も、年齢や時代なんか関係ない。


「スコップ盗ってごめんなさい…」

「いいよ、一緒遊ぼ…?」


 2人は親に嗜められて握手をしていた。俺はこの親子達とは何も関わりがないけど、少しだけ、自分のこれまでの挫折を胸の奥で落ち着かせることができたかもしれない。
皆、色々あるよな。

 曇っていた空が明るくなり、雲に隠れていた日の光が地面を照らし始める。
散歩はここで終わりにしたほうが良いかもしれない。
俺は親子達に背を向け、帰路に着いた。



『淡々としてるね』

『××××に似てる! 意識してる?』

『お兄ちゃん、お目目きれい!』


 やっぱり俺は配信をして、人と俺自身を救いたいのかもしれない。
家に着いて配信画面を開き、配信を開始する。
しばらく人が来なくて自分の顔と向き合う。
この声も瞳も、俺自身で特別だ。


“×××さんが入室しました”


「!…どうも」

「皆が少しでも面白い、
落ち着くって思える様な配信を目指してる。
ここを落ち着ける場所にしたい」


『夕陽みたいな瞳が綺麗ですね! 素敵』


 誰かに似てるかもしれないし、俺自身を揶揄する人間はいっぱいいるかもしれない。
それでも、俺は俺自身を表現し続ける。


「◯◯いらっしゃい。
俺は五十嵐ミナト。どうも」

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