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Column : 因果推論入門の入門 vol. 3

 前回までに因果関係と相関関係を区別する重要性とそれらを見分けるためのポイントについてお話しました。

 今回は因果推論の核とも言える、"反事実""比較可能"という概念について説明します。


ー実現しなかったことに想いを馳せるー

 因果関係を正しく特定するためには、現実と"反事実"を比較する必要があります。"反事実"とは、「仮に〇〇しなかったらどうなっていたか」というタラレバのシナリオのことです。現実に起こったシナリオを" 事実"というのに対して、事実と反対のことという意味で反事実(または反実仮想)と呼びます。この事実と反事実との差を(○○による)"因果効果"と言います。

 そして、反事実を正しくイメージできていないと、因果関係がないにも関わらず、あたかも因果関係があるかのように勘違いしてしまいます。たとえば、成功した会社の社長の本に「顧客中心に考えていたから成功した」と書かれているのを読んで鵜呑みにしてしまう場合などがそれに当たります。しかし、"顧客中心主義"と"会社の成功"の間に因果関係があるかどうかを証明するためには、「その会社が顧客中心でない経営方針をとった場合の成功度合い」という反事実との比較が必要となります。

※余談ですが、実際のところ顧客中心主義を掲げる会社の収益性は世界各地で高い傾向にあるようです。

 しかし、反事実は実際には起きていませんので、デロリアンでも持っていない限りその結果を知ることはできません。会社の成功要因の例と同様に、臨床試験などで薬の効果を試験する時にもこの問題が発生します。つまり、被験者に投薬を行った時点で投薬を行わなかった場合の結果(反事実)は観察できなくなってしまうということです。逆も然りです。そのため、もし症状が改善したとしても投薬の結果として改善したのか、投薬しなくても改善していたのかを判断することができなくなってしまうのです。

因果推論Fig3-2.001

ー反事実を穴埋めするー

 それでは、どうすれば因果効果を推定することができるのでしょうか?

 経済学者らは、因果関係を証明する際に生じるこのような根本的な問題を克服するために、(どのような値をとるか分からない)反事実における結果を「尤も(もっとも)らしいデータで穴埋めする」という手法を取ります。

 具体的にイメージするために、チェーンの小売店において広告によって売上が向上したかどうかを確認するという状況を想像してみましょう。

 もし反事実を知ることが出来たなら、事実との比較によって因果効果(広告を出すことによって売上が500万円だけ増加する)を正確に算出することができます。しかし、実際に私たちが知ることができるのは事実だけですので、このままでは因果効果を計算することができません。

因果推論Fig3-1.001

 ここで広告を出していない店舗c、dを一つのグループとして、広告を出したグループ(店舗a、b)の反事実を穴埋めすることを考えてみましょう。そうすると、広告ありグループと広告なしグループの平均値の差である500万円を広告の因果効果として推定することができます。

因果推論Fig3-1.002

ー尤もらしいとは?ー

 先程の穴埋めは本当に妥当なのでしょうか?

 この考えが成り立つには条件があります。その条件とは、広告ありグループと広告なしグループが"比較可能"であるということです。"比較可能"であるとは、結果(今回の例では店舗の売上)に影響を与える全ての条件が似通っており、2つのグループは広告を出したかどうかだけが異なっているという状態を指します。都市の経済状況、店長のやる気や職歴、店舗の立地、流行などなど、結果に影響を与えうるものが一つでも異なる場合には、それらのグループは比較可能とは言えなくなります。

 因果関係を証明する手法はいくつもありますが、それら全ての手法に通底する考え方が「比較可能なグループを作り出し、反事実をもっともらしいデータで穴埋めする」というものです。

 しかし、原因となる条件のみが異なる(比較可能な)グループを作り出すのはなかなか難しいように思われます。この課題を解決する方法がランダム化です。

 次回はこのランダム化の意味とA/Bテスト(ランダム化比較試験)について説明します。


参考

[1]『「原因と結果」の経済学』、中室牧子・津川友介 著、ダイヤモンド社

[2] 『分析者のためのデータ解釈学入門 データの本質をとらえる技術』、江崎貴裕 著、ソシム株式会社

[3] 『統計学が最強の学問である [ビジネス編]』、西内啓 著、ダイヤモンド社

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