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一番売れた絵画の値段は〇〇円で、売れたサイズは〇〇

日本のアート市場は他国と比べて小さい。日本のアートマーケットは小さすぎて海外からの注目度合いも低い。日本のアートマーケットを独自に分析したレポートが少ない。

アート業界について調べていると、このような嘆きを至る所で目にしますが、最近は日本のアートマーケットについて単独で分析したレポートを目にすることもできるようになってきました。

日本のアートマーケットの分析は文化庁と一般社団法人 アート東京が実施した「日本のアート産業に関する市場レポート 2020」が参考になります。

レポートPDFのリンク

レポートの章立ては以下のようになっています。
全体で60ページくらいなので、コーヒーでも飲みながら流し読みするのにちょうどいいくらいのボリュームです。図を多めに使ってまとめられているので、日本のアート市場の全体イメージを掴むのにかなりいい資料です。

第 1 部 美術品の購入動向・意識調査
• 第 1 章:調査概要
• 第 2 章:日本のアート産業の市場推計結果
• 第 3 章:属性別のアートの購入傾向
• 第 4 章:人々のアートへの関心と使用メディアとの関係
• 第 5 章:美術品の輸出入の状況
第 2 部 美術品の価格推移調査
• 第 1 章:調査概要
• 第 2 章:日本の公開オークション分析結果
• 第 3 章:日本の公開オークションの歴史
 第 3 部 考察と今後の課題

今回使用している図とグラフはすべて、「日本のアート産業に関する市場レポート 2020」から引用ないし編集したものを使用しています。

2020年の日本のアート市場規模は3197億円

どのようなジャンルが人気なのかというと、上から順に洋画、陶芸、日本画、現代美術(平面作品)と続きます。

どこで売れるかというと、百貨店とギャラリーで販売される比率が非常に高いです。国内のアート作品の売り上げの70%は百貨店とギャラリーです。比率は35%分ずつ程度とほぼ同じ売り上げです。

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百貨店:673億円
ギャラリー:672億円
作家直接販売:229億円
アートフェア:162億円

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アートフェアの売り上げも近年上がってきていますが、出品者のほとんどがギャラリーまたは百貨店です。そのため、アートフェアも実際はギャラリーと百貨店の売り上げに属すると見ることができます。

売り上げチャネルの第3位には作家の直接販売が入ってきています。ギャラリー販売の場合はギャラリーと作家で取り分が5:5、百貨店販売の場合は百貨店と作家で取り分が7:3程度と言われています。営業力がある作家は自身で販売するスタイルを取れますので、日本国内のアート市場が大きくなるとこの形態の比率は高くなっていくと予想されます。

ギャラリーと百貨店は、営業力を武器に作家の作品を顧客へ販売するビジネス形態です。営業の対価として売買が成立した場合のインセンティブを作家は支払う。という形です。

この営業の対価として支払うインセンティブは、アート作家目線で見た場合出費のかなりの比率を占めます。それに見合っただけの成果が得られているのか、長期的に関係を続けていける相手なのか。その点をよく考えてお付き合いするギャラリーを考えなければいけません。

展示できるから。この理由だけでギャラリーに販売を依存するとお互いにとって良くない結果をもたらします。

最も売れる作品の値段は12万6千円

ここからは、日本国内の2019年のオークションレポートから出ている数値を使用します。日本国内のアートオークションで現代美術の平面作品の取引状況を見ると、中央値は126,000円でした。

中央値というのは、一番高い作品から一番安い作品まで順番に並べた時に、ちょうど真ん中に当たる作品の値段です。100個の作品があったとしたら50番目に当たる作品が中央値というイメージです。

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中央値に対して平均値はどのくらいかというと692,000円でした。中央値と平均値では6倍近くの開きがあります。これはどういう理由かというと、アート業界の構造に由来します。

オランダにアート作家兼経済学者という特殊な経歴を持ったハンス・アビングという人物がいます。ハンスの分析によると、アート業界というのは過当競争が進んだ世界で、一部のトップが富のほとんどを有する世界だと言っています。

これがどういうことかというと、アート作家が100人いたとして、99人の作品は10万円で売れました。最後の一人は1億4000万円で売れました。このとき作品販売額の中央値は10万円ですが、平均値は150万円です。

平均値が150万円なので、アート作家がみんな150万円手にする。という構造には当然なりません。一部にものすごく偏ります。これはスポーツ業界と同様の構造です。

スポーツ業界と比べた時にアート業界に救いがあるとすれば、年齢とともに芸術作品の創造性が落ちることはないという点です。スポーツ選手であれば肉体的パフォーマンスがピークを迎える時期というのは長くありません。それに対してアート業界では作品のクオリティのピークは年齢に関係ありません。

先日、森美術館で開催されているAnother Energyを紹介しましたが、90歳を超えるまで作家としてほとんど売れることがなかったカルメン・ヘレラが取り扱われています。

90歳を超えて売れるというのは世界的に見ても稀有な例ですが、スポーツ業界ではこのような現象は起こり得ません。

売れやすいサイズは4号~50号サイズ

売れる作品の82%は4号〜50号サイズです。オークションでの落札金額を見ると0号~40号まではほとんど金額差がありません。

ギャラリーや作家が直接販売するプライマリー市場では、キャンバスの大きさに合わせて値段を決めるというのが一般的ですので、セカンダリー市場であるオークションではこの傾向はみられないという事になります。

しかしながら、これまで実際に展示を間近で見てきた経験からすると0号やSM号といった小さいサイズのキャンバスはあまり売れません。

作品をたくさん流通させたいという観点からは0号サイズの作品を量産するのは有効な戦略となるかもしれませんが、絵画を買う習慣がある人達からすると、手を出しづらいサイズなのかもしれません。

逆に大きめのサイズのキャンバスはどうなのかというと、100号~120号は販売には向いていないサイズと言えます。オークションの落札価格から見ると50号のサイズと大差がありません。100号~120号というのは公募展によく出品されるサイズでもありますので、大きい割にはよく目にするサイズと言えます。しかしながら、既製品のキャンバスでも120号までは普通に販売されていますので、高価格で売りたいような大き目のサイズの場合には不向きなサイズでもあります。

そのため、大き目のサイズの絵画を売りたいならそれよりも大きい150号以上のサイズを狙った方が良さそうです。では、ただ単に大きい作品を作ればいいのかというとそうでもありません。大きい作品を購入してもらうには、ある程度のファンが必要になるからです。

作品を購入してもらい、流通量を増やし、認知度を上げる。というのが最優先の状態にあるアート作家が手を出すサイズではないと言えます。制作したはいいものの、売れなかったために保管が大変になる可能性があります。

そのため、知名度を上げるフェーズにあるアート作家は素直に4号~50号サイズの作品を制作して、販売に注力することをお勧めします。我が家もこのケースに当てはまります。

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統計の知識を使うことでアート作家としての生存確率を上げることができる

アート作品の値段を10万円前後まで上げる。制作するキャンバスサイズは4号~50号の範囲にとどめる。この戦略を取ることでアート作家として売れる補償が得られるわけではありませんが、アート作家としての生存確率は上げることができます。

「日本のアート産業に関する市場レポート 2020」は文化庁とアート東京が主体になってまとめたレポートなので信頼性が高い資料です。このレポートの存在自体知らない人が多いでしょうし、知っていたとしても数字は嫌いだらか見たくないという人も多いと予想しています。

ですが、統計的に結果を分析することで、失敗しやすい手法というのはある程度把握することができます。アート作家として成功する確率を上げる一番の方法は生存確率を上げることです。

アート作家というと夢追い人のように感じられるかもしれませんが、やっていることは普通に個人事業主です。個人事業主が事業をやめてしまう理由の大半は金銭的な問題、メンタル的な問題です。

メンタル的な問題は、稼ぐために興味が無い分野でビジネスを始めた。というのが理由の大部分を占めます。この問題はアート作家をしている人達には当てはまらないと思いますので、残りは金銭的な問題をいかにクリアするかです。

今回のレポートの結果をもとに、具体的な数字を用いて、アート作家として生業を立てる場合のケーススタディをしてみようと思います。


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