松井珠理奈さんから連想する記憶

松井珠理奈さんが卒業するらしい。

松井珠理奈さんと聞いて私が思い出すのは、『涙サプライズ』を初めて聴いたときに「なんか好きな声の人がいる」と思ってAKBファンの友達にその声の主を尋ねたところ松井珠理奈さんだった、というそれだけだ。ついでに私と同学年だと知り、なんとなく好印象を抱いたっきり新たな情報を得ることのないまま今に至った。

私が中学生の頃、AKBはめちゃくちゃ流行していた。私は流行に乗るセンスが無かったが、AKBに関しては触れておかないとまずい気がしたので、前述したAKBファンの友達に「なにかAKBのCDを貸してくれ」と言い、『涙サプライズ』のシングルを借りた。そして聴いた。すごく良かった。だからiPod nanoに入れてめちゃくちゃ聴いた。それで松井珠理奈さんのことも知った。

涙サプライズを心底気に入った私は本当にこの1曲だけを聴き続け、歌詞中の主人公に自分を投影し、派手に誕生日を祝われる妄想を何度もした。中学の同級生と初めて一緒に地元栃木から東京へ行ったときも、電車の中で涙サプライズを繰り返し聴いていた。今思えばそういう旅路では友達との会話を楽しむべきだったが、当時の私は東京に行くことの素敵さと誕生日を盛大に祝われる素敵さを重ね合わせてうっとりしていた。やがて中学3年の私に突然のボサノヴァブームが訪れるのだが、それまではとにかくよく聴いていた。中学時代の思い出の一つである。

時は経ち、大学に進学し東京で一人暮らしをしていた私は20歳の誕生日を迎えた。この日の夜はせっかくだから少しでも賑やかに過ごそうと考え、思い当たる友人6名に「ごはんを食べよう」と連絡したら全員に断られた。仕方なく一人ではま寿司に行った。ネギトロユッケという軍艦が好きだったのでタッチパネルで注文したら、専用皿に乗ってレーンを回ってくるはずが、私のところに届くまでに誰かに取られていた。しょうがないのでもう一度注文したら、また誰かに取られたようで空の専用皿が回ってきた。結局、5回連続で私の注文したネギトロユッケは誰かに取られた。どうやら相当のネギトロユッケ好きが私の手前にいたようだ。6回目の注文でようやくネギトロユッケは私のもとに回ってきた。

念願のネギトロユッケを食べたところで気持ちも大きくなり、はま寿司を出た私は誕生日を更にエンジョイするためカラオケに向かった。これが良くなかった。

そこのカラオケの利用が初めてだった私は会員証の作成を求められ、用紙に必要事項を記入した後、会員証の裏面に名前と誕生日の記入を命じられた。名前と、その当日と同じ日付の誕生日を記入した。意地悪な店員なら「こいつ誕生日に一人でカラオケ来たのかよ」と考えるかもしれない、と気づいて恥ずかしくなったが、どうしようもなかった。事実だから。

歌う部屋に入り適当に歌い始め、3曲目あたりを選んでいた頃、ふと「誕生日といえば涙サプライズがあるなあ」と呑気に連想し、涙サプライズを選曲した。たくさん聴いた好きな曲である。しかし、前田敦子が大勢のメンバーに祝われるMVが映された瞬間、歌詞の内容と自分の状況の対比にハッキリと気づいてしまい、絶句した。マイクを持ったまま本当に絶句した。声が出ないという感覚を初めて知った。そして自分自身の配慮の無さにも絶望した。呆然としたままMVを見ていたら、1番のサビに差しかかろうとしていた。せめてサビからは歌おうと思ったが、実はサビの歌詞が一番私の状況に似つかわしくないのだ。「ハッピーハッピーバースデイ」。私は「ハッ……」という薄い発声をしたきり、また黙ってしまった。「ピー」という音を発せるテンションではないのだ。ぜひ皆さんも強いショックを受けた際は試してほしいが、こういう時はパ行の音が本当に出せない。

その後なんとか気持ちを切り替えて、いろんな曲を乱暴に歌った。6時間歌って、帰った。

これが私と松井珠理奈さんの思い出です。

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