【怪奇ファイル007】無限回廊に迷い込んで抜け出せなくなった話
その日も我々はパチ屋の前にいました。いつもパチ屋の前にいるイメージですが、実際はパチ屋の中にいる時間の方が長いです。ホントはね。でも事件が起こるのは決まってパチ屋の前。そこは察してください。
それで。今日来ている店は先日から通いだしたグランドオープンの店です。通い始めてもう一週間ぐらいは経っています。状況が悪くないのでまだまだ通う次第です。
これからもまだ通うのだったら、この後も何回も出てくるので名前を付けたほうがいいですね。毎回『グランドオープンの店』と呼ぶのは面倒です。私は面倒なことが嫌いなんだ。合理的な発想で効率的に生きるのが21世紀のクールなライフハッカーのやり方です。
しかしながら。「俺に言わせりゃロマンが足りねえ」そう思っている方もいらっしゃることでしょう。その気持ちわかります。私だって20世紀を多少生きています。ノストラダムスにワクワクさんした世代です。
だから今回は2択にします。この店に付ける名前を。好きな方から選んでください。
最初の案は『G店』です。『グランドオープン』のイニシャルからとった簡単で思い出しやすい名前です。これが次世代ライフハッカーのセンス。皆さん度肝を抜いたことでしょう。思いついた自分が怖いです。
2つ目の案は『呪われたパチ屋 プラックリー』です。『世界一幽霊が出る』とギネスに認定された村の名前からとりました。要は悪ふざけです。これが20世紀を生きたロマン派のセンスです。
この二つの案を私の二人の相棒、ダンキチとランコに提示したところ。『呪われたパチ屋 プラックリー』と即答されました。私は『G店』に一票入れました。つまり多数決で負けました。
これからは『呪われたパチ屋 プラックリー』と書かなければいけなくなりました。だったら『グランドオープンのパチ屋』のほうが良かった。なぜこんな余計な提案をしてしまったのでしょう。5分前の自分が憎いです。
そこへ救世主現る。我々3人がパチ屋で並んでいるところに、先日知り合いになった花売りの娘イライザがやって来ました。イライザは我々がパチ屋に並んでいるところへよく遊びに来ます。
ちなみにイライザはパチスロを打ちません。なぜなら花売りで生計を立てているのでパチスロを打つ必要がないからです。打つのはスロニートの我々3人だけです。
それで。イライザにも同じ質問をして『G店』に一票入れてもらえれば引き分けとなります。勝負が分からなくなります。なのでさっそく質問です。
「イライザは『G店』と『呪われたパチ屋 プラックリー』どっちがいいと思う?」
と聞きました。そしたら。「またそんなくだらない事ばっかり言って!」と怒られました。つまり。無効票です。定められた要件を満たしていない回答が来ました。よって2対1で私の負けです。これにて閉廷となりました。
しかし諦めきれない。せめて『呪われたパチ屋』の部分だけでもカットしたい。『プラックリー』なら問題ない。それなら『マルハン』や『ダイナム』と変わりません。さらに出来れば『P店』と略したい。
なのでその旨を3人に伝えました。するとランコは「しょうがねーなあ」と言いました。ダンキチも「もうそれでいいよ別に」と言ってくれました。これで私と合わせて3票獲得です。
もう勝負は決まっていますが。念のため。イライザにも聞いてみます。たとえ負けた一票でも尊重する。無駄な意見などない。それが正しい選挙です。だから聞きました。すると。「さっきからなんなのよ!」と怒られました。
またしてもイライザは無効票です。これで3対0。私の勝ちです。よって。これからは『グランドオープンの店』のことを『P店』と呼びます。『呪われたパチ屋 プラックリー』の略です。これにて閉廷となりました。
では最初からやり直しですね。我々3人は今日もP店に朝から並んでいました。するとそこへイライザがやって来ました。そして並んでいる間に4人でお話をします。これが我々の日課となっていました。
そして今日も他愛のない会話をします。「あんたたちいつもここに並んでいるのね。あきれるわ!」とイライザが怒りました。イライザはいつも怒っています。
するとランコが「まぁ今一番勝てるのは『呪われたパチ屋 プラックリー』だからな」と言いました。続けてダンキチも「『呪われたパチ屋 プラックリー』に来ておけば間違いない」と言いました。
なんということでしょう。お分かりでしょうか。先ほどこの店の呼び方は『P店』と決まったはずなのに。二人とも『呪われたパチ屋 プラックリー』と呼んでいます。
つまり。時間が逆行しました。呼び方が『P店』に決まる前の時間に戻ったのです。どうやら我々は無限回廊に迷い込んでしまったようです。
この事実に気づいているは私だけ。みんなはループしたことに気づいていません。つまり脱出のカギは私が持っています。これにて私は『アパートのカギ』と『実家のカギ』と『脱出のカギ』の3つのカギを持つこととなりました。責任重大です。なくすわけにはいかない。
とにかく今は無限回廊から抜け出すことが先です。なのでみんなに事実を教えました。「P店って呼ぶんでしょ?」と伝えました。すると「わりいわりい」と言って理解してくれました。もう大丈夫。解決しました。
あとはもう一度やり直すだけ。イライザには元の位置に戻ってもらいました。合流する直前の10mほど離れた位置です。「なんでわざわざ戻んなきゃいけないのよっ!」と怒りながら位置についてくれました。
では最初からやり直しです。我々3人は今日もP店に朝から並んでいました。するとそこへイライザがやって来ました。そして並んでいる間に4人でお話をします。これが我々の日課となっていました。
そして今日も他愛のない会話をします。「あんたたちいつも……えっと…『呪われたパチ屋 プラックリー』に並んでいるのね。あきれるわ!」とイライザが怒りました。
なんということでしょう。お分かりでしょうか。また時間が戻りました。しかもさっきより状況が悪化しています。イライザまでが『呪われたパチ屋 プラックリー』と呼ぶようになってしまいました。
これが時間遡行の恐ろしいところ。何度も同じ時間を繰り返すうちに我々はパラレルワールドに迷い込んでしましました。そこに広がるのは別の宇宙です。この瞬間。多元宇宙論が証明されました。
この世界は複数の宇宙の集合である。多元宇宙はすべての存在を含む。それぞれの宇宙は平行宇宙と呼ばれることもある。1895年にアメリカの哲学者ウィリアム・ジェームズによって造られた仮説です。要はロマンです。
つまり。私に足りなかったロマンがそこにありました。すぐに拾ってポケットに収めました。ボクの大事な宝物です。もう二度と手放さない。ずっと探していたんだキミのことを。
ロマンが手に入ればこっちのもんです。人生はつらいことがたくさんあります。上手くいかないこともあるでしょう。そんなときに助けてくれるのはいつだってロマンです。夢があるから何度でも立ち上がれる。
でもそんなことはどうでもいいです。今はこの無限回廊を脱出することが先です。このままでは時の迷い人として次元のはざまをさまよう亡霊となってしまいます。
そして邪魔をしているはロマンです。こんなものがあるから人はダメになる。私はポケットからロマンを取り出し、壁に投げつけました。勢いよく壁に衝突したロマンが音もなく砕け散りました。
これで元の世界に帰れる。一安心です。ロマンさえなくなればこっちのもん。人類が夢から覚めました。この世界にはもう夢がありません。あるのは非情な現実です。しかしそれが本来の世界なのです。
この非情な現実で助けてくれるのは『努力』です。日々の鍛錬です。努力に奇跡は起きませんが決して裏切ることはありません。一歩一歩前へ進む。その実績があるからボクらは何度でも立ち上がれる。
だから今日もパチ屋に並ぶのです。開店時に狙い台を確実に確保する。それが勝利の方程式です。この努力があってこその勝利です。
そんなことを考えている間に開店時間となりました。ドアが開き、一斉に社会のゴミクズどもが入店し、店内アナウンスが流れます。「本日は『呪われたパチ屋 プラックリー』へご来店ありがとうございます」
なんということでしょう。お分かりでしょうか。また時間が戻りました。しかもさっきより状況が悪化しています。今度はパチ屋のアナウンスまでが『呪われたパチ屋 プラックリー』と呼ぶようになってしまいました。
一度飛び込むともう抜け出せない。これが無限回廊の呪いです。パチ屋とはそういう危険な場所です。ハマると人生が終わります。パチンコ・パチスロは適度に楽しむ遊びです。のめり込みに注意しましょう。
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