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名古屋弁辞典

 この記事は4,674文字、約9分で読めます。
 僕は名古屋市出身で現在東京に住んでいるのですが、大学の同級生と話していると意外と言葉の差異に気づかされます。そこで、地元名古屋のことばについて使用例も含めて色々まとめてみました。


「名古屋弁」のイメージ

 「名古屋弁」と聞くと某金メダル市長の話し方が印象強いらしく、意外と方言が出ないんだねなどと言われることもままあります。個人的に名古屋弁の特徴として訛りがあまり無い一方で単語の語彙に特徴的なものが多いことだと思います。

 もともとはイントネーションや言い方にも特徴が根強くありました。「にゃーがね(無いよ)」などです。この語尾は「あい」または「あえ」という母音の連続がアとエの中間に当たる音、英語の発音記号で言うところの"æ:"に置き換えられるために発生します。日本語には表記が難しい発音です。この語尾からしばしば名古屋弁は可愛い、などとも言われます。

 しかし、近年では「~だぎゃ」とか「~がね」といった末尾はまず耳にしません。自然と出るのはコテコテ名古屋弁ユーザーであるおじいちゃんおばあちゃん、市長、そして自販機くらいです。もっとも当人に名古屋弁を喋ろうという意識がある場合には若い人でも当然意図的に出せます。

 ちなみに、愛知県は名古屋市を含む、尾張国であった西側と三河国であった東側に大きく分けられます。尾張弁と名古屋弁はほぼ同じなのですが、三河弁は語尾を始め大分異なります。

「上町ことば」と「下町ことば」

 金メダル市長の喋り方のせいなのか、タモリ氏の持ちネタのせいなのか、名古屋弁に対して下品な方言であるとのイメージを抱いている人が多いように感じています。ちょっと釈明させてください。

 彼らの言葉は名古屋弁のうち「下町ことば」と呼ばれる、庶民が主に使用していた言葉です。語尾が「がね」「だね」となるのが最大の特徴で、余所行きではなく仲間内で使われていたために、少々粗雑なのです。

 一方で「上町ことば」は非常に上品でおおらかな印象を与えます。狭義の名古屋ことばが指すのはこちら。武家や豪商などを中心に城下町エリアで話されていた言葉で、京ことばや武家のことばも入っている一方で、古語が生き残っていることが特徴です。語尾は「なも」「なもし」「えも」などとなります。漂う京都感。

 他には三河弁の影響をやや受けた「武家ことば」も存在していましたが、江戸時代の中期から後期にかけて次第に失われていきました。傾向として上町ことばに近かったそうです。

 昭和前期までは上町ことばが名古屋弁の主流でしたが、空襲などで城下町エリアが徹底的に破壊されたことと、戦後に身分制度が崩壊に向かったことで下町ことばに取って代わられることになりました。

 このような違いは各地でみることができ、例えば、所謂「江戸っ子」の「てやんでぇ」などは東京弁の下町ことばに分類されます。東京弁は上流階級のことばであった山の手ことばが標準語として採用されたために、下町ことばの印象はあまり強くはないようです。

 名古屋弁だけが特別粗雑なのではなく、下町ことばの方が有名になっただけなのだと強調しておきたいと思います。

「共通語」と「標準語」

 名古屋弁辞典に入る前にこの2つの言葉の違い、ご存じですか? 日本においては、明治維新後に新政府の方針の元で東京の山の手ことばが「標準語」として採用され、教育やマスメディアを通して全国に広がっていきました。
 
 もともとは各地域での方言が根強く、地域を超えての相互コミュニケーションが非常に困難でした。これで富国強兵や殖産興業どころではありません。このため国を挙げて一つの方向に向かえるよう「標準語」を採用した訳で、この経緯から標準語は時の権力者の意向が反映されやすい国語であると言えます。

 一方で「共通語」とは全国で通用する言葉であるものの、他の地方の方言を取り込むなどして「標準語」たる東京弁とは異なっているものです。例えば「~であります」というのは山口の方言ですし(安倍元首相の語尾がこれだったはこのため)、「おい」というのは元をたどれば鹿児島の言葉です。

 前者が軍隊のイメージが強いのは維新後しばらく陸軍が長州閥でありそれを元に教育方針が作られたため、そして後者に威圧感を感じるのは警察機構が薩摩閥であったためです。あくまで薩摩弁では「おい」というのは気さくな呼びかけなのだそうです。

 戦後、国語政策は標準語一辺倒ではなく、共通語と方言との共存を目指していく方針となりました。このため、上記の説明に必ずしも一致するとは限らず、NHKなどは戦前の「標準語」をそのまま「共通語」と読み替えている例が多いです。

名古屋弁辞典

 それでは独断と偏見に基づく名古屋弁紹介コーナーです。

あ行~さ行

お値打ち
 お買い得であること、を意味します。ただしお買い得とは微妙に意味が異なり、「お買い得」の場合は通常の価格よりも安く購入できることを意味しますが、「お値打ち」は通常の価格そのものが安いことを意味します。共通語において、「値打ちがある」という場合は「金銭的な価値が高いこと」を表しますが、「お」をつけるだけで意味が変貌するのが面白いところ。

 発祥は上町ことばとされていて、反もの屋さんが「勉強しますよ」といったニュアンス、つまり他店よりもサービスしますよといった意味で使っていたとされています。絶滅危惧種、上町ことばの上品さの一端を示す言葉です。
例:「お値打ちランチ」

えらい(えりゃー)
 偉い、ではありません。非常にしんどいこと、怠いことを意味します。疲れた、よりも強い表現です。病気が原因の体調不良にもよく使われます。派生形として「どえらい(どえりゃー)」が存在します。意味はとても、veryです。
例:「走った直後はえらい」

かう(支う)
 買う、ではありません。施錠することです。他にも、つっかえ棒のように、物を動かないようにするために隙間に物を押し込む、といった意味も存在します。
例:「鍵をかう」

机をつる
 机を運ぶことです。共通語においては「つる」は垂直方向の移動しか意味しませんが、名古屋弁では水平方向の移動も意味するために発生する用法です。小学校の教室の掃除で、机と椅子をいったん前に寄せて後ろを掃除してから逆のことをやる、みたいなことありませんでしたか?この時に使われます。
例:「机をつってくださーい」

ケッタ(ケッタマシーン)
 自転車です。「蹴ったおし(蹴り倒し)マシーン」が語源の1965年頃に成立したとされる比較的新しい方言ですが、近年では若い人は「チャリ」を使う傾向にあるため、30~50代にのみ見られるなかなかに“狭い”方言です。
例:「そこまではケッタで15分だ」

~ことない?
 暗に他人に同意をわずかに求めつつ、相手に尋ねる表現です。俗世っぽい言い方なので友人間など親しい間柄で使われ、目上の人には不適切です。ギャルっぽい言い方だ、とも言われました。語尾に向けてイントネーションをあげるのが特徴
例:「痩せたことない?」

しゃびしゃび
 非常に水っぽいこと。食品に対して使われる場合が多いです。あまり方言だと思っていなくて衝撃を受けた言葉です。
例:「このカレーはしゃびしゃびだ」


た行~わ行

たわけ
 非常に相手を罵る言葉です。とんでもないバカ、という意味。江戸時代に分地制限令という法律が出され、農民が田畑を分割・相続することが禁じられたことから、田を分けることは愚かである、とされたことが由来とされています。名古屋弁にちょくちょく存在する、古いことばが生き残っている例です。

 ちなみに織田信長を象徴する言葉として「尾張の大うつけ」というものが存在します。うつけ、とは「空け」「虚け」などの漢字があてられ意味はからっぽである、ぼんやりしている、です。彼はなぜたわけと呼ばれなかったのでしょう。実は記録上、美濃(現在の岐阜県南部)の人たちは彼のことをたわけと呼んでいました。信長と道三には少なからず因縁がありましたから、信長のことは「たわけ」と呼んでいたわけです。

 一方、尾張の人たちは腐っても自国の領主の家の人ですから、そこまで盛大に言う訳にもいかず、結果としてほどほどに人をディスる表現である「うつけ」が定着したとされています。「たわけ」がどれほど人を罵る表現であるのかが感じられるエピソードです。
例:「お前はたわけもんだ」

チンチン 
 ある種の界隈では有名かも?非常に熱い様子を示します。風呂の温度が高い、体温が高い、モノの表面の温度が高いといったときに使います。語呂のせいで若い女性はあまり使いません。もっと温度が上がると「チンチコチン」になります。
例:「風呂がチンチンだ」

デラ
 有名な名古屋弁ですね。意味はとても、veryです。どえらいよりかは程度が低い強調です。あまりにもコテコテすぎて使っている人は見かけないのですが、有名になっているので消えることはないでしょう。
例:「今日はデラ暑い」

トキントキン
 非常に尖っている状態のこと。鉛筆でよく使われます。共通語には語彙が存在しないので便利な言葉だと思うのですが。
例:「筆箱の中にトキントキンの鉛筆をそろえた」

ドベ
 ビリ、最下位のことです。ビリとドベ、大変に見た目が似ているので幼少期の僕は共通語だと疑いませんでした。某青タヌキの漫画でビリと主人公が言っていたことで気づきました。この方言のおかげで、某球団をドベゴンズなどと揶揄する表現が存在します。今のセ・リーグ内順位…
例:「今回のテスト、ドベだった」

放課
 休み時間のことです。通常より長い休み時間に対しては「大放課」「昼放課」のように使います。

 かつては全国的に使われていた言葉だったのですが、なぜか廃り現在では愛知県のみで使われる言葉となりました。ちなみに、学校の終業後を意味する「放課後」が共通語なのはかつて「放課」が共通語であった名残です。
例:「大放課に校庭で遊んだ」

~なんだ
 動詞と共に用いて打消し、否定の表現です。若年層ではあまり日常的には使われませんが、驚いたときなどについ出てきてしまっているのを耳にします。個人的に味があって好きです。
例:「本物だとは思わなんだ」

みえる
 
この言葉は少々複雑です。まず、共通語には「みえる」を来るの尊敬語「いらっしゃる」と同じように扱う例が存在します。「先生がみえる」などです。

 一方で愛知岐阜三重の東海エリアにはこれの派生形が存在します。「みえる」を補助動詞のように扱うのです。例えば「社長が本を読んでみえる」など。東海エリアでは役所やアナウンスなどの共通語を用いるべきとされているシーンでも度々見かけます。方言と共通語との境界がとても分かりにくい例です。
例:「ものを買ってみえる」

やっとかめ
 意味は久しぶり、です。「八十日目」からきたとされています。既に日常的に使われる言葉ではなくなってきていますが、挨拶文のはじめに使いやすいこともあり、ある種の象徴的名古屋弁として生き残っています。
例:「やっとかめだがね!」

まとめ

 ここまで長くなるとは思っていませんでした。
 調べていく過程でえ、方言だったの?ということばも結構あり楽しかったです。名古屋民以外の方はいくつ分かりましたか?

 方言は近年ではますます減少していく傾向にあります。名古屋出身者として、方言は大事にしていきたいですね。最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 ヘッダー画像は筆者が撮影。

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