祝福/呪い

およそ23年前、僕は母の胎盤から出てきた。
最初に発した言葉は「天上天下唯我独尊」らしい、父はそう言っていた。

天上天下唯我独尊とはどういう意味か?

他と比べて自分のほうが尊いということでもない。 天上天下にただ一人の、誰とも代わることのできない人間として、しかも何一つ加える必要もなく、このいのちのままに尊いということの発見である。また釈迦が誕生した時に言ったとされる言葉。

なお、僕は人がそのままでいて尊いだなんて事は思わない。「君はそのままで良いんだよ」なんてセリフは、“そのままの君を愛せる【僕】”という卑しいペルソナを内包している。そして彼はそのペルソナ、自分自身を愛しているに過ぎない。

話が逸れたが、それなりにおちゃらけた父であった。そんな彼も同じ様なセリフを吐いていた気がする。

僕は大学を辞めたし、初めてのアルバイトもすぐ辞めた。柔道も辞めたし、空手も辞めた。痛いのが嫌いでね。

ソムリエもやめたし、上京する為にしていた風俗の仕事も耐えられずに予定より2ヶ月程早く辞めてしまった。結果無理やり上京したんだけどね。

何にも続かない僕を肯定する父が可笑しかった。
本当は、僕に期待をしてなかったのかもしれないし、単に溺愛していたのかもしれない。父の愛はいつも歪だと思う。

「母は他人だが、お前は俺と血の繋がった人間だ。」

彼は良くそんな事を言っていた。どうやら彼の中で、母と僕の階級が一つ違う様であった。

そんな彼も病気になり、寿命はグッと縮まった。腎臓が機能していないというデバフを喰らったのであった。

父が築き上げたものは、ほんの少しを残してほとんど崩れ去った様に思える。だから、余計に僕が「存在するだけ」でも肯定するのかもしれないな、とも思う。

ただ何一つとして続かない僕が唯一続けているのは音楽だ。とにかく僕は音楽が好きだ。それは誰にも負けない。実力だって世界一だと信じている。

この唯一見つけた小さな一筋の光に、僕は全てを集中して注ぎ込む。せめて親父が死ぬ前に、彼が生きた道に何も残らなかった事を阻止する為にも僕は音楽を極めなければならないとも最近思う。

果たして、僕が背負い込んだものは呪いなのだろうか、祝福なのだろうか。

考える間も無く時は過ぎ去って行くが、答えはきっといずれ腑に落ちて理解されるのだろう。ボブ・ディランが、「答えは風の中さ」と歌った様にね。

答えは風の中さ、答えは風の中さ、答えは風の中さ。

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