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あの桜の木の奥 舞う桜は雪の如し

「全てが止まったような夜だ。」
止まってはいないが、動きを止めたようにさえ見せる空に向かって呟いた。
そんな様に思わず自嘲する。
「なに…他愛もないことだ。何があったとしても、過ぎ去れば流れ行く。」
望むは、ただ…だけだ。
傍にある桜に向かい、舞い散る花びらを浴びて
見つめた。
「ダメ。隠しておくの…。」
聴こえてきた声は桜の木からだった。

「暴かないで…。」
小さな声をたどり、木の榁を見つけた。
ぎゅっと両手で自分を庇うようにしゃがみこむ人影をうっすらと見た。
「…?自分はいつからここにいる?ここはどこだ?」
見たことのない景色に辺りを見渡す。
小高い丘にその桜は咲き誇っている。
変わった桜の木だった。木なのに、透明感がある。その木の奥にあるものは何故か見えない。
「…私は何も望んでない。」
また、聴こえてきた声にまた木を見ると、榁さえ見えなくなっている。
すると、後ろから軽く笑う足音が近づく。
「誰だ!」
足音の主は笑いながら、袖口で口元を覆いながら近づいてきてこう言った。
「おぉ…、何をそんなに構えて居られるのか。私を忘れましたか…フフ。」
軽い足取りで尚も話す。
「ダメですよ。あの桜の木の榁は私にしか心を開きませぬ故…。例えあなた様であっても無理にこじ開けると碌なことには成りませぬよ…」
冷静を装い、足音の主に向き直る。
「何故、其方にしか心を開かないと解る?」
胸元から取り出した扇で口元を隠してその主は問いに言葉を返す。
「嫌がっておりましたでしょう?心からの声でございます。あなた様にも今ならお解りになるはず…。あの榁にいる者は何も望んではおりません。何があの者をそうさせたかは知りませんが、己が身を固く掴み、拒んでおります。」
銀白の美しい髪をなびかせ、桜の木の前に立つ者は朱い着物を着ている。
金色の草は、その美しい足元にサラサラとそよぐ。
歩いているのか歩いていないのかわからないほどに軽い足取りで桜の木の前に立ち、微笑っている。

惹かれるその瞳の色は…

        ☆次回をお待ち下さい…☆

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