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本日。3

 去年買うだけ買って使わなかった手持ち花火は、湿気でほとんどがダメになってしまっていた。使えなかったものを捨てていくと、残ったのはゴテゴテした包装のものが何本かと、線香花火だけだった。

 安っぽい火の光に照らされる後輩の顔を見る。青あざは上手く影になり、曲がりなりにも楽しそうな表情が映し出されていた。
 花火なんて、と今まで冷めた気持ちでいたが、もっと早くやっておけばよかったと後悔するほどには楽しかった。

 トリはやはり、線香花火である。
夏の奇跡だな、と呟くと、「今更ロマン主義ぶらないでください。」といつもの風見鶏を咎められた。
 線香花火についても、やはり他には無い楽しみがある。
 地面を照らすにしても心許ない静謐の炎は、後輩の両眼に小さく映し出されている。
 彼女の眼を通して、極小世界の夏を見た。日常的に世界の大きさに脳が揺さぶられるか弱い俺たちにとって、瞳の奥の世界は、とても心地よいものであるかのように感じられる。
 そんな事を考えている間に、線香花火は落ちてしまっていた。後ろ向きな思考を責められている気がした。

 線香花火を全部使い切ったので後片付けをした後、自動販売機で缶ジュースを買って、飲みながら帰った。作為的な甘みを口内に湛えながら、薄暗い三叉路で後輩と別れた。

「また明日。」

 火光のほとんどは闇の中に溶けて消えたが、飽和して僅かに溢れたものが脳みそを揺らす。灰まみれの水がバケツからこぼれ、足を少しだけ愉快に濡らした。

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