見出し画像

金言188:疲れたら休む

若い頃、先輩から聞いた「疲れたら休めばいい」というアドバイスを理解できるようになったのは、起業してからでした。
守りの弱いところねらってゲリラ的に攻撃するのを潔しとせず、皆が見ているところで壁の最も厚いところを選んでぶつかっていく、その玉砕過程に美学を感じる集団。彼らにとっては、疲れたら休むというのは、敵前逃亡、日和見主義にほかならず、総括の対象でした。一点に全力集中している中で、休んだらいいというのは、弱気な態度としか思えませんでした。有効期限のある重い荷物を背負い、だから疲れたといって休むわけにはいかなかったのです。

カルチェラタン、フランシーヌの場合や、日大、東大安田講堂の出来事はいまや昔話。当時一部の若者は学生会館で火炎ビンを作っていました。一方、別の若者集団はガレージでインターネットに触れていました。時が移り、USSRが崩壊し、主義だけで世界は変わらない、レトリック(巧妙な言い回し)は富を産まないことが証明されました。「富を創れず、それを分配できない者が世界を救うことはできない」とインドの巨大IT企業の創業者はカルチェラタンの現場で予感したそうです。

あれから半世紀近くも経過。ガレージの若者たちはオールドエコノミーに影響を与え、世界を変えました。次にやってきたスローガンはスピードと品質でした。疲れたら休めでは、勝ち残りが難しい。疲れてスピードが落ち、品質に問題が出たら、レッドカードで退場という企業が注目を集めました。若手登用、男女雇用機会均等などを口実にして「スピードと品質、若さ」でふるいにかけて、暗黙知という知的資産をもったベテラン従業員を放出した企業が出てきました。その結果、老舗や一国を代表するような優良企業は、暗黙知を評価しない経営幹部とビジネスマナーを軽視するIT小僧たちのおかげで、初歩的なミスを繰り返し、高い授業料を払うことになりました。従業員の基礎教育をしっかりやっていると思われていた大企業が基本的な業務レベルで致命的なミスを犯しています。もちろんどちらかというとオールドエコノミーに属する金融業者でも、従業員が生涯賃金をはるかに超える横領を繰り返しています。


ここで、「疲れたら休め」が再評価されてもいいでしょう。
ギャンブルの達人は、負け続けたり疲れて勘が狂い始めたりしたときは、勝負を一時的にやめるそうです。いつも酷使している脳の特定部分ががーバーヒートしているので、その部分をクールダウンさせるために、勝負から離れて別のことをして別の部分の脳をつかいます。別の作業をして脳の別の部分を使うことで、いつも使っている重要な機能を活性化させる効能が生まれます。
もしかしたら、疲れた電車の運転手に一日中草むしりを課すのは、ストレス解消をねらった
是正(教育的指導)であったかもしれません。間抜けな上司が懲罰として課すから従業員のストレス解消にならないのです。

いただいたサポートはこれからやってくる未知のウイルス感染対策、首都直下型大地震の有事対策費用に充当します。