金言299:だれのおかげ

昔、景気の良かった頃、英字新聞に秘書の求人広告をだしたことがあります。欧米人の手書き文字が読めるかどうかをチェックポイントにして数人を面接しました。その中に、フランス人タレントの秘書を辞めたという方がいました。辞めた理由は、テレビで見るイメージとは異なる雇い主の横暴な態度でした。従業員の給料の原資は100%雇い主個人の稼ぎであるという考えで、「だれのおかげで給料をもらえると思っているのか」と頻繁に言われたとのことでした。公私の区別なく、使用人としてこき扱われ情けない思いをしたようです。

フランス版田中角栄といわれた仏人実業家が、当時の会社の命運を握っていましたので、フランス語がわかり、フランス人の下で働いていたという履歴に期待しました。結局、この方は上司の面接で、暗いというパーソナリティが災いして、不採用となりました。応募者は、あのフランス人タレントの老婦人の秘書として働いた辛い日々を、涙を流して説明してくれました。涙は、面接した上司がよく使う得意な武器なので、応募者の流す涙に意思決定が影響されることはありませんでした。

雇用する側は、わがままです。雇用される側は、限界まで辛抱しなければなりません。高倉健が演じた任侠の舞台と同じようなものです。義理と人情をはかりにかけて、義理が重たい職場では、志ある従業員は、限界まで辛抱する美学を好みます。

別の感覚をもった経営者もいました。零細企業のこんな会社だから、期待できる従業員の採用は望めないといいます。採用する際、学歴も能力も高望みしません。採用してもどうせ悪さをすると考えていて、大事な仕事をまかせません。従業員側も人並み以上の能力を要求されていないことを知っています。この会社では、義理も人情も重たくありません。ただ毎日、次の給料がもらえるように経営者の気まぐれな期待に沿って働きます。仕事の成果が経営者の計算どおりにでなかったときには、罵倒されますが、頭を下げてじっとしていれば、嵐は30分もすれば治まります。この会社でも、経営者は「給料がもらえるのはだれのおかげか」とか、「他で雇ってくれる会社はないぞ」と繰り返し、C級従業員としての自覚を促します。

会社のキャッシュフローに責任のない営業マンは、会社が計上する利益はだれのおかげかと、ビールを飲みながら叫びます。キャッシュフローに悩まされる経営者は、会議室で燃費の悪い従業員を恨めしく思います。

いただいたサポートはこれからやってくる未知のウイルス感染対策、首都直下型大地震の有事対策費用に充当します。