金言181:他人の物差し

団塊の世代は、物心ついた頃から競争をして現在に至ります。中学受験、高校受験、大学受験と、受験戦争といわれた時代を過ごしました。「一流大学に入らなければ一流企業に入れない。」一流企業に入れば幸せになれるというのが世の中の定説でした。

各フェーズでの競争を勝ち残ってきた大卒の新人が企業に入ると、そこには「年功序列」という理不尽な企業風土がありました。高度経済成長下の日本では、何をやっても(何もしくても右肩上がりの環境)結果がでました。右肩上がりの経済環境では、やればやるだけ儲かるということで多角経営が流行し、年長の証券マンと自動車セールスマンは肩で風を切っていました。

部下を踏み台にして日本全国で繁栄を味わっている上司に、競争社会で勝ち残ってきた新人は我慢できません。AGE GROUPといって、時間がたてば自分にも美味しい順番がまわってくるといわれていましたが、待てない納得できない若者は外資を選びました。いまや多くの日本企業が導入している年俸制、実力主義、成果主義、終身雇用無し、年功序列無しなどの制度が、30年以上前の外資企業には存在していました。

バブル経済の崩壊で(外資にいた人はベルリンの壁崩壊かもしれません)、右肩上がりが終わりとなり、その後の30年は何もしないと業績低下、何かをしないと業績維持ができない環境に変わりました。このような時代は、受験戦争の戦中派の団塊の世代にはいつか来た道であり、心身ともに健康であればチャレンジ可能であり、まさにチャンス到来でした。

一流企業を目指し競争した世代は、右肩上がりの日本でエコノミックアニマルとなりジャパンアズナンバーワンといわれ繁栄を謳歌した一時期もありました。バブル崩壊の後、立場は一転。株主対策として経営者が「女性の地位向上と若手登用」策をとると団塊の世代はリストラの対象となりました。この環境変化に対応するためには、まず、「他人の物差し」に合わせて自分の人生を決めることは間違いであることを自覚しなければいけません。

中国の寓話を紹介します。
「時の皇帝は学問を尊重し高学歴者を重用しました。男は勉学に励み実力をつけました。男が仕官の準備を整えているとき、皇帝が替わりました。次の皇帝は武人を登用しました。そこで男は武術を学びました。男が武人として実力をつけたとき、皇帝が替わりました。今度の皇帝は若手を登用しました。男は3代の皇帝を追いかけ、年を取りました。若手登用策にはなす術がなく、男は仕官を諦めるしかありませんでした。」

物心ついた頃からの競争は終わりにしました。
「他人の物差し」に合わせるのではなく、これからのおまけの人生は自分の物差しをだして量ってまいりましょう。

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