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Vivienne Westwood冒険記(後編)

後編はVivienneに招待され、ロンドンのラグジュアリーブランド「Vivienne Westwood」本社で仕事を始めたところからスタート。
こんな機会は2度とないと思い、格式あるアトリエにも関わらず控えることなく色々暴れ回って、そこから体験したこと・パリコレの裏仕事・Vivienneと一対一で会話を通じて教わったこと等を冒険記のように書いています。

温かい目でみていただけると嬉しいです。

(Vivienne Westwood冒険記(前編)はこちら

ここは2回目のGatwick空港。

宿泊費をなるべく抑えるべく仕事初日の前日に空港に着陸し、
準備し過ぎなくらい万全の準備のおかげで今回は無事に入国。

それから前回お世話になった平日1泊700円のホステルに向かい、
4人1部屋の相変わらずガヤガヤの中で寝る。

初日の朝。そんあ危ない所に置いとけないのでキャリーバッグを連れて、近くのスタバでコーヒーを飲んで気合いを入れて、いざゆかん!

(それからおよそ4ヶ月間下のようなスケジュールの中インターンとして仕事をして、期間の終わりとともに帰国をします。

9月に入国
10月頭にパリコレクション
11月
12月
1月頭にロンドンコレクション
帰国

あまりに色々な経験があったので、分かりやすくなるよう後編は時間に沿らず、下記の各項目毎に話を書きます。
読みたい項目だけ読めるようになってますのでぜひ!)

海外のハイブランドという戦場で戦う為に実行した心構え・日課

行く前に決めた心構えは、とにかく”攻める”こと。

本当に幸運に恵まれた機会。
なので、一日一日が今後二度とない夢みたいな時間だと思っていたので、
とにかく目一杯吸収して今後の自分に繋げようと思っての目標でした。

何が起きても、失敗してもいいので、
とにかく毎日受け身じゃなくて積極的に動いて、
少しでもいいから自分を進める毎日にしようと。

僕の性格と経験上、考えるよりも動くことが一番の経験とレベルアップにつながったので。

考えること、反省することは帰国してからでいい。
異国の文化の中で考えてもどうせ分からないので、
周りの空気を読むよりもとにかく攻め!攻め!攻め!笑

そして、気持ちが受け身になってる時だけ反省する。

仕事前も、朝スタバで音楽聴いてモチベーション上げながら
(曲は、当時ハマって聴いてた中島みゆきさんでした笑)

「今日はどう攻めるか」

考える。

例えば毎日してたのは、

挨拶はすれ違ったら必ず笑顔で大きな声で、
服装はとにかく個性を出して自分というもののアピールに繋がるように、
英語聞き取れない(難聴もあって)けど積極的に会話する、
自分からこの仕事を手伝いたいと言いに行く、

とか。

そんな気持ちで4ヶ月間臨みました。

初日

気合いを入れて、まずは持ち込みした時に会ったことのあるエントランスの女の子に挨拶。そして、何度も聞き返しながらの会話。苦笑い笑

マネージャーに連れられて職場に入り、
職場のみんなにとにかく挨拶と自己紹介と、
相手の名前を紙に書いてもらったり質問色々したり、、

それから遅れてインターン生の人たちが出社してきて、
同じくみんなと紹介しあって会話して、、、

イレギュラーでの参加なので、
英語が喋れない人がアトリエにいるのは初めてで、
その上英語が喋れないのに元気に積極的に話しかけてくるものだから、
結構みんな戸惑ってるのがわかる笑

挨拶が一通り終わったところで、早速仕事。

他のインターン生の仕事を手伝って、
お昼休みは友達とスーパーに買いに行って
外の階段にみんなで座りながら食べて、
物珍しい日本人だったこともあって色々質問攻めされて笑

コミュニケーションをとってくれたことに素直に嬉しい気持ちになりつつ、
午後も手伝いをして初日は終わり。

終わった後に、手紙をVivienneに渡してくれたTeddyと、
日本にいる時にメールで相談にのってくれてたVivienneの秘書のColletに挨拶と感謝のお土産を渡し、
Vivienneはその日は出張でいなかったので挨拶はお預け。

ちなみに、Vivienneと夫でデザイナーのAndreasの2人だけは4階の別室で作業をしていて、
滅多に下の階に顔を出さないし、
恐れ多くて会話できる人もほとんどいない。

だから、数日後に僕に挨拶しに職場に現れた時はみんな驚いてたし、
この日本人は一体何者なんだ感がより増した、、
むしろ何者でもない凡人なのに笑

そもそもVivienneはイギリスでは歴史に載るような英雄のような存在で、
アトリエ内ですら大半の人にとっては雲の上の存在だそう。

そんな人とこれから話ができるのかと思うと、
楽しみにいられずにはいられませんでした。

とりあえず、そうこう突っ走って気持ちのバタバタした初日は終わり。

VivienneWestwoodでの毎日の仕事

インターン生の仕事は、基本パタンナーのアシスタント。
具体的には、パターンカットやパターンコピーや、
生地カットや生地整理とか、要は頭を使わないので誰でもできる雑務みたいなもの。

はっきり言ってやってみての感想は、この仕事自体から得ることはほとんどないです。
その雑務をする対価は、
そのブランド、ハイブランドが中でどういう仕事をしてるのか知れることです。

なので大半のインターン生はそれで十分に満足していましたが、
僕は自分のスキルアップやハイブランドのスキルをより近くで見て学びたかったので、
自分から声をかけて仕事をもらいに行って、
個別にトワル(試作)作りやメンズアイテムのデザイン提案とか請け負ってやったり、
手伝いながらより距離の近いところでデザインや試作品を観察していました。

(なぜかVivienneの息子のベンのパンツも作って、、笑)

僕以外そんな厄介なインターン生はいなかったし、
そもそもインターン生の身分を含めて大変失礼なので当然なんですが、、

やっぱりみんな手を焼いた顔をしていました笑

(作業の合間に、皆で好きな生地を使って1つコルセット作り)

社会問題について考える

VivienneWestwoodは、1970年代にロンドンで流行ったパンクファッション(階級社会に対しての反発)を生んだ人の内の1人で、
その当時よく一緒にいたマルコム・マクラーレンが政治・社会問題に詳しく活動していたのに影響を受けて、もともと服作りが好きであった洋裁スキルと合わさったことがキッカケだったのですが、
その頃から50年、ずっと社会に対してアプローチするファッションをし続けています。

(厳密にいうと、
パンクファッションは社会を変える為のアプローチとして失敗だったと感じ、
本当に影響力のあるアプローチをする方法を模索する期間もありましたが)

今もその思想・目的は変わってません。
今は、環境問題について皆が正しい情報を理解して、皆で取り組むよう、得意のファッションを通じて世界に発信して多くの人を巻き込んだり、世界中に飛び回って活動をしています。

詳しい内容はまた改めて書きますが、
僕がいる時に具体的にあったことは、

社内でベトナム戦争の当時の戦場の映像をみんなで見て、
その後みんなで討論する時間がありました。

市内のあるバーの1室を貸し切り、
市内にいるその道の専門家が20人くらい一堂に会して、
VivienneWestwoodを中心に社会問題について意見交換をする日もありました。
お酒を飲みながら笑 でも皆本当に真剣に。

僕は英語がほとんど聞き取れないので、
断片的にしか内容がわかりませんでしたが。。

日本でもそのような会はありますが、
僕はこのような本当に真剣に環境問題について考える時間に触れたのは初めてだったし、
その時間をキッカケに、好きなことや利益のあることとか今日本で流行ってる個人主義の考え方も大事だと思う部分あるけど、

広いこと・自分が関わってる世界にも考えを持ったり、
少しずつでも取り組むことも
最初は手間に感じると思うけど生きてる以上大事だと今は思っています

(そして帰りに爆睡)

毎週火曜日の昼食は、アトリエみんなでベーガン(肉なし野菜中心料理)

タイトル通りで、
毎週火曜日に専属のシェフが来てベーガン料理をふるい、
皆必ずその日はそのベーガン料理を食べます。

(毎週会社で食べたベーガン料理。
食べたことない味だけど、大抵は美味しかった笑)

VivienneWestwoodのアトリエは、
前に書いた社会問題を考える時間もそうですが、
そうやって仕事時間内にVivienneの考える理想の生活を体感する時間があります。

社員全員に企業文化のように浸透していて、
皆に一貫性と一体感が生まれる環境は良いですね。

VivienneWestwood本人から直々に教わったこと

Vivienneはずっと忙しく、中々時間がとれなかったそうで、、

Vivienneの部屋に呼ばれ、直接話をしたのは2回。

1回は話というよりデザインしてるところを見せ、
デザインするというのはこういうこと、とVivienneのデザインを教えてくれ、
1回は通訳をつけてくれて、床に座りながら色々教えてくれました。

日本からはるばる来た僕に時間を作ってくれたのもですが、
わざわざ通訳をつけてくれた気遣いは
Vivienneの本当の人柄が滲み出てて感動です。
昔パンクの女王と呼ばれて、今でもメディア露出の際は戦車(本物ではないけど)に乗って首相宅にデモに行くなど過激な感じですが、
本当のVivienneは博識ですごい人格者でした。

話ですが、こんなことを言われました。

自分だけの文化を持ちなさい
●仲間を作りなさい
●ただ変わってるものを表現する現代アートが嫌い
アートはそれが作られた時代を象徴している
例えば「The Wallace Collection」を見に行きなさい
●色々な文化を見て読んできたけど、日本の文化は素晴らしい
特に「能」は何度も見なさい
私は死ぬ前までに書道はやりたいと思ってる
●「道(Tao)」という老子の哲学を勉強するのがいい
●手紙の字が綺麗だったからあなたをここに招待した笑

どれも理由までは教えてくれてません。
なので、言われた日からずっと何を伝えたかったのか考えています。

最初の1ヶ月は毎日転々とホステルでシェアルーム生活

生活する部屋は、
現地に着いてから内見して部屋を決めようと思っていました。

物件探し中は、安く済ませる為ホステルでシェアルーム生活。

毎日部屋をブッキングして、

多い時は20人一部屋の部屋に泊まって、
明るいしうるさいしで、

特に熱出した時は三日中うるさい部屋のベッドでじっとして、

出勤の時は大きいキャリーバッグとリュックサックを連れてって、
朝食・夕食も1階のバーで食べないといけないので(安いファーストフード店も日本と違って結構高いので)落ち着かないし、

共同シャワーは使いたい時間に使えないし、
普通に盗難する人いるし(靴とiPod盗られた)、

中々物件探しがスムーズにいかないので、
そんな生活が1ヶ月続きました…

(ホステル生活中は、よく公園を突っ切って歩きながら出勤)

まあ、その代わり根性はかなりつきましたが、、笑

ロンドン生活の後半3ヶ月は4人でシェアハウス。アフリカ系ロンドン人のオーナーとの文化の話

仕事が始まってちょうど1ヶ月後にあったパリコレから帰ってきたタイミングで、
ようやく泊まる物件が決まりました。

寝るところが個室の、4人シェアハウス
職場まで30分で着く、サウスバンクという地域で1ヶ月500ユーロ
オーナーはアフリカのマリで生まれ育った、ロンドンに20年以上住んで、服作りや先生の仕事をしてる人

(住んでた部屋)

(夕食によく作って食べてたもの)

このオーナー、マリアムには母親みたいにお世話になり、

自分で作れる料理を色々教えてくれたり、
そのオーナーがたまたまベーガンでベーガン料理を特に教わったり、

仕事の相談にのってくれたり、
マリアムの仕事の愚痴を聞いたり笑、

それぞれの国の話をしたり、

なぜかるろうに剣心が好きでテレビを何度も見たことがあるそうで、僕も好きなのでその話をしたり笑

マリアムはロンドン文化からアフリカ文化から色々体験を通じて知っているので

文化の会話はかなり勉強になったし、
日本とアフリカの文字の話は面白かったし、
アフリカから見た日本の文化なんかも勉強になったし、
自分から日本を伝えることも案外難しく、日本のことも勉強になったし、

2ヶ月半の間のマリアムと交わしたこの時間も貴重な時間です。

つくづく、色んな人達と深く話すと世の中の見方・考え方の広さを痛感させられます。

日本人初めてのインターンシップ

Viviennの本社アトリエで仕事したのは、
日本人では僕が初めてだと聞いた時は驚きました。

(雑誌「装苑」にも載って)

Vivienneの服は、特に日本人がよく買ってくれるそうです。
ロンドンにある直営店でも、
多くの日本人の観光客が来て購入するそうで、
昔流行った原宿ファッションの1つであるストリートファッションもVivienneのパンクファッションを真似たところから始まってるので、
日本のアパレル業界でも好きな人が結構多くいます。

そんなに人気なので不思議だと思いましたが、
原因としては、「英語の壁」と「海外ブランドと日本の専門学校とのパイプの弱さ」があるんだそう。

特にイギリスは今、外国人労働者が参入しづらい構造をとっているので、
(最近のEU離脱の理由も、EUに加盟してると例えば低所得の東洋の人達が普通に入国して来れるので、それを嫌がってるのが1つ)
パリのハイブランドには日本人が多くいるけど、
ロンドンのハイブランドにはほとんどいないそうです。

直に学び経験してみて、
Vivienneの活動や考えは日本にも広める価値がとてもあると感じたけど、
(長く続いてて業界では有名なファッション雑誌「装苑」で、今毎月Vivienneの特集ページがあるので、業界でも日本に広めたいと思う人がいるからなんだと思うけど)
特に若くして体験してるのは自分だけなんだと思うと、
自分が広めていかないといけない、と使命感に駆られました。笑

ひょんなことから急に大きな使命を課せられて
正直自分が頑張らないとと不安な気持ちはありますが、
これからしっかりと日本に還元していきます。

パリコレクション・ロンドンコレクション

VivienneWestwoodというブランドは、
Vivienneがディレクターをしてロンドンで発表するブランドと、
夫のAndreasがディレクターをしてパリで発表するブランドの
2つのラインがあります。

僕がいた時も10月にパリでショー、1月にロンドンでプレゼンがあり、
普段の仕事はその2つの為のモノづくりの手伝い。

(パリコレの手伝いで、ユーロスターという列車でロンドンからパリへ)

ショー・プレゼンの前1週間から現場に入って、
スタイリング・フィッティング・リハの手伝いをして
当日は服のセッティングからフィッティングから、
モデルさんのケアまで終始バタバタして、、

終わった後デザイナーが取材中に皆でシャンパンで乾杯笑
といった流れでした。

(参加したパリコレの舞台裏)

僕のパリコレの場合は、
1足のシンプルなスポーツシューズと色んなアクセサリーの入った箱を渡され、

あと6枚の写真を渡され、
「このイメージに合う靴を作って」とだけ言われ、
デザイナーのお眼鏡に叶えば使ってもらえるといった感じでした。

写真モノクロだし、画質粗くて何の写真かもよくわからないし、、笑

だけど、そういう自分の作品を世界の人に見てもらえる機会は貴重なので、
とりあえずインパクトがあって、
〇〇っぽいって統一感が最終的に感じられる靴を前提にして、
試行錯誤しながら2足作って、
リハ期間中にAndreasに直々に見せてプレゼンして、
何とか採用になって使われました。

(採用された靴達)

ショー前日の1週間は、出来上がったアイテムをとにかく数多く組み合わせてスタイリングして写真撮って、
最後2日前くらいから良かった写真の組み合わせ(モデルさんも含め)を選んで調整して、
それをショーに使うといった流れ

(ショー前のスタイリング決めやリハ)

Vivienneというブランドは、体型から国から年齢から、
本当に色んな個性の人達がモデルとして来ます。
もっと言うと、見た目やファッションの個性が強過ぎる人ばかりです。


(フィッティングに参加した、イギリスで発表したコレクション)
なので、これまで感じたことのない色んな種類の雰囲気やパワーを人から会話から感じました。

自分の打ち出し方ってこんなやり方もあるのかと、
あまりに理解の範囲を超えた感覚ばかりで、
Vivienneのコレクションは2度とも頭が混乱する経験ばかりでした。笑

色んな国の同年齢の友達との仕事・休日

ドイツ・オランダ・イタリア・地元イギリス・スイス・中国・韓国。。

主にヨーロッパの人ばかりでしたが、
仕事を通じていたので深く色々な国の人と交流しました。

(パリコレの後にプチパリ観光)

(ロンドンのマーケット)

(厳密にいうとそれぞれ違いますが、)
ヨーロッパの人たちの価値観・考え方を知りました。

同じアジアの韓国や中国の人達と話をして、
印象と全然違う人達を知り、日本人に対する考えも知り、
それが年齢によっても違うことも知り、
メディアの情報は本当に一部に過ぎず、人柄は国で決まらないことを体感しました。

もちろん、環境の考え方・生活に対する影響は大きいので、
同じ国だと似てるところもありますが。

(社会問題のミーティングに参加する)

(VivienneWestwoodのクリスマスパーティーにて)
そういう人たちとの出会い・交流があったからこそ、
ものの考え方・価値観が大きく広がったし、
そういう人達と、特に同年代と友達になれたことは
自分にとっての何よりの財産です。

最後に、仕事を終えて

海外での生活も仕事も初めてだし、
周りにほぼ日本人いないし全部英語だし、
毎日攻めてばっかりで、
何よりそれが4ヶ月間。

神経が相当削られました笑

毎日疲れるもんだから、夜はちょっと英語の勉強をした後いつも
オンラインで将棋やったり月曜から夜ふかしをこれまで放送されたの全部見たりして笑、目一杯ダラダラして過ごしました。笑

そんな毎日は、
何より今の奥さんに支えられたおかげで何とか駆け抜けられて、
体験に溢れた今でもかけがえのない時間になっていて、
それからの自分にも大きな糧になってます。

日本人で自分しかいないということは、
ここで得られたことを日本で伝えられるのは僕しかいないと思い、
Vivienneも僕を通じて日本人にも彼女の考え方が広まればと思ってわざわざ貴重な時間を作ってくれた訳なので(今でもメールでこの歳には何が大事かとか、何を読むのがいいとか、半年に1回くらいメールがくる)、

少し時間が経って落ち着いて自分の立ち位置を考えた時に、
今はこの幸運に恵まれた他にない経験を、
今度は自分だけではなく家族や会社や社会や他の人にもいきるよう、
何かしていかないと、と。

(仕事最終日に4階のVivienneの部屋に呼ばれ、最後の講義と挨拶)

このブログもその一つとしてやっていて、
自分を発信し続けてシェアすることで、
同じ考えの人たちと集まって何か活動するキッカケにまでなればと思っています!

今回は誰にどういきるか分からないけど、
ここでは「こういうことが大事です!」「こうするべきです!」とかって経験を通じての考えを書くよりも、
あった体験・当時の気持ちをそのまま書いた次第でした。

この文を通じて誰かの何かに繋がれば幸いですし、
感想とかいただけると嬉しいです。






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