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美容師の坂巻さん

「カリスマ美容師」と呼ばれた坂巻哲也さんが3月末に亡くなったと知ったのは、仕事中に夫がチャットに送ってくれたネットニュースでだった。61歳だったという。記事を読んでしばらくの間、動揺を止められなかった。

美容室「apish」に通って

坂巻さんが経営する美容室「apish」には、オープン当初からお世話になっている。長年坂巻さんに担当してもらっていたけれど、ここ数年は坂巻さんが闘病中とのことで、代わりの若い美容師さんたちに、カットしてもらっていたのだった。
最初はすぐに良くなると思っていたのだけれど、昨年の春頃だっただろうか。担当してくれた若い男性の美容師さんが、「坂巻さんはすぐには戻ってこられなそうです。少なくとも、年内とか、そういう単位ではなくて、治療に時間がかかりそうです。戻るまではしっかり、僕たちがやりますから」と、話していたのだった。
それでも、坂巻さんはSNSでは元気な姿をアップしていたし、また何事もなかったように戻ってきて、抑揚の多いエネルギッシュな声で話をしながら、華麗な手つきで髪を切ってくれることを、私はまったく疑っていなかった。

「Studio V」での出会い

初めて坂巻さんにカットしてもらったのは、1997年、大学を卒業して就職したばかりの、春だったと思う。自分でお給料をもらうようになったのだから、埼玉の地元の美容室ではなく、ちょっぴりお金をかけて雑誌に載っているような原宿あたりの人気美容室でカットしてもらおうと思ったのだ。
雑誌のヘア特集を調べて、ショートやボブカットが得意という、「Studio V」という美容室に予約を取ることにした。
「店長さんにお願いしますって言うのよ。店長さんが一番上手に決まってるんだから」と母に強く言われた通り、「店長さんにお願いします」と電話で伝えた。小さな美容室ならそれでよいのかもしれないが、都心の有名美容室では、いきなり電話をしてそのお店のトップの美容師さんに切ってもらおうなんて話にならない…というのはあとで知った。
「店長はあいにく予約がいっぱいで…」と紹介されたのが、坂巻さんだったのだ。

表参道の光が窓から差し込む広々とした美容室で、その後何度か、坂巻さんに髪を切ってもらった。
家に帰ると、「やっぱり原宿の人気美容室は違うねぇ。上手だねぇ」と、母と妹はしきりに感心していた。だいたい、それまで美容室に行って、思い通りだったり、それ以上だったりすることはほとんどなかった。
坂巻さんは「それ以上」だった。長さや形について、細かく言わなくても、ちゃんと似合うようにカットしてくれる。ときには、私が想定していたよりだいぶ思い切りよく「バッサリ」とカットされることもあるのだけれど、おかげで私の地味目の顔が、明るく、華やかに見えるのだ。その思い切りのよさが小気味よかったし、自宅に帰ったあとの再現性も高く、日数が経っても形がくずれにくくて長持ちもした。

坂巻さんに「出戻り」ました

実はその後何度か、別の美容室にも行ってみた。ある日ファッション雑誌をパラパラとめくっていたら、たまたま坂巻さんが何人かの美容師さんと一緒にインタビューに答えている記事に出くわし、「出戻り大歓迎です」なんて話しているのを見つけたのだ。「どんどん新しい髪型も、いろんな美容室も試したらいい。他の美容室も試したうえでやっぱりここがいいと戻ってくるなら、それは大歓迎」というような内容だったと思う。
そうか!それなら堂々と試してみようと、私はその後いくつか、やはり原宿あたりの、人気美容室に行ってみた。
アーティスティックな雰囲気漂う美容室や、最新のパーマが人気という美容室や…。
そして、まんまと出戻った。何が違っていたかって、坂巻さんは、私の髪で作品をつくるのではなく、ちゃんと私のよさを引き出してかわいく見え、気分よくいられるようにカットしてくれるのだ。
「あちこちで試してみたけど、やっぱり坂巻さんが一番よかったです」と正直に話したら、ほかの美容室でどんな風だったか、どんなパーマだったかとか、ややしつこく聞かれた。ちょっと気まずくて私は口ごもってしまった。
その頃から坂巻さんは、向上心いっぱいで、ギラギラしていた。
何年も経って坂巻さんが「カリスマ美容師」と呼ばれるようになった頃、そのときの話をしたら、「そりゃぁあのころは必死だったからな。今なら『そんなの当たり前だろ』って言えるけどさ」と笑っていた。

「カリスマ美容師」と呼ばれて

「Studio V」に私が何度か通ったあと、坂巻さんは独立し、「apish」をオープンした。原宿の小さなお店で、「Studio V」でも坂巻さんのアシスタントをしていた女性が、シャンプーをしてくれた。
「apish」は大盛況で、ほどなくして大きなお店になった。透明のガラスブロックに、赤や黄色のガラスブロックが散りばめられた、明るく、かわいいお店だった。
窓際にあるシャンプー台は、これまでのように上半身ごと倒すことなく、座った姿勢のまま頭を少し倒すようになっていた。「今日みたいに晴れた日は、空が見えて気持ちがいいですね」と言ったら、「そう、青空シャンプー台」と得意気だった。

その頃の坂巻さんは、とにかく多忙だった。お店には若いスタッフがどんどん増えて、テレビや雑誌の撮影に、いつも忙しそうだった。テレビ番組「ビューティー・コロシアム」では美のエキスパートとして登場し、「カリスマ美容師」と呼ばれるようになった。
予約も取りにくくなってきて、どうしても日程が合わないときは、別の美容師さんに切ってもらうこともあった。「apish」の支店もでき、新しいヘアケア商品の開発をしたり、とにかく坂巻さんは、ものすごい活躍ぶりだった。

私は30歳を目前に、のんびりした時間がほしくなって勤めていた女性誌の編集部をやめ、ニュージーランドにワーホリに行ったり、韓国に語学留学したり、2年半ほどぶらぶらとしていたのだが、はっきりとした目的もなくぶらぶらとするだなんて、坂巻さんは理解できないというふうだった。アシスタントの男の子が「坂巻さんはああ言うけど、僕はすごくいいと思いますよ」と励ましてくれたのを覚えている。

経営者として

「僕は美容師同士というより、料理人の友人と気が合って飲みに行ったりするんだよ。料理人も美容師と同じで、成功する方法は2つ。自分の店をとにかく特別な店にして、1つの店に専念するか、それとも支店をいくつも展開して、自分のやり方を広く伝えていくか」。そんな話をしていたこともあった。坂巻さんは、後者の方に進んで行ったのだと思う。
数年前の坂巻さんは、こんなことも言っていた。「僕はそもそも飽きっぽい性格だから、髪を切る仕事だけをしていたら、こんなに続いてなかったかもしれないな。テレビや雑誌の仕事をしたり、商品開発をして通販番組にも出て、お店の経営のこともあるし、いろいろやってるから、今もお客さんをカットするのが新鮮に感じられるんだと思う」と。

何年前のことだったかはっきりとは覚えていないけれど、結婚後の坂巻さんは、少し変わった。ギラギラと尖った感じがしていたのがマイルドになって、少しずつ「apishのお父さん」みたいな雰囲気になっていった。
奥さんののろけ話をしょっちゅうしていて幸せそうだったし、あるときには坂巻さんのお母様とお姉様がサロンにいらしていたこともあり、坂巻さんが髪をカットしてあげていたとのことだった。「このくらいの親孝行はしないとね」と。
それまでは、「自分がどれだけのことを成し遂げるか」が中心にあったのが、後進を育てることや、自分の教え子たちが活躍する場としてのお店の経営に、これまで以上に熱心になっているように、側からは見えた。

お店に出られなくなって

最後に坂巻さんに髪を切ってもらったのは、いつだっただろう。はっきりとは覚えていない。コロナ禍の最初の数ヶ月はお店が休みになり、その後、何回かは切ってもらったように記憶している。やがてお店の予約サイトには「坂巻は外仕事が続いているため、こちらから別のヘアスタイリストをご紹介します」という内容の案内がされるようなり、坂巻さんの予約が取れなくなった。
それまでも、坂巻さんが忙しくて予約が取れないことはあったので、最初は一時的なものだと思っていた。けれど、それが何回も続くようになり、「坂巻さんは体調が悪くて、しばらくお店に来られないんです。坂巻さんがいないと、なんだかお店がピリッとしなくて、寂しいです」と、ある日担当してくれた美容師さんが、話してくれたのだった。
昨年は「apish」25周年を、坂巻さんがお店に立たないままで迎えた。

若い美容師さんたち 〜坂巻さんが残したもの〜

今、私は「apish」の2人の若い美容師さんに、交代でカットしてもらっている。
先にカットしてもらったのは、女性の美容師さんだった。彼女はとてもセンスがよく、思い切りがいい。だいたいこんな感じにしたいというイメージを伝えると、躊躇なくバッサリと、よい感じに切ってくれてうれしい。生まれながらのセンスに恵まれているのだなと感じたし、カットの技術も申し分なかったけれど、すぐにまた坂巻さんが戻ってくるものとばかり思っていたから、次の予約ではとくに指名をしなかった。これまでも、坂巻さんがいないときは、めったに指名をしてこなかったから。
次にカットしてくれたのは、男性の美容師さんだった。彼は、前回の女性の美容師さんとは全く違うタイプで、職人肌という感じだ。すごく細かく、丁寧に切ってくれる。髪の悩みを伝えると、こうやってカットするといいとか、こうセットするとよいとか、細かいところまで教えてくれてありがたい。カットしてもらったあとはほとんど何もしなくてもちゃんとまとまるし、長持ちするところは、さすが坂巻さんの弟子だ。坂巻さんのことをすごく尊敬している様子で、毎回何かしら、坂巻さんの話をする。

紹介してもらった美容師さんが気に入ったら、次回は指名すべきだということにあとから気がつき、結局その後は、その2人の美容師さんを交代で指名している。どちらかに絞らなくちゃいけないのかしらと迷いつつ、それでもいずれは坂巻さんが戻ってくることだし…と思いながら、結局叶わないこととなってしまった。

若い2人の美容師さんたちに髪を切ってもらうたび、坂巻さんのカットの技術に感動するのだ。
美容師さんたちの技術を底上げして、育てて、私を含めてたくさんの人がカットしてもらい、ちょっぴり幸せな気分になる。立派な仕事をした人だったのだなと、あらためて思う。

私はもうしばらくの間、2人の美容師さんのどちらかに決めず、交代でカットしてもらうことを、許してもらえるだろうか。

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