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❝G❞から❝A❞までの道

とうに夜半は過ぎた。雨の中、夜会服を着た仕事帰りの女が傘も差さずにアジトの前で立ち尽くしている。無理も無い、自分の相棒が正門の鉄柵に串刺しにされていたとあっては。おれは植え込みから飛び出して、彼女の悲鳴に紛れて距離を詰める。背後からウィスキーの瓶で後頭部に一撃、咄嗟の防御も間に合わずに化粧崩れの殺し屋は頭を割られてくずおれた。殺し屋の表情は読み取れない。おれは死の淵から這い上がる代償に自分の感情を、殺し屋を始末する膂力の代償に他人の感情を察する機能を悪魔に差し出していたからだ。

「鉄滓会のフォクシィ。お前が❝F❞で間違いないな」

おれは頭文字が❝G❞のラベルが張られたウイスキーの瓶を放り投げた。この瓶で殺して、串刺しの死体を天高く掲げるのが亡き友の流儀だった。この街で、ただ一人の友人だった男。この街に、雨の匂いがしない理由を田舎から出て来たおれに教えてくれた男。ここから先は、おれ自身のやり方でおれ達の復讐に取り掛かる。スカートの切れ込みに手を伸ばす。おれを囃し立てるような悪魔の声が聞こえる。都合よく隠されていた拳銃を発見した。都合よく弾丸が込められている。そして都合よく標的は無抵抗で転がっている。

「なぜ、どうやってエスクワイヤを……」

「なぜって?おれはおれ達の仇を討った。どうやって?一騎打ちで殺した。それだけだ」

三大欲求の一つと引き換えに悪魔から「一騎打ちで必ず勝利する剣」を借りたのだ。もう一つと引き換えに死体を操る能力を借りて❝E❞の死体を操作して❝F❞を呼び出した。手品の種を明かして引き金に指をかける。冷たく、火を放つ反動。遠くない未来、この感覚をも手放す日が、いつか来るだろうという予感だけがおれの胸中にあった。

「どうする、まだ続ける?それとも今日はもう寝る?」

おれにしか見えない悪魔がおれだけに聞こえる声で語り掛ける。残された最後の欲求が限界まで膨らんでいるのを感じていた。

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