ニンジャスレイヤーTRPGソロアドベンチャー4:リプレイ【アイル・ノック・トーフ・アウト】

概要

注意事項

サイコロの出目を記録するのを失念していました。ですが判定の結果だけは憶えているので、その結果に沿ってリプレイ記事を投稿したいと思います。

本編

タマガワの終着点、アヤセ地区では大小無数の水路を今日もコンテナ屋形船が行き交っている。しかし油断ならぬ読者の皆さんはネオサイタマの日常に潜む違和感に既にお気づきであろうか?そう、水路を流れる木材に。それは実際イカダであった。……暗黒メガコーポのプラントに運ばれる木材であろうか?

イカダの上には櫂を携えた一人の男。ならば彼は地元の水運労働者であろうか?しかし彼の乗るイカダを牽く船は無い。否、それどころか繋ぎ合わされた木材に過ぎぬイカダは周囲のコンテナ屋形船を追い抜き、追い越し、縦横無尽に水路を駆け抜けていくではないか!フシギ!「どこだ……どこにいる……」

「おれは此処だ……お前を探している……」フード付きブルゾンを着た男の表情はうかがえない。ただ、その声を聞けば男の心情を察するのは容易であった。方向性を持った怒り。或いは焦り。「お前が殺し損ねたニンジャは此処にいるぞ、ブラックバーン=サン」……しかし、彼の声に応える者は居なかった。

男の正体はニンジャであった。アヤセ地区の労働者がソウカイニンジャの人間狩りに巻き込まれ、臨死体験を経てニンジャとなって甦ったのである。ディセンション直後の暴走状態にあった彼は襲撃者を撃退。曲折を経て彼もソウカイニンジャとなった。しかし彼は今でも探している。……彼自身のカタキを。

【アイル・ノック・トーフ・アウト】

水路でのハイド&シークは彼の日課だ。天秤の一方には標的を探し求めるニンジャ第六感。もう一方には標的から身を隠すニンジャ野伏力。どちらかを損なえば(あるいはどちらも敵の力量に及ばなければ)貴重な余暇を無駄にすることになる。あるいは、次の瞬間にでもアンブッシュを受け……おれは……。

「おれのやっていることは……」弱気になったニンジャが思考の袋小路に入りかけた、まさにその瞬間のことである。懐にしまい込んだ小さな相棒、❝D6❞が彼を叱咤するかのように激しく鳴動したのだ!何事であろうか!?彼の所属するニンジャ組織の上位者であるソニックブームからのメッセージである!

「……任務の時間か」孤独な復讐者を演じていられる自由時間は終わり、上位者に顎で使われる彼の現実が戻って来た。無慈悲で危険で、明日をも知れぬサンシタニンジャの日常が。……これは小さな物語だ。彼の名はノーマーシー。一度は命を失った男が、日々の苦労によって、更に多くのものを失う物語。

IRC端末を起動させ、受信したメッセージを確認する。どうやら彼の古巣であるアヤセ地区にあるトーフ工場(どうやらソウカイヤと提携しているトーフ社の工場らしい)が武装したアナキスト集団によって襲撃されているようだ。そして間が悪いことに、首領ラオモトの子息が工場を見学していたらしい。

「例によって、たまたま近くに居合わせたおれに任務が下されたということだな」息子の命が危ういとなれば、サンシタにマルナゲして落着などとは首領も考えないであろう。暫くすれば幹部級のニンジャが到着すると考えるべきか。彼は「主役は遅れてやって来る」のコトワザを想起せずにはいられなかった。

これ以上は考えても仕方がない。覚悟を決めると彼はイカダを乗り捨て、トーフ工場への最短ルートを疾走。ニンジャの視覚がトーフ工場のエントランスを認識する。ニンジャの聴覚が喧騒と怒号、悲鳴と銃声を捕捉する。「ウオーッ!」「アバーッ!」BLAM!それはネオサイタマの日常でもあった……。

敵は二丁拳銃のアナキスト。逃げ遅れた労働者を撃つことに夢中でこちらに気付いてはいないようだが、それも時間の問題であろう。しかし危険を承知で観察を続ける。どうやら顔見知りではないようだ。かつてノーマーシーが遭遇した人間狩りは、彼のカイシャごと巻き込む大規模な爆発を伴うものであった。

かつての同僚が路頭に迷った挙句にアナキスト集団に身を寄せていたとしたら……というのがノーマーシーの思い描く最悪のシナリオであった。仮にそうであっても彼のやる事は変わらないが。「ウオーッ!」無造作にスリケン投擲!「アバーッ!」見事に命中して即死!「やったか」安堵と共に疑念が渦巻く。

「アナキストとは一体?」死体が着ているTシャツには「アナーキー」の文字が躍っている。生前、アナキストであったことは間違いあるまい。政府と戦う者が、少なくとも表面上は一介のトーフ工場を襲撃している。「つまりこいつらは政府が暗黒メガコーポの傀儡であり、本当の敵ではないと知っている?」

時間をかけて死体を調べるべきだろうか?逡巡は一瞬のことだった。「今やるべきことではない」そう、先を急がねば!アナキストどもの背後では何者かが暗躍していることは間違いあるまい。西のザイバツ、あるいはイッキ・ウチコワシ。どのみち死体は逃げないのだ。推理なら時間のあるときにすればよい。

ノーマーシーは工場の内部を駆け抜ける。壁に弾痕、床には死体。首領の子息(確か名前はチバと言ったような)の死体は今のところ見当たらない。転がる死体は作業着、あるいはTシャツ姿の成人男性のものばかりである。……否!生きた人間が、それも武装したアナキストが突如として曲がり角から現れた!

水平に角材を構えて突撃してくるアナキストの顔を観察する。……やはり見知った顔ではない。ならば安心して始末できるというもの!ノーマーシーは全力でトゥーキック!その狙いはアナキストの胴体でも頭部でもなく、角材!「ウオーッ!」「アバーッ!」90度回転した角材が持ち主の顔を打ち据える!!

顔面を破壊された襲撃者が仰向けに倒れるのを眺めながら、無慈悲なるニンジャに生まれし疑念は深まりつつあった。角材といえば活動家の用いる武器という印象が拭えなかったのである。(やはり背後にはウチコワシ?)しかしエントランスで遭遇した個体は二丁拳銃で武装していた。考え過ぎかもしれない。

先を急いだ方が良いとは思いつつも倒したばかりの男の死体を念入りに調べることにする。「……もしかしたら」血まみれの財布から一枚の万札を手に入れた!ノーマーシーは推理したのだ!「銃火器を買うカネを渋って角材で武装していたのかもしれない。そのカネは手元に残しているかもしれない」……と。

彼の推理を正しいと証明するものは何も無い。真実を知るのはブッダのみであろう。……果たして、ブッダの微笑みは彼にもたらされるであろうか。ニンジャのイクサは慣れ合いではなく実際、死ぬ。明日をも知れぬサンシタニンジャを今日にでも、くだらない死に方が待ち受けているかもしれない。それでも。

死んだように生きるより、死ぬ気で戦って取り戻したい。ニンジャの暴力によって奪われた人生も未来も戻らないならば、せめて、その欠落を埋める「何か」を手に入れなければ嘘だ。イクサの高揚、美味いスシ、成長の実感、そして万札。「先へ進まねば」自らの意思と、内なるソウルの衝動の赴くままに。

未だに武装アナキスト集団は工場内部に残っている。思い思いの武器を携えて生き残った労働者に襲い掛からんとしていた。見つける度に足を止めてスリケンで、あるいは勢いを殺さずトビゲリで仕留めていく。助けた労働者からの反応はと言えば……感謝であったり、恐慌であったり、失神であったりした。

走ってトビゲリ、走ってスリケン投擲を繰り返しながら突き進むうちにノーマーシーは胡乱な題目がショドーされた設備が並ぶ一角に辿り着いた。その文字列はコケシマートでも目にした記憶がある。それは何やら哲学的でさえあるトーフの商品名であった。「四角い存在……凝固したアモ……何?何だって?」

ニンジャ第六感が告げる。中枢が近い。戦う力を持たないモータルが襲撃者から身を守ろうとすれば奥へ奥へと逃げる筈である。恐らくチバは、この先にある大ホールに避難していると思われる。ここに来るまで他のニンジャの姿は見なかった。自分が一番乗りかもしれない。シツレイの無いようにしなければ。

未だ見ぬ首領の子息との邂逅に思いを馳せる。「よくぞ助けに来てくれた!」と感謝と労いの言葉をくれるだろうか。それとも「何故もっと早く助けに来なかった!?」と詰られるだろうか。しかし暴君の息子は暴君であるに間違いあるまい。そこらのニンジャよりも恐ろしい子供ということもあり得るのだ!

(おれは少し遅れて到着して、一番乗りは幹部級のニンジャに譲った方がいいのでは?)全速力での疾走を続けることを躊躇したその一瞬、彼の中に潜む何かが身じろぎするのを確かに感じた。自らの無意識が視界の中の何かに違和感を拾い上げる。誰も居ない細い通路の、どこまでも変わらない光景。しかし!

違和感の正体は床にあった。床材の一部にのみ真新しい塗装が施されている。まるで皿に盛られた古いトーフの中に真新しいトーフが一つだけ混ざっているような、ほんの僅かな違和感でしかなかった。だが。自らの直感を信じてノーマーシーは急制動をかける!その判断が彼を救った!……人感センサーだ!

部分的に塗装の新しい床と、その真上にも塗装した時期が違うと思われる領域が天井にもあることを察知する。何も気づかずに道の真ん中を走り抜ければニンジャ視力を総動員することで辛うじて認識することの出来る微細な赤い光線に感知され、何らかの致命的なトラップを作動させていたことであろう!

よく見れば危険なセンサーは通路の両端まではカバーしていないようだ。なんたる平安時代の偉大なるボンズのコトワザ「橋の中央を渡れば良い」を逆手に取った悪辣なトラップであろうか!ノーマーシーは半身姿勢をとって壁際に背中を押し付けながら爪先立ちで慎重に前進する。「……まるでスパイ映画だ」

トラップ地帯を切り抜けたノーマーシーは迷いを捨てて全力疾走、遂に終点と思しき大ホールへの到着を果たした。「チバ=サンは此処に……?」しかし彼を待ち受けていたのは首領の子息による称賛でも叱責でもない、酸鼻極まるジゴクであった。氾濫するトーフエキス、その白濁に塗れたラオモト・チバ。

チバはIRC端末で必死に助けを呼ぼうとしている。聞く者の心を突き刺す必死の叫びをかき消すような銃声と労働者の悲鳴。武装アナキストによる虐殺ではない。……鉄塊!足を生やした鉄塊……からせり出した機関砲が、ここまで逃げ延びた労働者の命を念入りに収穫すべく銃火を吐き出し続けているのだ!

その悪夢めいた暴力装置の名はモーターヤブという。ネオサイタマ郊外出身のノーマーシーのニューロンに、生まれて初めてカスミガセキ・ジグラットの威容を目にした時のような衝撃が駆け抜けた!だが立ち竦んでいる場合ではない。躊躇せずヤブが構えるマシンガンの射線に躍り出る!「こっちだ、鉄塊!」

鉄屑、あるいはポンコツと呼ばなかったのは彼なりの矜持によるものであった。機械に罪は無いのだから。ノーマーシーはヤブの力量を推し量る。火力はご覧の通りであるが装甲はどれほどのものだろう?遠距離からのスリケンは通用するだろうか?接近したとて有効打を与えるのに手間取れば蜂の巣であろう。

結論から言えば眼前に聳える邪教の軍神めいた鉄の異形を撃滅することは非常に困難であろう。そして今回、彼に下された命令は敵戦力の全滅ではない。要人を救護せよ!ノーマーシーは銃弾の雨の中、物陰に身を潜めて射線から逃れるチバの元へ駆けつける!「ドーモ、助けに参りました」「お前は誰だ!?」

「これはシツレイをば。おれ、じゃない。私はノーマーシーと申します。あなたを救出せよとの命令を受けて……」「フジオはどうした!?」「エッ?フジ……?」ヤブの銃口がノーマーシーを追跡する!小刻みに動き回って奇妙なダンス!機銃掃射を紙一重で躱し続けながら会話を続行!タ、タツジン……!?

回避行動と説得行為を並行しながらノーマーシーは自分の限界を悟りつつあった!自分は信用の無いサンシタニンジャの一人でしかなく、身分のある人間からの信頼を得るには未だ遠い!何より……子供一人を抱えながら今のように機関砲の狙いから逃げ回ることが出来るかどうかも自信が無くなりつつあった。

「お前の如き胡乱なサンシタに命を預けるつもりは無い!どうしても僕を助けたいというのなら……お前の実力を証明するんだ!あの鉄屑を始末せよ!さすれば、お前の腕に抱かれてやってもいい!」ナムサン!これで一度は断念したプラン、モーターヤブの撃破に挑まねばミッションの遂行は不可能となった!

退路は無い。ノーマーシーは覚悟を決めて物陰から飛び出した。操られている機械ならばハッキングで無力化できる公算も無いでは無いが、失敗すれば危険に晒されるのは自分だけではない。ならばカラテだ、カラテあるのみ!ランダム軌道で接近し、頭部に全力でカラテを叩き込む!「ウオーッ!……あれ?」

まさしく鉄屑と化したモーターヤブが大ホールに擱座していた。ヤブの頭に何かが刺さっているのが見える。見るからに恐ろしげなカタナ。その持ち主と思しき黒ずくめのニンジャが物憂げに佇んでいる!チバとの会話に意識が向いていた僅かな時間に、音もなくモーターヤブを始末していたというのか……?

驚愕と疑念と共に誰何しようとして、思いとどまった。そのワザマエ、立ち振る舞いから幹部級の高位ニンジャであることは疑いない。恐らくはチバ救出の為に派遣されたのであろう。(はて?新しいシックスゲイツだろうか?)シツレイがあってはなるまい。名前を尋ねる際には自分から名乗らねばならぬ!

「ドーモ、ノーマーシーです。ソウカイニンジャです。あの、貴方もソウカイヤですか?」瞬きする間に黒ずくめのニンジャが彼の前に立ちはだかっている!「ドーモ、ノーマーシー=サン。ダークニンジャです」同じ目線でアイサツする為に降りてきたというのか!?(何と控えめで奥ゆかしいんだ……!)

ノーマーシーが何か口を開こうとする前に、物陰から飛び出してダークニンジャに駆け寄る存在あり。チバである。「フジオ!やっと来たのか!」「遅れて申し訳ありません」あの小さな暴君が、相好を崩して謎の高位ニンジャに抱き着いている。年相応の振る舞い。まるで本当の父親に対してそうするように。

ブザマはあったが、チバの安全は確保された。少なくとも首領からの叱責はあるまい。安堵の後には居心地の悪さが残された。チバとダークニンジャの周囲には余人が立ち入ることの出来ない聖域があるように思われた。(まるでおれは、暖かな部屋に吹き込む隙間風のようだ。早くこの場を立ち去りたい……)

「あの、私は残りの武装アナキストを排除してから帰投したいと思います」「まだいたのか、クズニンジャめ!お前など初めからいなくても……」チバががなり立てるのを制してダークニンジャが応じた。「その必要は無い。私もすぐに帰投してボスに報告をせねばならぬ。……ノーマーシー=サンも来るのだ」

「エッ?おれもですか?」「貴殿が囮を買って出たことによってチバ=サンは無事だった。即席の連携で俺はモーターヤブを苦も無く始末することが出来た。そういうことにして報告する」「……アリガトゴザマス」事実を基に最大限の評価をしてくれるということらしい。少なくとも虚偽の報告ではないのだ。

依然としてダークニンジャの腕の中でチバは不愉快そうな顔をしている。(……お前など初めからいなくても、か。実際その通りだよな)自分の不甲斐なさは自身が誰より理解しているつもりだった。今日の出来事を反芻しながらトーフ工場のエントランスまで辿りつくと、二台の家紋リムジンが停まっている。

一台はチバを迎えに来た車両であろう。もう一台は……?「ノーマーシー=サン、乗れ」「エッ?良いんですか?」それを聞いたチバは不愉快そうな表情を……していない。ダークニンジャに背負われて、安らかに寝息を立てていたからだ。緊張の糸が切れたということであろう。「では、お言葉に甘えて……」

座席に腰かけたノーマーシーを二つの衝撃が襲った。一つには、あまりにも快適だったからだ。二つ、対面の座席にダークニンジャが腰かけたからだ。(……ナンデ?)「ではインタビューといくか、ノーマーシー=サン」張り詰めた殺気。(エッ?チバ=サンの護衛ニンジャが、おれと同じ車両?ナンデ!?)

「シックスゲイツ級のニンジャが今やっとトーフ工場に集結しつつある。そこで疑問だ。サンシタニンジャのお前が、どうやって彼らに先んじて現場に辿り着けたのか。納得のいく回答をいただけるだろうな?」ダークニンジャは腕を組み、両足を組んでリラックスした姿勢だ。その表情だけがシリアスだった。

「任務が下された、その瞬間にアヤセ地区に居たからです。アヤセ地区はおれの古巣です。ソウカイニンジャは古巣で余暇を過ごしてはいけませんか?」膝が震える。声の震えも、質問者には気付かれているだろう。しかし今の内容に嘘は無い。「嘘は無い。……だが隠し事はあるようだな」その眼光は鋭い。

「余暇というのは具体的に、どのような過ごし方をしていたのか述べよ」まるでセンタ試験会場だ、とノーマーシーには感じられた。思わず吹き出しそうになるのを必死で堪えた。ダークニンジャの放つ殺気が一段と強くなったような気がしたからだ。仕方がない。ケジメ覚悟で全てを打ち明けるしかあるまい。

「アヤセ地区で以前、おれを襲ったニンジャを探していました。おれがソウカイニンジャになる前の話ですが……」「探して、どうする気だ?」「殺します」静寂が耳を突き抜ける。「名前は判明しているのか」「一人はアグレッサーと名乗っていました。殺しました」「他には?」「キュイラス。殺しました」

ソウカイネットで名前を検索する。彼のハンドヘルドUNIXの液晶には「アグレッサー、戦死」「キュイラス、戦死」と表示された。良く言えば新進気鋭、悪く言えば実績の無いフォーマンセルのサンシタニンジャであったらしい。生きていれば今頃はイサオシの一つや二つは立てていたかもしれないが……。

しかし経験の浅いサンシタとはいえニンジャはニンジャである。眼前に座るサンシタニンジャに、同レベルのサンシタ・フォーマンセルを仕留められるような潜在能力があるとは思えなかったが、その疑問も一瞬で解決する。一人は既に落伍していた。その名はデアデビル。都市伝説めいた死神に殺されている。

「三対一か。ディセンション直後の暴走状態なら……憑依ソウルの格によっては返り討ちに出来ないこともない戦力差だが」「ですが一人、取り逃しました。ブラックバーンというカトン使いの女ニンジャでした。おれは今でも時間さえあればアヤセ地区を彷徨って彼女を探しています」「まだ殺したりないか」

「殺します」家紋リムジンは静かに走り続ける。トコロザワ・ピラーも近い。「お前も今はソウカイニンジャだ。ソウカイヤ同士での潰し合いを望むか」「望みます」車両が静かに止まる。目的地までは少し遠い。ノーマーシーは自分の首が、文字通りに飛ばされる未来を幻視する。しかし悔いは無かった。

この期に及んで悪あがきをする気も、その余力も彼には無かった。ノーマーシーには目の前の高位ニンジャの役割がおぼろげに見えてきた。組織の粛清者だ……!チバの護衛など、恐らくは本来の任務ではあるまい!数多の背信者を仕留めてきたであろうカタナが納刀された状態でなお妖しく輝き、震えている。

「おれは粛清ですか?」「これを見ろ。……ソウカイネットで調べた限り、ブラックバーン=サンは既にヌケニンしているようだ。彼女を追うにしろ殺すにしろ好きにするが良い。任務に支障を来さない範囲でな」粛清者が煩わしそうに呟いた。妖刀の放つ不吉なアトモスフィアも既に無い。命拾いしたようだ。

騒音も振動も感じさせぬまま、家紋リムジンは再び静かに走り出す。トコロザワ・ピラーで降ろされた後は、ダークニンジャに連れられソウカイヤの首領、ラオモトへの謁見を許可された。実際ダークニンジャ一人でも容易い任務ではあっただろう。だが彼はノーマーシーにも功績はあると奥ゆかしく主張した。

ダークニンジャの顔を立てる為か、あるいはサンシタニンジャの忠誠心を高く評価したのか、その両方だろうか。ノーマーシーは十枚の肖像画(それも聖徳太子のものだ!)を授与された。傍に立つチバは不機嫌なままであったが、横から口を挟むことは無かった。彼の一言で褒賞が無に帰することも無かった。

トコロザワ・ピラーを辞去したノーマーシーは市民に混じって帰路に就いていた。アヤセ地区に近い安アパートに歩いて帰るのだ。今の彼には考えるべきことがあった。リムジンでのダークニンジャの言葉を反芻する。ワークライフバランス!自分のカタキを追い詰めて殺すのは自身のライフワークだったのだ。

既にヌケニンしているブラックバーンを狩ることはソウカイヤのルール上、問題は無いというのは良いニュースだ。しかしソウカイヤのヌケニンがネオサイタマに居座り続けるだろうか?キョートにでも高飛びしていると考えるべきかもしれない。ならば任務の余暇に彼女を探し出すことなど出来るであろうか?

サンシタニンジャの余暇は貴重だ。こうして彼が逡巡する間にも、同期のサンシタニンジャは任務に臨み、研鑽を重ね、装備を更新し、生き残った者は確固たる地位を築こうとしているというのに。ノーマーシーは瞑目する。瞼の裏に、もう一人の自分自身が佇んでいる。自分自身に復讐を諦めろとは言えない。

しかし「死んだら終わり」のコトワザもある。今は復讐を忘れて組織の手駒としての生き方に邁進するべきかもしれない。生き残ることが出来れば、強くなることが出来れば、その時こそ復讐達成の目もあるかもしれない。そもそもサンシタニンジャのヌケニンなど既に死んでいるかもしれないではないか……。

ノーマーシーは不意に重金属酸性雨が止んでいることに気付く。ネオサイタマの夜空を仰ぎ見れば、ドクロめいた満月が浮かんでいた。「ワーク……ライフ……バランス……」彼の天秤は揺れたままである。完全なる均衡が訪れる日は来るのであろうか?……明日にでも死ぬかもしれないサンシタニンジャに?

【アイル・ノック・トーフ・アウト】 終わり

現在のステータス

【ニンジャ名】:ノーマーシー
【カラテ】:4
【ニューロン】:3
【ワザマエ】:4
【ジツ】:0
【体力】:4
【精神力】:3
【脚力】:2
【装備など】:オーガニックスシ
【万札】:27

(続く)

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