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ガイズ・ライク・ユー・アー・オールウェイズ・ジャスト・フールズ

承前

本編

暗闇の中、センセイの声がエコーする。「お前が此処を訪れたということは、つまり最後のインストラクションを授ける時が来たということだ。覚悟は出来ているのだな?」「当然です!おれは無慈悲なソウカイニンジャです!」「いいだろう!ならば来るのだ!こちら側に!」「ハイ!」センセイに駆け寄る!

「センセ……グワーッ!」ナムサン!矢も楯もたまらず師のもとへと駆け出したノーマーシーの両足に激痛!鋭利なる何かが突き刺さっているのが辛うじて理解できた!それも複数!このままバランスを崩して転倒すれば全身に「何か」が突き刺さるであろう!激痛に耐え、その場で踏み止まる!「グワーッ!」

【ガイズ・ライク・ユー・アー・オールウェイズ・ジャスト・フールズ】

「サンシタニンジャが知らぬのも仕方なし」底冷えするようなセンセイの声。ナムアミダブツ!これぞ平安時代のニンジャがイクサに用いたとされる非人道武器、マキビシ!「グワ……ウオーッ!」しかしノーマーシーは前進を再開!暗闇に視力が順応するにつれ、地面に散らばるマキビシが明瞭に見えてきた。

平時の彼ならば、その場で悶絶、のたうち回って足に刺さったマキビシを取り去った後、速やかに帰宅してスシを食べ、サケを飲んでフートンに包まれて眠りに就くことを選んでいたであろう!だがセンセイが見ているのだ!そのようなブザマは許されない!己のニンジャとしての未熟さを、今こそ克服する時!

ゴー・アヘッド。前進あるのみ。既にインストラクションは始まっているのだ!「思ったよりも骨のある男のようだな、ノーマーシー=サン」つまらなそうなセンセイの声。「グワーッ!……おれも、あれから少しは強くなりました……!」「ああ、俺も見ていたぞ。ケチな任務で、お前が四苦八苦する姿をな」

羞恥!今までの七転八倒を全てセンセイに見られていたとは!「おれは……!グワーッ!」合わせる顔が無いとはこのことか!(……この先に行かば、更なる叱責が待ち構えているのでは?)そう思うと、痛みに耐えて前進するノーマーシーの気力が折れそうになる!「あの夜、お前を拾ったのは失敗だった!」

「アバーッ!」ガーゴイルの声がノーマーシーのニューロンを苛む!「ソウカイヤの威光に泥を塗るサンシタ!ディセンション直後のお前には確かな可能性を感じたのに!あの夜、あの寺院で、お前をカイシャクしてやるのがブッダの慈悲だったのだ!何たるセンチメント!何たる失点!」「アバババーッ!!」

……切れた。ノーマーシーの中で、決定的な何かが。「……さっきから/黙って聞いてりゃ/偉そうに」「何?」「お前が!おれを置いて一人でオタッシャしたから!こうやってブザマに耐えて強くなろうと悪戦苦闘してるんだよ!それを、お前が何の権利があって上から目線だオラー!おれに詫びろオラー!」

アトウダも、かつては善良な勤労青年であり無辜のネオサイタマ市民であった。だが今の彼は無慈悲なるソウカイニンジャ、ノーマーシーだ!「お前、そこで待っていろよ!偽センセイのオバケめ!生きたニンジャのカラテをお見舞いするからな!おい!待て!消えるな!腰抜け!お前バカ!スゴイバカ!!」

叫び終えると、暗闇の中に点々と続く超自然の篝火、それに照らされる自分だけが残された。センセイの幻影もマキビシも消え失せた。注意深く両足に意識を傾けダメージを推し量るが、幻のように傷口が消え失せている。痛覚と、出血によって減退した気力だけが残された。一瞬の安堵。そして後悔が訪れた。

まさか、これで終わりなのでは?センセイを悪罵したことでインストラクションは失敗に終わったということなのだろうか。不安に駆られて視線を彷徨わせるも、周囲には誰も居ない。立ち尽くしていても仕方ない。誘導灯めいて暗闇に灯る篝火に沿って、歩き続けるしかないだろう。出口を探そう。帰らねば。

終わりの見えない彷徨を続けるうち、生家に住んでいた頃に同年代の友人らと共に興じていたUNIXゲームを想起する。ゴールを目指すプレイヤーを苦しめるギミック。正しいルートを選ばなければ無限に続く回廊。或いは、伝説の聖剣を求める勇者を惑わせる迷路の森。「……引き返した方がいいかもな」

そうだ。どこまでも歩いても何も見えないのは、きっと自分が失敗したせいだろう。インストラクションの為に用意されていたオブジェクトが消失したのだ。センセイの叱責に奥ゆかしく耳を傾け、心身の痛みに耐えて前進を続けていれば今頃は温かい激励と共に次なる試練に臨んでいたかもしれないのに……。

「おれは……おれは……」ナムサン!体力の限界に達したノーマーシーは遂に五体投地!ニンジャ持久力に「スタミナ切れ」という概念は通常、存在しない。だが彼はニンジャとなって日が浅いサンシタである。更には、心の支えとしていたセンセイから「お前を救うべきではなかった」とまで言われたのだ。

「何も無い……おれには……」自我が薄れてゆくのが感じられる。瞼を閉じて、このまま周囲の闇に同化したい。失うものなど既に無い……。果たして本当にそうだろうか?やおらノーマーシーは上半身を起こすと、懐を探り出した。「……あったぞ」取り出したるは、真空パックされたオーガニックスシだ。

赤、白、黄色の素晴らしき色彩。その美味さは日本人のDNAに素早く届く!「どうせ死ぬならコレ食ってから死ぬことにするか」彼は健啖家であった。アグラして最後の晩餐に意識を集中させ、慎重にスシを出す。左から順番にマグロ、イカ、タマゴが並んでいる。右から順番に食べよということであろう。

まずはタマゴ。「……ウマイ」次はイカ。「……これもウマイ」最後のマグロを咀嚼する。「ウマイに決まっている……」これで我が生涯に一片の悔いも無い。再び横になろう。そして自分の全てが闇に飲まれるのを待つことにしよう。欲を言えば死ぬ前に一杯のチャが欲しいが、ワガママは言うまい……。

食事の後に眠くなるのはモータルもニンジャも変わらないらしい。薄れゆく意識の中でノーマーシーは苦笑した。いや、きっと違うな。一人前のニンジャならば何日も眠らずに戦うことも出来るだろう。結局おれは、どこまで行ってもサンシタ……。どこまでも行っても落第ニンジャ……。落第……。赤点……。

眠りを妨げる連想が続く。食べたばかりのオーガニックスシをくれたウブカタのことが思い出された。落第、赤点、三角関数!顧みれば、ハイスクールに通っていた頃から彼女には助けられてばかりだった。学級委員とは、そこまで同級生の世話を焼くものであろうかと当時は感謝と共に困惑したものである。

そして今日、ニンジャとして至らぬ己の弱さを克服する為の修行を手伝ってくれたのも他ならぬ彼女であった。無論、ニンジャのことは伏せているが。「いや、対価は払ったけどな」誰に聞かせるわけでもない弁解。このままセンセイのオバケによるインストラクションが失敗に終わればどうなるのであろうか。

今も電算室でアグラしている自分の肉体に思いを馳せる。万が一、この闇の世界(便宜的に、そう呼ぶことにした)から物質界(やはり便宜上の名称だ)に戻れなかったら?植物人間となった自分が残されたら?ウブカタの被る迷惑の大きさたるや、如何ほどのものとなるであろう。「……迷惑は良くないよな」

立ち上がって歩き続ける力が漲って来た。やはりスシは偉大。ジツも武器も持たざる無個性サンシタニンジャの自分にも、まだ残されたものがあることに思い至る。懐の小さな相棒、その名もモーターロクメンタイ。こいつのナビには幾度となく助けられてきた。今回も存分に力を貸してもらうことにしよう。

「ピピピピ……」「ムッ?」懐から飛び出してきたのは、支給されたモーターロクメンタイではなかった。小さな青い鳥であった。否、青い燐光を放つ小さなブロックの集合体が、辛うじてドット・グラフィックからなる小鳥めいた輪郭を持っているとでも言うべきか。「お前は、一体……?」「ピピッ?」

明滅を繰り返す青い鳥めいた謎のドロイドが肩に止まる。何かを伝えたいのだろうか。「ピーッ!」「うわッ!?」一際高く鳴くや否や、明後日の方向へと飛び去って行く!ニンジャの脚力ならば余裕を持って追跡できる速度だ。青い鳥が通った方角へと誘導灯めいた篝火が点々と出現する。その炎は青かった。

赤い炎に照らされる道、そして唐突に示された青い炎に照らされる道。ノーマーシーは岐路に立たされていた。象徴めいた何かを感じずにはいられない。「隠し通路が出現した、ということか」UNIXゲームのメソッドに照らし合わせて考えれば、そういうことだろう。或いは、それさえも罠かもしれないが。

行こう。やるべきことが残っているのだから。「ウブカタ=サン、おれの死体を埋葬するのは少しだけ待っててくれよな……?」言うが早いがノーマーシーは闇の中を駆け出していた。彼は青い鳥を追い、青い炎に照らされる道を躊躇せず選んだ。この先には更なる試練、更なる苦痛が待ち受けているであろう。

(続く)

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