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ニンジャスレイヤーTRPG入門用ソロシナリオ:「消えたヤクザと都市伝説」リプレイ:第6回『ビー・マイ・ベイビー、ビー・マイ・アカチャン』#余暇2

概要

この記事は7/19にニンジャスレイヤー公式アカウントによって開催された「ニンジャスレイヤーTRPG入門用ソロシナリオ」のリプレイ記事です。とてつもなく長い記事ですが、まだ本題ではありません。任務の前に与えられる4回の自由行動の機会、そのうちの2回の内容が前回の記事となり、今回の記事で我がサンシタニンジャの休暇は終わりです。つまり表題にもある「消えたヤクザ」を探すのは次回ということになりますね。
スロット1:買い物
スロット2:マキモノを使用(ここまでが前回の記事)
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スロット3:万札5でザゼン
スロット4:万札5でザゼン
これで家賃【万札:1】を支払うと余暇開始時に27あった万札は残り1です。
万札を通常よりも多く支払ってトレーニング失敗時への保険をかけるオプションルールについては公式の記事が詳しいです。
そういう経緯で二回に亘るザゼン修行は半分成功、半分失敗といった感じでした。その様子を想像力を爆発させて高解像度リプレイ記事にしたためようと思います。

経緯

今回の記事は余暇の後半パートとなります。前半はこちらから。

本編

「……ウ、ウオーッ!」ザゼンしたままの姿勢で男はその場で6フィートほど跳躍した。(シマッタ!瞑想の途中で集中が途切れるとは何たるウカツ!)自分への不甲斐なさに思わず目を見開けば、そこは電算室ではなかった。着地と共にタタミだと思っていた足場に身体が大きく沈み込む。「ウオーッ!?」

周囲には見渡す限りの暗闇が広がっている。自分が立っているのは、どうやら笹の葉で作られた船のようであった。笹船は墨汁めいた水面に浮かんでいる。目を凝らせば笹船の進行方向にLEDボンボリが等間隔に果てしなく並んでいるのが見て取れる。彼の知るアヤセ地区とは桁違いに幅の広い水路である。

【ビー・マイ・ベイビー、ビー・マイ・アカチャン】

(これは……ここはおれの内奥か)墨汁めいた運河に流れる笹船に揺られながら、青年は深呼吸と共に自らの置かれた状況を理解する。まずは手のひらを眺める。(親指は外側、ヨシ!)次に手の甲をじっと見る。(親指は内側!ヨシ!)右フック、左ジャブ、足払いで自分の体が自由に動くことを確かめる。

(おれの名前はアトウダ!今はソウカイニンジャのノーマーシー!)ここは単なる夢の中ではない。薬物とザゼンによってトリップした先に至る意識と無意識、夢と現実の境界線上であった。ここまでがザゼン修行の第一の関門。第二の関門は綱渡りめいたバランス感覚で自分自身の存在を世界に固定すること。

(肉体の動作確認ヨシ!自我ヨシ!おれはおれだ!おれなんだ!)そして次に立ち塞がるのは自分自身の中の忌まわしいもの、或いは恐ろしいもの。即ち、それが第三の関門である。前回のザゼン修行では亡きセンセイの幻影、そして彼を裏社会へと巻き込んだ人間狩りの幻影が彼の前に立ちはだかったが……。

ただ一つ分かっていることがある。ここは彼の世界だ。彼の知りえないもの、想像の及ばないものが現れることは無い。どのような難敵が現れるかは分からないが(所詮それは幻影でしかないのだが)現実に対峙することになっても同じように撃退できるようにならねばならない。それがこの修行の要諦である。

今回のザゼン修行は今まで以上に費用を投じている。電算室を貸してくれたハッカーの友人に言わせれば「今回からは中級者コースをオススメするぞ。料金は一回につき五万円だ。ちなみに他の料金プランは無い。諦めて万札を私に差し出せ」ということであった。彼は少しも躊躇せず十万円を差し出した……。

雑念が混じる度にミコー・プリエステスの装いをした旧友に奇妙なボーで打擲されること、実に七回。彼女による八回目の打擲がノーマーシーの肩を打ち据えようとした瞬間、まるで彼の精神はカートゥーンのニンジャがドトン・ニンポで地中深くに潜るようにして彼自身に埋没した。それを彼女は感じ取った。

ハッカーは手にしたボーを静かにタタミに置くとザゼンする旧友の隣に正座し、少しだけ体重を預けて囁いた。その様子は旧世紀の宇宙飛行士が、ヘルメット同士を接触させて振動を伝えることで会話するのに似ていた。「私に出来ることは、ここまで。後はアトウダ=サン次第」その声が届くことは無かろう。

笹船に揺られながらノーマーシーは闇の中を進み続ける。この状況はUNIXゲームに喩えれば読み込み時間のようなものであろうと彼は推測していた。具体的には自分の記憶と知識の中にある敵性存在データとのマッチングが今この瞬間にも行われているのだ。……故に彼はクナイ投擲体勢を崩さない。

ベルトスクロールアクションゲームの水上ステージめいてジェットスキーを乗りこなす敵が……恐らくはクローンヤクザが……襲撃してくるのを予想するが、どうにも周囲に熱源も騒音も感じられない。水面から半魚人が……恐らくはクローンヤクザが……飛び出して来て、ヤリで襲い掛かって来たりもしない。

その時である。どこまでも等間隔に設置されていると思われていた左右のLEDボンボリが遥か前方で途切れているのが確認できた。何かが起きようとしている。最初に異常を察したのはニンジャ聴覚であった。水の流れる音。流れ落ちる音。それも大量の水が……。「!?」彼は見た。それは運河の終着点。

行く手には世界の終わりが滝となって待ち構えている。(まるで天動説の世界だ)このまま笹船に留まれば、即ち落下である。運河に落ちようと滝から落ちようと、待ち受けているのは無意識への転落。つまり夜の眠りに見る夢の世界であり、大枚をはたいて得られるものと言えば白昼夢のみということになる。

ブッダ!なんたる底意地の悪い少年が作った悪趣味なゲームめいた悪夢的世界か!?これはコイン1枚で1プレイのアーケイドゲームではない!(このままでは消し飛ぶ!おれの万札も!貴重な余暇も!しかし活路は……あるはずだ!きっと!)これは試練なのだ!ここでヤバレカバレの悪手に走ってはならぬ!

今ならば時間逼迫によって敗北が間近になったショーギ名人の気持ちが理解できるかもしれない。その瞬間!彼が命を預ける笹船が虚無の滝壺へと落下せんとする寸前、やや前方に突如として霧の中の湖城、否、オベリスクめいた構造物が出現したのである!そして躊躇している時間はコンマ数秒さえ無い!

己のニンジャ脚力を恃んでノーマーシーは笹船を乗り捨て、決死の跳躍!「ウオーッ!」キヨミズ!暗闇の中に、ただ一つ謎めいて屹立する建造物を目指す!(この選択は正しいのか?おれのジャンプで届く距離なのか?笹船に乗って落下するのが正解だったりしないか?)様々な迷いがニューロンに去来する。

そして……ナムサン!逡巡が脚力を曇らせたのか、或いは純然たる彼の未熟によるものか。足場と思しき地点の遥か下方にノーマーシーの身体がヤモリめいて張り付いていた!そして彼の手足には壁に張り付く為のニンジャファンデルワールス力をもたらすヤモリの如き微細な体毛は無い!即ち万事休すである!

「……ウオーッ!まだだ!」おお、サンシタニンジャの矜持を照覧あれ!身体を支える両手を手放す。しかし彼は諦めたのではない!その手には生成クナイが握られている!ヤバレカバレのカラテシャウトと共にノーマーシーは両腕のクナイを断崖に楔めいて打ち込んだ!登山家が氷壁にピッケルを刺すように!

カエルの吸盤も、ヤモリの体毛も持たぬサンシタニンジャがテックすら用いず垂直の壁に挑むとすれば如何なる手段が残されていようか?その答えがここにあった!古のニンジャの秘伝、即ちクナイ登攀法である。右で刺し、僅かでも身体を持ち上げ、左で刺す!更に身体を持ち上げ……それを繰り返すのだ!

ゼエゼエと肩で息をしながら彼は最初に大ジャンプの目的地点として定めた安全地帯と思しき足場へとたどり着いていた。(先が思いやられる)恐らくは、この建造物の中に何らかの形で試練が待ち構えていることであろう。トラップか。或いはモンスターか。そして、何を以って勝利条件と見なすのか……。

まるで雑居ビルの玄関めいた入口が訪問者を待ち受けている。「……」ノーマーシーは思わず天を仰ぐ。そこにはネオサイタマによくある見慣れたアトモスフィアの雑居ビルそのものがあった。……光も音も無く、何処までも広がる闇の中に、である。(こういうダンジョンなんだと思う事にする。それがいい)

ネオサイタマの雑居ビルというのはヤクザの事務所であることも珍しくない。彼は最初のミッションのことを思い出していた。事務所の見張りを仕留めるのは容易かった。錠前を騙して内部に潜入するのも苦では無かった。だが最後に待ち構えていたのはUNIXのハッキング。それだけは上手くいかなかった。

現代のニンジャとして生き残ろうと思えば、つまり与えられた任務を成功させて報酬を得たいのならばカラテとワザマエだけでは足りないのだ。ハッカーのようにUNIXを自在に操れるようにならねば。それが成らねば早晩、捨て駒として誰にも顧みられることも無い、名誉の無い死が待ち受けるであろう。

ザゼン修行に挑んだ理由を再び確認しながら雑居ビル1階の探索を開始する。一通り徘徊したところで、施錠されていないドアは一つも無いことが判明した。この程度の薄いドアも物理錠前も、ニンジャの力の前にはショウジ戸も同然ではあるが。妙だ。じっと観察する。それは壁に描かれたドアの絵であった。

不思議と馬鹿馬鹿しいとは思わなかった。国民的UNIXゲームで喩えれば、プレイヤーが立ち入ることの出来ないショップのカウンターで隔てられて置かれた宝箱のようなものであろう。この奥の空間は作り込まれていないのだ。畢竟、これは自分の記憶をベースに組み立てられた精神のダンジョンである。

(悠長に探索などしてないで早急に敵の親玉をやっつけろということだろう)それを裏付けるかのように階段からの2階、3階への立ち入りは防火扉とシャッターによって堅く閉ざされていた。残るは4階。立ち入ったノーマーシーは心臓が止まりそうな思いをした。……明りが点いている部屋があったからだ。

(……落ち着け。ここが最上階なんだ。このフロアで何かがおれを待ち構えていなければ遂に八方塞がりなんだぞ。寧ろ安堵すべきだ)原始時代の夜めいて光源の無い世界を手探りで歩いていたせいか、唐突に文明の光が視界に入ったことによって精神の均衡が揺らいでしまったらしい。……深呼吸を繰り返す。

しめやかに室内へとエントリーしたノーマーシーを待ち受けていたのはヤクザの事務所というよりは、むしろ生活空間であろうと思しき内装と調度品が備わった一室であった。タンス、チャブ、テレビ、ソファー、UNIX、姿見、名前も知れぬ観葉植物、そして天井には控えめで奥ゆかしいシャンデリア。

(問題はここで何をすればいいのか、だな)用心深くUNIXに近付き、しかし電源ボタンを押そうとして……それは果たせなかった。何者かが妨害が入ったのではない。彼が押そうとしたのはボタンのように見えるペイントに過ぎなかったのだ。まるで家電量販店に並ぶ実物大の模型のようであった。

(ハッキングをさせようというワケではない、か)苦手分野を克服する為に自分自身の奥底へと潜入したのだ。肩透かしを喰らったような気もするが気を取り直して周囲の観察に戻ることにする。次はタンスでも調べるかと思ったノーマーシーの視界に、UNIX筐体の脇に置かれた写真立てが飛び込んで来た。

そこにはメンポを付けたモンツキ・ハカマの二人組が写っている。どちらも彼がよく知る男だった。今は亡きセンセイのガーゴイル。そして彼のセンパイであり、兄弟子でもあり、彼と同じようにサンシタの人間狩りに巻き込まれてニンジャとなった、元サラリマンの青年……。「ブツメツナイト=サン……?」

「誰だ?そこにいるのは……ノーマーシー=サンか?」聞き覚えのある声だ。写真の男の片割れ、即ちブツメツナイトが部屋の入口に立っている。彼を倒すのが、この世界で自分に課せられたミッションであろうか。「ドーモ、ブツメツナイト=サン。ノーマーシーです」アイサツを済ませる。沈黙が流れた。

ブツメツナイトが襲い掛かって来る様子は無い。彼はカラテ警戒もしていない。(おれの見当違いだったか?)ますます自分のやるべき事が分からなくなりつつあった。「そうか。今夜はツーマンセルで任務に当たるとだけ聞かされていたのだが。君がバディなら俺も仕事がやりやすい」「……任務?ですか?」

「そうだ。何やらネオサイタマでザイバツが資金源にしていると見られるヤクザの事務所を調べて来いとのことだ。シロかクロかは分からないが、ニンジャと事を構える危険はある。前衛を担うニュービーを手配するとは聞かされていたが、君が来るとは思わなかった。ソニックブーム=サンには感謝しかない」

彼らのセンセイであるガーゴイルは斥候に長けたニンジャであり、特にブツメツナイトは彼のカモフラージュ技術を重点して受け継いでいる。カラテの基礎しか叩き込まれていないノーマーシーとは違うのだ。「おれの役割は囮ですか?」「安心しろ。ニンジャが出たら俺がステルス・アンブッシュで仕留める」

(そういうことか。センパイとの共闘を通じてセンセイのインストラクションを思い出す。おれの無意識が、この世界を作り出した目的が見えてきた)「ワカリマシタ。早速その事務所に向かいましょう」「そう慌てるな。決行はウシミツ・アワーだ。チャでも飲みながら待機していなさい。オカキもあるぞ」

(ウシミツ・アワー?今だってかなり暗いが……)IRC端末を取り出して時間を確認するが、この部屋のUNIX筐体と同じように電源を入れることが出来なかった。この世界の精密機器は全て実物大の模型のようになってしまうのかもしれない。「今は何時です?」「ン?少し待て」センパイが手を叩いた。

「……お呼びでしょうか?」マシンめいた抑揚の無い、しかし聞き覚えのある声がする。「私の客人にチャとオカキをお出ししろ。それから他に何か求められたら喜んで受け入れること。早く行け」「……ハイ」奥ゆかしく一礼してから部屋を出て行く和装メイドをノーマーシーは茫然自失として見送った。

「フフ。驚いたか?同じミッションに臨む君を信じて手の内を明かそうと思ったんだ。センセイにも隠していた俺の……ゼゲン・ジツによるものだよ」「……」「ンン?彼女の素性が気になるかい?心配するな。何の後ろ盾も無い市井のハッカーだ。既に生体LAN端子は塞いで悪さは出来ないようにしてある」

朱塗りの金属フレーム眼鏡。左右の三つ編み。ノーマーシーのよく知るハッカーの旧友、ウブカタがハイスクール時代の姿で(彼は思い出した。この和装メイド姿は文化祭の模擬店での制服だった。ちなみに彼も着たので細部まで鮮明に覚えている)彼の前に現れたのだ。ALAS!何たる悪趣味の極みか!?

「ドーゾ。チャとオカキをお持ちしました」「……」戻って来た和装メイドを目の前にしても、未だにノーマーシーは瞬き一つ出来ずにいた。まるでカナシバリだ。「ノーマーシー=サン?……まさかオカキよりもヨーカンの方が良かったかな?オイ、すぐに持って来」「ウオオーッ!!」「グググワーッ!?」

ノーマーシーの存在が消え去り、パンプアップした二足歩行の獣が世界に突如として出現した。そうとしか表現できない現象が起きたのだ。「GRRRRRR!」「な、何者だ?貴様!ノーマーシー=サンを何処へ!?」「私の名前は……ニュービースト!ノーマーシーなる弱体者は……既に冷たい土の下だ!」

「バカナー!?ツツモタセ・ジツとヘンゲヨーカイ・ジツを使い分けるニンジャなど見たことも聞いたことも無い!さてはノーマーシー=サン、ソウカイヤを裏切」「GRRRRRRR!!」最後まで言わせぬ!一時的に強化されたカラテとワザマエによってダブル・ポン・パンチを強行!!「アババーッ!!」

「サ……サヨナラ!」ブツメツナイトは01爆発四散!「ウオオーッ!!弱い、弱すぎる!!」イクサの熱に浮かされるようにしてノーマーシーはその場でカラテ演武!「……」している場合ではない。ニューロンの消耗で軽い頭痛がする。ジツを解いて腰を抜かしてへたり込んだウブカタに向き直る。

伏し目がちな彼女の人形めいた無表情に恐怖と困惑が見て取れる。「……ヤメテ」「ウブカタ=サン、おれだ。アトウダだ」アグラして視線の高さを合わせようとする。「……アトウダ=サン?」「そうだ。隠していたのは申し訳ないが、おれはニンジャだ。ハック&スラッシュで稼いでるなんてのは、嘘だ」

実際にはハック&スラッシュよりも遥かにあくどいビズに手を染めているのだから。だが今は全てを正直に話している猶予は無い。その必要も無い。「ネオサイタマから離れろ。キョートに亡命するんだ」「……」「死んだら終わりだ。早く立って!今の騒ぎでニンジャがやって来るかもしれないんだぞ!?」

何らかの手段で自我を破壊されているのか。否、本当にそうだとすればニンジャに対する恐怖すら感じないまま立ち尽くしている筈である。……しかしニンジャに給仕の仕事を強要されていた罪の無いモータルが平穏無事でいられたとも思えない。まずは自分が相手に危害を加えないと信じてもらうのが先決か。

「よく聞いてくれ。確かにおれはニンジャだし、それをウブカタ=サンにも隠して接してきた。だが……」「アトウダ=サン」「……おれの話を最後まで聞いて欲しいのだが……何だ?」「ウン」ウブカタは何かを迎え入れるようにして両腕を開いて、それきり黙り込んでしまった。「アー、おれは」「ウン!」

「この場を早急に立ち去らねばならないのはワカル。ワカってないのはアトウダ=サンの方では?ウウン!」彼女は既に目の前のアトウダへの恐怖を克服しているようだ。(女性が怯えたときは両腕を胸の前に持って来るものな。今のウブカタ=サンはその正反対だ。両腕を広げた構え。これは、即ち……)

「何だ。立ち上がれなくて肩を貸して欲しいなら、そう言えよ」「ンンーッ!アトウダ=サンは落第点!」「こんな時に何さ!?」ナムサン!アトウダはウブカタの口から発せられる「落第」や「赤点」、「留年」や「追試」と言った言葉に弱い!「イディオットめ!私をだっこするんだよ、アトウダ=サン!」

ノーマーシーのニューロンが全力で稼働する。(だっこ?)遠い昔の、遠い国の王子がオヒメサマを抱きかかえるようにしろということか。「そうは言うがな。両手が塞がると危険だ。途中でアサシンに襲われても対抗できない」「仕方ない。おんぶでいい。それで我慢する。早く。即座に。直ちに。今すぐ!」

「わかった。おれの負けだ。わかったから、この雑居ビルをすぐにでも離脱するぞ、ウブカタ=サン」「そうだ。お前の負けだとも、アトウダ=サン。こうやって背後からのアンブッシュで命を落とすことになるのだからな」「ウン?」首筋に熱。……何が起きた?一瞬のタイムラグを経て激痛、そして混乱。

「ウブカタ=サン?」ノーマーシーは腕で出血を押さえながら、背後にいるはずのウブカタにゆっくりと向き直る。「ウブ……」「今日は私からのアイサツがまだだったな。ドーモ、ロンサムウィッチです」「カタ……」ウブカタではない、しかし見覚えのある女性が立っている。チャイナドレスのキツネ女。

「あんたは」「アイサツは済ませた。次はどうしてほしい?手品の種明かしが必要かな?」意識が遠のく。転倒を避けるべく壁にもたれかかって持ち堪える。「これはゲン・ジツの初歩の応用でな。相手に見せたいものを見せてやるジツだ。だから私は、顔も名前も知らない他人になりすます事が出来たのさ」

口元の血を拭いながら恍惚として呟く。「嗚呼、なんたる美味。ニンジャの血肉、それも我が系譜に連なる者となれば」いよいよノーマーシーは耐えられず倒れ込む。首の肉が抉られていた。「ゴボッ。本当のウブカタ=サンは、ゴボッ!」「ンン?そんな者は初めから居なかったのだ。この世界の何処にもな」

「そのまま安らかにくたばっておれ。そなたはタタミの上でザゼンしている自分の肉体に戻らねばならぬ。じきにこの世界も全て四角い泡と化して消えるゆえ」虫の息でノーマーシーは仰向けになったまま必死でロンサムウィッチを睨む。「……まだだ。一つだけ分からないことがある」「まだ何かあるのか?」

「ここはおれの世界なんだろ。おれの知らないものが出て来るはずが無いんだ。あんなワケの分からないジツは……」ロンサムウィッチは近寄って蹲踞姿勢でノーマーシーの顔を覗き込む。「コンコン。知っているのさ、そなたに宿ったニンジャソウルが。……我が呼び声に応えし者、我が系譜に連なる者がな」

「ザッケ……クソッ。ここまでか……」意識が遠のく。このブルシットな世界との別れが、覚醒が近いのだ。「意識を取り戻す前に忠告しておく。ウブカタとやらに限った話ではないが、モータルに肩入れするのも程々にするが良いぞ」「余計な……お世話だ」「ニンジャを敵に回してでも守りたい女なのだな」

「私は、そなたの瞳の反射を通じてウブカタなる者の姿を垣間見た」「ア……?」「儚げで、器量の良い女だな。そなたが入れ込むのもワカル。だがな……」ノーマーシーは勝機を探り続ける。もう一度ヘンゲする力が、一撃を食らわせるだけの力が残っているのだ。「えてして、こういう女は強かなものだ」

「何が、ゴボボッ、言いたい……」「そういう女は一人でも生きていけるし、自分を守ってくれる男に困ることもない。ニンジャのそなたと関われば、互いに不幸になるだけぞ」「言いたいことは、それだけか……耳が腐りそうだったぞ!」ノーマーシーは仰向けからブリッジ体勢に瞬時に移行!そのまま跳躍!

空中でヘンゲヨーカイ・ジツを行使、決死のジャンプパンチを叩き込「GRRRRRR!」「AAAARGH!」ロンサムウィッチの姿は既に無い。ニンジャ闇市でマキモノを開いた瞬間に彼が幻視した、あの金色の巨躯を誇るキツネが入れ替わるように出現していた!グレーター・ヘンゲヨーカイ・ジツ……!

「アババーッ!!」金色キツネの冷静なインタラプトによって全身を咥え込まれてノーマーシーのヘンゲした茶色のオオカミは敗死!ブッダ!瀕死の獣が最後の力を振り絞って反撃に出るであろうことを、ロンサムウィッチは誰よりも心得ていた!「ンンッ。噛み砕くのはアワレよな。丸呑みにしてしんぜよう」

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「ウオオーッ!おのれ!おのれ!」ノーマーシーは飛び上がって見えない敵に向かってカラテ続行!空を切るパンチ!キック!バック転で距離をとり、四肢にカラテを漲らせると突撃を敢行……しようとして自分の置かれた状況を顧みる。タタミの上。照明の落ちた電算室。ここはキツネの体内ではなかった。

タタミには枕とフートンが飛び散っている。(フートン?ナンデ?おれはザゼンしていたのに?)「アトウダ=サン!ダイッジョブ!?」アトウダのシャウトを聞いたか、ショウジ戸を開けてウブカタが駆け寄って来た。何やら心配をかけてしまったらしい。(……ザゼンする度に心配をかけている気がする)

「おれは何ともないが、このフートンは何だ?」「アトウダ=サンの意識が戻らないまま12時間が経過した辺りで準備した。ちなみに、あれから優に48時間が経過しているぞ」「マジで?」ウブカタがアトウダにIRC端末を投げ渡す。電源を入れて……何のメッセージも受信していないことに安堵した。

「それで、今回のザゼン修行はどうだった?途中までは首尾よくやっていたみたいだったけど」「……壮大な冒険が繰り広げられていたような記憶がある。それも総じて悪夢だったけどな」「聞かせてくれる?」「他人の夢の話なんて聞いてどうするんだ」「アトウダ=サンの悩みが解決するかもしれないよ」

「おれに悩みなんてあるように見えるか」「少なくとも今のアトウダ=サンが空腹でイライラしていることぐらいはわかる。デリバリー・スシを注文するから、届くまでの暇潰しだと思って……どんな夢を見たのか教えて欲しいな。いいでしょ?」ナムサン!スシと引き換えに情報を吐き出せというのか!?

これは江戸時代より伝わる雅な拷問、スシ・トーチャリング……その亜種であろうか!?ナムアミダブツ!モータルの手腕によって今まさにニンジャが膝を屈しようとしている!ノーマーシーは既にジョルリめいて無抵抗!「ワカリマシタ。おれの見た全てを話します」「そうそう、人間は素直が一番だよ」

しかし自分がニンジャであることを隠している以上、夢の内容も正直に話すことも出来ぬ。故に自分は「私立探偵」、舞台は「ロンドン」、ニンジャのセンパイは「ギャング」、ウブカタのことは「誘拐された伯爵令嬢」に置換して話すことにした。ヤバイ級のドタンバ・セルフ・リスク・マネジメントである!

「……で?誘拐された伯爵令嬢を助け出したと思ったら?それは偽物で、背後から撃たれて勇敢な私立探偵は非業の死を遂げた、と」「そうだ。今にして考えれば見え透いた罠だったと思う。とかくオヒメサマには偽物が付き物だからな」「そういうものかな?」「UNIXゲームの話だ。気にしないでくれ」

……そしてデリバリー・スシが届いた。食事中、ウブカタは何度もノーマーシーに様々な誘導尋問を仕掛けて来た。「伯爵令嬢」の役を演じたのは何者なのか吐かせようとしたのだ。ノーマーシーは「知らん」「わからん」「このスシ美味いね」と取り合わなかった。彼女に嘘を突き通す自信が無かったからだ。

このスシを食べ終われば彼の休暇は終わりだ。今夜、ノーマーシーはトコロザワ・ピラーで待つ上位者の下へ赴かなければならない。そこで次の任務が待っていることだろう。(これが最後の晩餐、あるいは最後のスシになるかもしれない。それでなくとも、ウブカタ=サンとの最後の食事になるかもしれない)

(おれはどんな死に方をするだろう?死に際に何を思うだろう?ハイクを詠む猶予は与えられるだろうか?)ノーマーシーのハシが止まる。(おれはニンジャだし、遺書を残す必要は無いけど。相続させるような財産も相続相手もいないけど……ハイクの準備ぐらいは前もってしておくべきなんじゃないか?)

健啖家であるアトウダがハシを止めるのを見てウブカタは訝った。彼をして食欲を鈍らしめる何かしらのインシデントがあろうことは察せられる。しかし、そこから先に踏み込むことは憚られた。彼女も他人には明かせぬ副業で稼いでいるのである。二人は同じ穴のラクーンであった。「……食べなよ」「ああ」

……腹を満たしたサンシタニンジャはアイサツもそこそこに旧友の住まいを後にした。「ゴチソウサマデシタ。すまん、ウブカタ=サン。今回も色々と世話になったな」「私としては脳を焼かれるリスクを犯さず副収入だ。ハッカーの仕事よりは悪くないとさえ思っているけどね」「……そういうものだろうか」

「そういうものさ。忘れ物は無いか?用が済んだらさっさと出て行きな。君と居るところをカイシャの知り合いに見られると色々と煩わしいことになるんだ」「ウン」「ユウジョウ!……なんて言わないからな。せいぜい痛い目に遭って帰って来るといいさ」「ウン。……ウブカタ=サン、オタッシャデー!」

そう叫ぶとノーマーシーは高層マンションの廊下から手すりを乗り越え、ネオサイタマの闇の中へと飛び出していった。スワ、飛び降り自殺か!?ウブカタは思わず手すりから身を乗り出して旧友の安否を……確認するまでもなく、無事に着地を済ませたノーマーシーが地上から手を振っているのが見えた。

ゲニンの行方は、誰にも知れない。

(続く)


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