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ニンジャスレイヤーTRPG入門用ソロシナリオ:「消えたヤクザと都市伝説」リプレイ:第6回『ドント・ディール・ザ・ウィッチ』#余暇1

概要

この記事は7/19にニンジャスレイヤー公式アカウントによって開催された「ニンジャスレイヤーTRPG入門用ソロシナリオ」のリプレイ記事です。とてつもなく長い記事ですが、まだ本題ではありません。任務の前に与えられる4回の自由行動の機会、そのうちの1回の物語となります。プレイヤーは意思決定の後にダイスを振れば全て終わりですが、そこはそれ。想像力を限界まで膨らませることによってサンシタニンジャの生き方を高解像度で描いてゆくのが私のリプレイ・スタイルであるからしてスクロールバーの短さにゲンナリした貴方は今すぐゲラウト・ヒア。
筆者のニンジャはしぶとく生き残っているので当然、「つづきから」を選択します。
まず最初のスロットで買い物、*マキモノ・オブ・シークレット・ニンジャアーツ*を購入することにしました。詳細は次回以降に書こうと思いますが、我がサンシタが引き当てたのは「ヘンゲヨーカイ・ジツ」でした。

本編

(これまでのあらすじ)ソウカイ・ニンジャズのサンシタ、ノーマーシー。唐突に休暇を与えられた彼は更なる強さを求めてブラックマーケットを訪れることを決意する。彼は決して地道な鍛錬を軽視するニンジャではない。しかし徒手空拳での戦いに限界を感じつつあるのは事実であった。装備を揃えるのだ!

……これまでの失敗に終わった任務を顧みる。ヤクザの事務所でのハッキング。ザイバツの隠しアジトでのハッキング。そして直前の、ツキジ・ダンジョンにおける旧世紀UNIXのハッキング。全てハッキングにまつわる失敗である。無論ハッカーとしてのトレーニングは今後も続けるつもりではある。だが。

手持ちの万札を数えたところ、聖徳太子の肖像画が27枚ほど手元にあることが判明した。全てトレーニングに費やすのも悪くはない選択肢ではあるが。(待て、強さへの道のりは地道な鍛錬だけではないよな。UNIXゲームの基本を思い出せ。ハッカーとしての装備を揃えるのも悪くないんじゃないか?)

ノーマーシーはネオサイタマの郊外で生まれ育ったオノボリである。それ故にか、彼にはサイバネティクスに対する一種の忌避感のようなものがあるのだ。軽度のナチュラリストである。失った手足を補う為に四肢をサイバネ化するのは理解できる。しかし生体LAN端子は恐ろしい技術に思えてならなかった。

(ニューロンとは精神で、精神とは魂の別名だろう。自分の魂にメスを入れるというのは……もちろん誰にでも背に腹はかえられぬ状況もあるだろうが……)確かに彼は信心深く、同時に迷信深い男でもあった。しかし、それだけが理由ではない。そもそもLAN端子のインプラント手術は基本的に違法なのだ。

そこまで考えて苦笑する。ニンジャに生まれ変わって随分と悪事を重ねてきたつもりの自分だが、違法だの合法だのを気にする小市民ぶりは相変わらずか。(これではいつまで経ってもサンシタニンジャのままだろうな)将来を悲観しながら、何故か清々しい気持ちがニューロンを吹き抜けるような思いがした。

あながち彼の抱える不安は完全な迷信というわけでもない。脊髄、あるいは脳髄のサイバネ手術にはリスクがある。手術中のリスクではない。サイバネが錆びてニューロンを害し、頭痛、記憶障害、人格崩壊をもたらすリスクがあるのだ。そのリスクを回避するにはメンテナンスが、つまり経費が必要となる。

(さて、気持ちを切り替えないとな)今日の買い物は今後のニンジャ生活を左右する重大な行事となるだろう。ニンジャの任務にはUNIXが最後の難関として立ちはだかるケースが多いことは彼自身のニンジャ経験によって知るところである。(ハッキングの助けになるアイテムが売られていればいいのだが)

彼がモノレールに揺られながら訪れたのは、かつて東京国際展示場と呼ばれたランドマーク、通称「逆さピラミッド」である。この建物こそがソウカイニンジャ御用達のブラックマーケットの会場なのである。賢明なる読者の皆さんは「こんな目立つ建物に本当にニンジャの闇市場が?」と疑問に思うであろう。

ソウカイヤ傘下のブラックマーケットはマッポによる摘発から身を隠す為に一か所に留まることは無く、実態としてはオマツリめいた屋台で営業するキャラバンのような共同体を想像していただければ分かりやすいだろう。ソウカイネットで開催場所と日時を調べられる者でなければ利用することは難しいのだ。

会場の入口ではスタッフの腕章を付けたクローンヤクザが受付係を任されている。「あの、スミマセン」念の為にノーマーシーはソウカイヤのバッジを見せて話しかける。「これは、ドーモ」受付は45度の角度でオジギする。「今日は此処で買い物が出来るのですか?」「はい、出来ます。ドーゾ、センセイ」

「ドーモ、アリガト」軽く手を振って会場となる建造物にエントリーする。道中、周辺の人影はまばらであった。恐らくは巡回クローンヤクザが無関係の市民が万が一にも入って来ないように警戒しているのであろう。本来は市民の為に建造された施設なのだが、今日だけはソウカイニンジャの貸し切りである。

意を決して広大なホールに足を踏み入れた彼を迎え入れたのは怒号と喧騒、等間隔に並べられた屋台とひっきりなしに行き交う係員クローンヤクザと……買い物に興ずるニンジャであった!(ニンジャの……買い物!)屋台の種類は多種多様でありながら、決して無規則に配置されているワケではないらしい。

案内板を見る限り、正方形のフロアは四つの区画に分割されており、カタナや銃火器を扱う屋台は「武器エリア」、装束やメンポの製作販売を行う屋台は「防具エリア」、スシやトロ粉末などの消耗品を扱う屋台は「消耗品エリア」といった具合に似たような物品を扱う業者は同じ区画に配置されているらしい。

ノーマーシーが最初に足を踏み入れたのは「カタナ、あり申す」「確かなガンスミス」「軍用スペックこれ真実」といった文言が様々な字体でショドーされた色とりどりのノボリを掲げた屋台が並ぶ一角である。興味が無いと言えば嘘になる。(いっそ重量に任せて振り回す武器の方がおれには向いているかも)

例えばジゴクのオニが持つような質量兵器めいた金棒などは、どうだろう?あれならイクサの最中に切れ味が落ちる心配も折れる不安も無い。更には手入れの必要も無い。ニンジャの武器としては理想的ではあるように思える。分厚い装甲を誇るオムラのロボニンジャが相手だろうと互角以上に戦えるだろう。

(まぁ、武器を見繕うのは次に来るときでいいだろう)用心深いノーマーシーはブラックマーケットで遭遇するかもしれないニンジャのスリを警戒し、買うべきものだけを買う為の必要最低限の万札しか持ってきていない。これは予定外の無駄な買い物をしないで済むように、というリスクヘッジも兼ねている。

ソウカイニンジャのセンパイからは「黄金時代の伝説のハッカーが用いたとされるキーボード」が今の自分には特に重要だと事前に聞かされていた。そしてUNIXを撹乱してハッキングの大いなる手助けとなるウィルス入りフロッピーディスク。価格は前者は10万円、後者が5万円が相場だという話である。

武器でも防具でも消耗品でもない伝説のキーボードとやらが売られているとすれば恐らく「その他エリア」に相違あるまい。他の三つの区画に比して無秩序ぶりが凄まじい一角に勇気を出して歩を進めようと決意を固めた、その瞬間である。コンコン。コンコン。何かの扉をノックするような音が聞こえたのだ。

誰かの足音であろうか、最初はそう考えた。(色々な服装のニンジャが客として来ている。変わった足音を出す靴を履いたニンジャもいるのかもな)コンコン。その音は次第に近づいてくる。ニンジャ聴覚が暴走しているのだろうか。(夕べは緊張して眠れなかったからな、そういうこともあるかもしれない)

周囲の屋台を見渡しながら肝心のキーボードを探す。正体不明の音の出どころを気にしている場合ではない、買い物に集中しようと思った矢先である。更に謎の音が大きくなったのは。コンコン!コンコン!頭痛、眩暈!思わずその場に跪きそうになるのを堪えて克己する。悪い風邪でもひいたのかもしれない。

コンコン!コンコンコン!(う……うるさい)周囲の買い物客が平然と買い物に興じている以上、この騒音は自分だけに聞こえている怪現象だと見ていいだろう。考えたくは無かったがニンジャのジツによって遠隔攻撃に晒されている、そういう線もありえる!ここは石を投げればニンジャに当たる会場なのだ!

犯人を探し当てて文句を言わねばなるまい。怪しいジツを使いこなすニンジャと戦う羽目になれば……勝てるかどうかは自信が無いが……。そもそも、ここはソウカイヤ傘下のブラックマーケットである以上、ソウカイニンジャ同士の私闘が起これば即座に発覚することは確実である。尻尾を掴んで謝らせねば。

(何処だ……怪しげなジツを使うニンジャめ!誰だ?客か!?売人か!?)ニューロンを苛む怪音波の指向性を感じ取り、その方向を注意深く凝視する。雑多な屋台が立ち並ぶ異様なスペースの中にあって、更に異常な存在が視界に飛び込んで来た。否、そちらに意識を強制的に引きずられたようにさえ思えた。

洞窟だ。近代的な公共施設の片隅に、原始時代のそれを思わせるような暗闇が広がっている。

「何だ、あれ……」他に言葉が出なかった。その場違いな空間を気に留める素振りをする者は誰も居ない。いや、気付いていないのだろうか。気が付けば謎の音は止んでいた。あの謎めいた洞穴から聞こえていたのか。(おれだけに聞かせていたのか、誰が?何の為に?)すぐさま逃げるべきではないだろうか。

買い物どころではない、踵を返して会場を立ち去ろうとした瞬間、ニューロンを苛む足音めいたノックの音が再発!その苦痛は今までの比ではない!(何がなんでも、おれを逃がさないつもりか!?)今ので精神力をかなり消耗した。次に浴びれば爆発四散の危機もありえる!どうやら選択の余地は無いらしい。

(わかった!わかったからやめてくれ!)会場が一瞬、しんと静まり返った。何億分の一の確率であろうか?その瞬間、会場の全ての客と売人の会話が途切れたのである。ブッダエンジェルが通り過ぎたのであろう。「……エート、変な感じがしましたね」「そうですね、気を取り直して次の店を見ましょうか」

すぐに会場に喧騒が戻って来た。買い物に興じる二人連れのニンジャ。一心不乱に何かを焼き続ける屋台の店主。熱心に品定めをする一人のニンジャ……。自分を取り巻く全てに別れを告げるつもりで、ノーマーシーは恐る恐る、近代的商業施設に突如として現れた明らかに場違いな謎の洞窟に足を踏み入れた。

「コンコン、コンコン……。おや、やっと来たか。待ちわびたぞ」そこには原始時代の洞窟を思わせる暗闇と篝火、古の時代に武将や貴族が座る為に作らせたとされるニジョ・ダイと呼ばれるタタミの台座があった。そのタタミに座るのは……。ナムサン、オイランめいたチャイナドレス姿の妙齢の女性である。

(しまった、ここはおれには縁が無い店のようだ)ノーマーシーは瞬時に後悔した。そして踵を返して外に出ようとした瞬間、背後からの轟音が彼のニンジャ聴覚を苛んだ。落雷ではない。落石が出入口を塞いでいるのであった。それはニンジャ筋力で動かそうにも微動だにしない!「ウオーッ!!何故だ!?」

「アッハ!せっかく来たのだ。ゆっくりしていくといい。近くに寄れ。そしてサケでも飲め」「結構です、カネが無いので!」篝火に照らされる謎の女の周囲には、確かに酒杯やトクリが雑然と並んでいる。ノーマーシーを怯懦させたのは、背後の謎めいた女にキツネめいた耳と尻尾が備わっていることだった!

(ナンデ?ブラックマーケットにオイランナンデ!?それに、あの耳と尻尾!あれは絶対コス・プレイなんかじゃない!奇妙な圧力を感じた!まるで)「まるで、ニンジャみたいに?」すぐ左隣から女の声。気が付けば彼はタタミの上で、上半身は岩をどかそうとするポーズのままキツネ女の隣に正座していた。

「私が近くに寄れと言ったら近くに寄るのだ。次は容赦せぬぞ?」「……!?」何故?どうして?根源的な恐怖。流れるような所作でノーマーシーの利き腕にオイランめいたキツネ女の両腕が絡みつく。ラット・イナ・バッグである!ヤバレカバレのカラテに打って出ようとすれば、即座に察知されるであろう!

(ヤバイ。喰われる!あるいは殺される!)「そなたを取って喰ったりはせん。わざわざ殺す為に『呼び声』で招いたワケでもないぞ。……まず飲め。飲んで落ち着け」差し出される酒盃。その中身は……七色に輝く液体である。いかなるサケであろう?(飲んでも平気なのか……?そもそもサケはまり……)

この期に及んで好き嫌いを言っている場合ではあるまい。一秒ごとにキツネ女の表情が厳めしくなってゆくのを横目に見ながらノーマーシーは決死の覚悟で謎の液体を一気に嚥下した。結果として、それは美味であった。それも、信じられぬ程に。「とても、美味しい、です。コレ」「そうそう、そうであろう」

しかし多幸感は一瞬で霧散した。ノーマーシーの小市民的感覚が騒ぎ出したからである。(これほど美味いサケならたった一杯でも相当に値が張るのでは?そもそも『そういう店』で飲めば値段は何倍にも跳ね上がるのでは……?)「よし、では本題に入ろうか」「このサケ、いくらぐらいするんですか?」

「アー……そのサケは売り物ではないぞ。何だ?先程から気に病んでおったのは、懐具合のことであったか。カワイイな奴め」単身ネオサイタマで暮らすノーマーシーにとって、守るべき者は何も無い。必然的に、自分の命の次に心配するのはカネの事に決まっていた。「私の店の売り物というのはな、コレよ」

キツネ女が懐から何やら細長いオブジェクトを取り出した。マキモノである。「もしかして、マサシの?」「残念ながら、違う。仮にそうだとしたら既にラオモト=サンに献上しているであろうよ」浮世離れしたアトモスフィアを全身から発するキツネ女も、やはりソウカイヤに連なるニンジャということか。

「このマキモノはな……ウム……説明するのは難しいのだが……」自分の扱う商品の説明が難しいらしい。恐ろしい。「……帰っていいですか?」「ダメだ」「アッハイ」無傷での撤退は不可能。徹底抗戦するしかあるまい。壮絶な負けイクサの火蓋が今まさに切って落とされたのをノーマーシーは感じた。

「そもそも、そなたを呼んだのはな……厳密に言えば、そなたに狙いを絞って呼んだのではないのだが……。そう、そなた、アイサツをせんか、アイサツを」確かにアイサツは大事だった。それ故に、このような胡乱なニンジャに初歩的な事実を指摘されるというのは些か面白くないというのも事実ではあった。

「……初めまして。おれの名前はノーマーシーです」「……ノーマーシー。ウム、良い名前だな」「誰にでもそう言ってませんか?」「誰にでもは言わん。私の店に招かれたニンジャにしか言わないから」(やはりセールス・トークだったか)……それにしても『招かれた』というのは如何なることであろう?

「ドーモ、ノーマーシー=サン。私の名はロンサムウィッチ。今は、そう名乗っている。『呼び声』というのはジツの一種でな。波長の合うニンジャにのみ聴こえる呼び声で、仲間を探しているのだ」一瞬、『仲間』と言うのに言い淀んだのを聞き逃すノーマーシーではなかった。(兵隊でも集めているのか?)

「これは波長の合う仲間に読ませる為のマキモノでな」「読むと、どうなるんで?」一瞬の沈黙。「よく聞いてくれた。読んだニンジャは新しいジツに目覚める。ちなみに、波長の合わないニンジャが読んでも同じことが言えるのだが……私の店は客を選ぶ」さっきの頭痛はニンジャのジツによるものだったか。

「ム、それに関しては謝る。酷い頭痛でニューロンを消耗させてしまっただろう。ホレ、もう一杯どうだ?精神力を回復させる作用のあるサケだ。まだまだ本調子には程遠いだろう?飲め飲め」「結構です」あのサケは確かに美味だった。ニューロンに素早く染み渡って、遥かに良いものではあった。

「そのマキモノ、高価なレリックなんでしょう?」「それが初回は無料だ。一切カネは頂かない」怪しい。何らかの常習性があると見ていいだろう。力を求めて安易にサイバネ手術に踏み切るサンシタニンジャは枚挙に暇が無いが……同じような落とし穴が眼前に広がっている。そうノーマーシーは直感した。

「おれみたいなサンシタよりも、そのマキモノに相応しい手練れのニンジャが今に現れますよ、きっと」「アナヤ……このマキモノの素晴らしさを体験してもらおうと思ったのに。残念だ」ノーマーシーを拘束する腕の力が緩んでいく。今が好機!キツネ女が意気消沈している間に撤退せねば。だが、その前に。

「ところで出入口を塞いでいる、あの岩をどかしていただけませんか」「ンン?あの岩をどかすのは15万円だ。ちなみにディスカウントは一切ないぞ?」ナ……ナムアミダブツ!なんたる無法か!それは彼が黄金時代の伝説のキーボードとウィルス入りフロッピーを買う為に懐に入れている金額と同じである!

「そう、つまりそなたの今の全財産だ。……ねぐらにも幾らか残して来たようだが」ブッダ!キツネ女がこれ見よがしにひらひら振っているのはノーマーシーのマネークリップである!(してやられた!)やはり彼女もニンジャ!顧みればノーマーシーの懐からカネを抜き取る機会など幾らでもあったのだ……!

「それで、どうする?あの岩をどかすのは15万円。このマキモノを15万で買うなら、あの大岩を無料で動かしてやってもいいのだが」勝負あったか。ブラックマーケットに来た時点で運命は決まっていたのかもしれない。力なく項垂れると、彼はマキモノと万札を抜き取られたマネークリップを受け取った。

(ニンジャがジツに目覚めるとか言っていたが、まるでカートゥーンみたいだ!そもそも古文書を解読できるようなインテリジェンスはおれには無いぞ。ハイスクールの古文の授業なら得意だったが、この時代の文書なんて字体からして現代のそれとは大違いだろう。一文字も読めずにギブアップだろうな……)

彼は見た。今より一回りも大きい満月を背に、黄金色に輝く巨大なキツネが夜空を舞うのを。「それ」が隊列を組んだ兵隊を飛び越えるのを、石垣を飛び越えるのを確かに見た。涙が頬を伝った。彼は唐突に全てを思い出した。「全て」とは何か?即ち、自分が何者か、何の為に戦うのか、何の為に死ねるのか。

「ウ、ウオーッ!」全身に力が漲った。否、力の使い方を思い出したのだ。全身がパンプアップする。そして体がダークブラウンの体毛に覆われる。爪が、牙が、メキメキと音を立てて伸びる。視力が洞窟の暗闇を隅々まで見渡す。(嗚呼、この心地よさは何だ!?)「……そなた、そなた!正気に戻らぬか!」

遠吠えるノーマーシーの顎にロンサムウィッチの重たい一撃がお見舞いされる!「グググワーッ!」その衝撃でマキモノを読んで思い出された彼の「全て」が一瞬で雲散霧消していくのが感じられた。(消える!消えてしまう!俺の……!)そして、それを悲しく思う心も次第に消え失せていくのが感じられた。

「俺の……!おれは……!?」気が付けば爪も牙も、視力も全身の体毛も嘘のように元通りだった。全身にみなぎる力も今は、すっかり冷え切って再び眠りに就いてしまったようだった。破れたシャツだけが今のが夢ではないと告げている。途方もない喪失感を伴って、ノーマーシーは正気の世界に舞い戻った。

キツネ女が差し伸べる手を取って、震える両足で難儀しながら彼は立ち上がった。彼女の両手が全身の埃を払い落とすのに身を任せながら自分の身に何が起きたのか尋ねようとして適切な言葉を探したが、それは徒労に終わりそうだった。他人の前で正体を失ったような気まずさと申し訳なさがあった。

「すまなかった。説明を怠った私の落ち度だ。そなたが恥じ入ることは何一つとして無い」返す言葉が咄嗟に出なかった。ジツによって幻獣に変身するニンジャが存在するとセンセイから聞かされたことはあった。まさか自分がそのニンジャだったとは夢にも思わなかったが。「これがヘンゲヨーカイ・ジツか」

「そうだ。そして私も同じジツの使い手だ」「さっき言っていた、波長の合うニンジャというのは?」「私と同じクランのソウルを宿したニンジャを呼び寄せていた。ヘンゲヨーカイとは別のジツ、それが『呼び声』なのだ」異なる二つのジツを使い分けるニンジャなど、彼は見たことも聞いたことも無かった。

「……それで?仲間を集めて何がしたい?イクサか?それとも派閥でも作るつもりか?」「それは、特に……考えていない」「おれには言えない理由があるということか」異常な状況。異常なニンジャ。ムシャクシャする。彼は右手にトクリ、左手に酒盃を掴んで七色のサケを一気に飲み干した。遥かに良い。

「信じては貰えないかもしれぬが、仲間を集めるというのは私にとって目的であって手段ではないのだ。ニンジャというのは本能的に徒党を組もうとするものでな。それをドージョーと言う者もいるが……」「ドージョー……」今は亡き師を慕う気持ちが今も消えない理由の一端が明かされたように彼は感じた。

「おれには既にセンセイが居る。弟子が欲しいなら他を当たれ」「今は居ないだろう?」不思議と動揺は無かった。この得体の知れない女ニンジャならば、見ただけでニンジャの未熟さを看破しても不思議は無いと思えた。「……同じことだ。生きていようが、死んでいようが。おれのセンセイは一人だけだ」

「言ったであろう?仲間が欲しいのだ。そもそも私にはそなたのセンセイなど務まらん」「ニンジャの仲間を集めて何をする気だ?」「……普通のニンジャのようになりたい。一緒にチャを飲んだり、スシを食べたり、買い物するのもいい」「……それって、同じジツを使えるニンジャじゃないとダメなのか?」

「ダメだ。これは好き嫌いというよりも本能に根差したものであるらしい。だから理由は誰にも説明は出来そうにない。それは本当に申し訳ないと思っているのだが」「あんたが申し訳ないと思うべきはそこじゃないと思うけどな」美味いサケのお陰か、彼の舌鋒に力が宿る。「すまん、本当に申し訳ない」

ノーマーシーは腕を組んで沈思黙考の構えに入る。自分には対等なニンジャの仲間がいないことに思い至る。ただ一人、上位者からの任務を黙々とこなすだけの日々。ニンジャであることを隠さず、何でも言い合える仲間がいるのも悪くはないかもしれないとも思えた。たとえ第一印象が最悪だったとしてもだ。

「その、どうだろうか……」伏し目がちに裏向きキツネ・サインを出しながらロンサムウィッチと名乗ったキツネ女はノーマーシーに問い掛ける。主導権が自分にあると感じた彼は結論を急がない。「どう、とは?」「だから、その」「おれと、あんたが……仲良くやっていけるかってことか?」「そう、そう」

「ンン……そうだな。こんな洞窟に閉じ込められて、なけなしの金は取られて、顎には重い一撃を貰ったことだしな。でも、このサケは美味いしな……」「そのサケが気に入ったか?いくらでも飲んでくれていい!」キツネ女に酌をさせながら、ノーマーシーは彼女のパーソナリティを推し量ろうとしていた。

この横暴な女ニンジャには、寂しがりだが自分からは「仲間に入れて」と言えない幼子のような一面があるように思えた。ならば自分から切り出すしかあるまい。だが、それには一つ、条件を出さねばなるまい。「心は決まった」「……!」「一つだけ約束して欲しい。そうすれば、おれはあんたの仲間になる」

「どんな条件だ?私に出来ることか!?」「呼び声とやらで仲間を集めるのは構わないが、帰りたいと言った相手は素直に帰してやれ。不満を抱えたままのニンジャを無理に引き入れても、きっとロクなことにならないだろう」それは彼の心からの忠告であった。「わ、わかった。私とてムーホンは避けたい」

「ムーホンというのは、よくわからないが。それにしてもあんたの仲間になると、おれにどんなメリットがある?」「よくぞ聞いてくれた。私の仲間になるとな?なんと二つ目、三つ目のマキモノが私から買えるようになるのだ。……ディスカウントは一切ないがな!」「聞いたおれがイディオットだったな」

「しかしだな、そなたは、まだまだヘンゲヨーカイ・ジツの入り口にたったばかり。そなたのカラテとワザマエは鍛錬で鍛えることが出来ようが、ジツそのものを鍛える為にはニンジャのマキモノに頼るしかないのだぞ」「ジツを……鍛える?」UNIXゲームで言うところのマジックを強化するようなものか。

「ウフフ。そうそう、ニンジャマジックよ。そなた自身が強くなり、またジツも強まれば相乗効果で百戦危うからずというもの……」相手の言い分にも一理あるとノーマーシーは素直に考える。地道な鍛錬による成長が頭打ちとなったときに、ニンジャのジツが何らかの助けになってくれるかもしれない……。

「それに今なら更に大サービス。マキモノを買う為のカネにするなら私がそなたのモータルハントを手伝ってやってもいい」「モータル……何?」「モータルハント。ソウカイニンジャが日頃やっている人間狩りのことよ。まさか、やったことが無いとは言うまいな?だとすれば、そなたは余程の……」

「おれが?余程の?何だって?」「いや、その、何でもない。忘れてくれ」「いいから。続く言葉を聞かせてくれよ」「すまぬ、本当にすまぬ……」ロンサムウィッチはノーマーシーの目を見た。その瞳の奥には火の海、焼け落ちるカイシャ、ニンジャの暴虐が渾然一体となって深く深く、しまい込まれていた。

「そなた、人間狩りでニンジャになったクチであったか。辛かったであろう」頭を撫でながら静かに語り掛ける。払いのけるべきだと考えたが、不思議とそんな気力も湧いてこなかった。ニンジャになった経緯は誰にも話せなかった事情だ。(もしかしたら、おれは誰かに話を聞いて欲しかったのかもしれない)

「別に強い決意があって人間狩りをして来なかったワケじゃない。そのうち死に物狂いでカネをかき集めなけりゃならないとなったらローンでも組んで借金で首が回らなくなったとなれば、おれも任務の合間にモータルハントに励むと思う。というか真っ先にやる」そこまで言って、彼は気付いた。

自分がサイバネ手術を厭うのも、借金を厭うのも。全ては自分が人間狩りを「される側」から「する側」に回ることになるかもしれない恐怖に由来するのかもしれない。これは途轍もない欺瞞であろう。既に自分はソウカイヤに連なる悪のニンジャ、その末端構成員であるのだから。……だが、それでも。

「そなた。もし人間狩りに手を染めるならば私を呼べ。私が無防備なカネモチの装いをして裏路地を歩いていれば、そう時間もかからずヨタモノどもが釣れると思う。そこでそなたが颯爽と現れヨタモノを返り討ち、手数料として逆に金目のモノを巻き上げてやればいい。……罪の重さも二等分されるであろう」

欺瞞に次ぐ欺瞞である。所詮ニンジャは裏の世界の住人。まともな人間のフリをしようとすれば、その代償は高くつくであろう。「そうだな。その時が来れば、真っ先にあんたに頼むことにするよ」サンシタニンジャはニンジャらしく悪の道を突き進んで死ぬか、人間性に縋りついてくだらない死に方をするか。

自分はどちらの道を、死に方を選ぶのか。今のノーマーシーには結論を出すことは出来そうになかった。今日の彼はロンサムウィッチとIRCアドレスを教え合い、再会を期してブラックマーケットを振り返らずに後にした。……決断の日は遠からず来る。もしくは、その前に不本意な死に方が待つであろうか。

(続く)


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