見出し画像

ニンジャスレイヤーTRPG入門用ソロアドベンチャー第5回:「ツキジ・ダンジョン深部へ潜れ」: リプレイ【マグロ・アンド・マーケット・ルインズ】#4

(承前)

ニューロン判定……3,3,4で失敗。

とりあえず押してみる。ダメなら他の手段を講じるだけだ。数秒の読み込み時間の後、黒地の画面に緑色の文字で「パスワードを忘れた方へ」と表示される。更に文字列の表示が続いた。「ゲームをしましょう」(うん……?)事態に理解が追い付かぬノーマーシーをよそに、更なる文字列が吐き出されていく。

「旅人を探してください」「エッ?」意図の読めない要求の後、カウントダウンが始まった。ディスプレイに映し出されたのは……どこかの都市の雑踏であろうか?電子戦争以前、国際社会は問題を幾つも抱えながらも……平和で豊かで、今日と同じ明日が続くと根拠もなく信じていられた時代のものであった。

様々な人種、様々な年齢、様々な服装の人々が行き交う都市の雑踏。その一瞬を切り取った画像。この中から「旅人」とやらを探せばいいのか?それがパスワードの代わりになるというのか?ディスプレイのバックライトに照らされながら他に光源の無い薄暗闇の中でノーマーシーは全身全霊で画像に注視する。

(旅人、旅人、旅人……)このUNIXは「ゲームをしましょう」と宣言した。ゲームである以上は勝負でありゲームオーバーがあるはずだ。恐らくは敗北条件となるタイムリミットが設定されているに相違なし。一刻も早く「旅人」とやらを見つけねばなるまい。集中力を発揮しようとした、その瞬間である!

唐突に古き良き時代の風景は消え失せ、画面全体にオバケめいた女の白い顔が映し出されたのだ!「……!?」それだけではない!「フォハハハハハ!!アッハハハ!!」スピーカーから響き渡るジゴクから響くようなおぞましい笑い声が聴く者の正気を蝕む!更に周囲のUNIXが次々に起動!これは一体!?

「「「「フォハハハハハ!!アッハハハ!!」」」」まるでウィルスが伝染するかのように、周囲のUNIXも同じようにオバケめいた白い顔の女を映し出す!同じようにおぞましい笑い声を響かせる!!「やめろ!もう沢山だ!」衝動的にカラテパンチ!いとも容易くUNIX破壊!残されたUNIXも破壊!

ニューロンを苛まれながらもノーマーシーは真実に到達していた。ゲームに負けたのではない。「パスワードを忘れた方へ」を選択した瞬間、ハッキングの失敗は決まっていたのだ。全ては勝負を装った悪辣なトラップに過ぎないのだ!目、鼻、耳から流れる血を拭いながら他のUNIXを次々に黙らせて回る。

「フォハハハハハ!!アッハハハ!!」(まだ生きているUNIXがあるのか!?)ニューロンを苛む苦痛に耐えながら周囲を見渡す。もしLAN直結したうえでハッキングに失敗していたら、この数倍の苦痛を被り即座に爆発四散の憂き目に遭っていたことだろう。(音源は一つだ!最後の一台は何処に!?)

彼は見た。残された最後の一台となった旧世紀UNIXの前に、白い女が立ち尽くしているのを。

躊躇は一瞬だった。周囲を旋回するD6を掴んで懐にしまうとノーマーシーは出口に向けて駆け出していた。背後からは笑い声と歩くような速度の足音がついてくる。誘導灯を頼りに非常口に辿り着いた。ここから一気に地上を目指せそうだ。懐にしまったD6の感触を何度も確かめながら非常階段を駆け上る。

ニンジャ聴覚が地上の喧騒を確かに捕捉する。転がるように倉庫の出入り口から飛び出すと、そこはツキジ・ディストリクトだった。ネオサイタマ最大の漁港であり、今しがた脱出したばかりの冷凍倉庫と同じような建造物が等間隔にひしめいている。……ネオサイタマの空気が暖かい。重金属酸性雨が暖かい。

狂ったような笑い声も足音も聞こえなくなった。安堵のあまり、そのまま意識を手放しそうになったが、行き交う人々の怪訝そうな視線を受け、最後の力を振り絞って立ち上がった。幸いにも外套を羽織っていたので彼のニンジャ装束は目立たない。視線から逃れるように足早に地下倉庫のある区画を後にした。

「で、オバケにビビってマグロも拾えず逃げ帰ったってワケか?ノーマーシー=サン」一時間後!トコロザワ・ピラーでノーマーシーは上位者であるソニックブームの前で跪いていた。周囲に他のサンシタは見当たらぬ。「ドロイドは俺が預かる。報告書を明日までに仕上げて来い。コレを返してほしけりゃな」

彼にとってD6は既に体の一部にも等しい。それを他者に預ける不安と苦痛は筆舌に尽くしがたい。のみならず、まともな報告書を提出しなければ小さな相棒とは永遠の別れになるかもしれぬ。タイムリミットは24時間と見ていいだろう。ノーマーシーは矢も楯もたまらずトコロザワ・ピラーを飛び出した。

……安アパートの自室に戻り、完璧な報告書を仕上げる為に。

【エピローグに続く】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?