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ニンジャスレイヤーTRPG入門用ソロアドベンチャー第5回:「ツキジ・ダンジョン深部へ潜れ」: リプレイ【マグロ・アンド・マーケット・ルインズ】#エピローグ

(承前)

……20時間後!報告書を書き終えたノーマーシーはトコロザワ・ピラーの前に立っていた!レポート作成、それは実際過酷なイクサであった。フートンとスシ、そしてセントーへの渇望は抗いがたく、それが任務から帰投した直後のサンシタニンジャとあれば、なおのこと。しかし彼は耐えきった。

このイクサにおける彼の最大の敵は、UNIXを起動している間、ひっきりなしにIRCメッセージを送り続けて来た旧友であった。「お暇ですか?」「いいえ、暇ではありません」IRCメッセージング・クライアントをアンインストールしてしまおうかと思った。しかし彼女の報復は想像するだに恐ろしい。

「本当は暇ですね?」「本当に今とても忙しいのですよ」そしてネオサイタマではネットワーク上の発現は全て監視されている。「アトウダ=サンがUNIXを使っているということは暇ということではありませんか?」「忙しいです」不用意な発言は告訴からの罰金、投獄、社会的抹殺も起こりえるのだ……!

「ビズの報告書を作成する為にUNIXを起動しただけです」ゆえに、こうして過剰なまでに丁寧な言葉を選ばねばならぬ。「フリーランスは大変ですね」「大変です。ですからメッセージの返事は期待しないでください」「そう言わずに付き合ってください」血管が沸騰しそうなほどの怒りが沸き上がった。

UNIXを叩き割りたい。そんな衝動をぐっと堪える。機械に罪は無いからだ。「困ります。本当に忙しいです」「私も大変です。カイシャのノミカイに付き合わされているのですが退屈で死にそうです」(ノミカイでUNIX?どうやって?)と思ったのも一瞬のことだ。(……そうか、インプラント手術か)

「オーエルも大変ですね」「大変です。オイランのようなことをさせられています」返す言葉に詰まったのは一瞬のことだった。ノーマーシーはサラリマンのノミカイを知らず、オイランのセッタイを知らずに生きてきた。旧友の身に何かが起きているのか。内なる世界に不穏な想像の翼が広がるのを自覚する。

「嗚呼、ハイクを詠みたい気分です」「ハイクですか?急にどうしたのですか?」「カカリチョの/腕が私の/腰に今」「ただのハイクですよね?」「ただのハイクです。深い意味はありません」「僕はログアウトします」貴重な時間を浪費してしまった。早く白紙の文書ファイルに再び向き合わねばならぬ。

そしてノーマーシーはノート型UNIXのキーボードを叩き始めた。液晶パネルのバックライトに照らされる自分はハッカーのようにも見えるかもしれない。そう思うと不意に苦笑いがこみあげそうになった。

……スシとサケを携えた酩酊状態のウブカタが「アトウダ=サン!この薄情者!私だ!開けろ!お前!」などと叫びながら訪れたのは一時間後のことであった。そこから先の顛末は省略させていただきたい。この日、彼の身に何が起きたか説明しようとすれば、それは世界で一番長い手紙になるだろう。

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曲折はあったが完璧な報告書を仕上げ、彼はトコロザワ・ピラーに舞い戻った!正門前の守衛にバッジを見せ、ロビーで受付のポニーテール・オーエルにアイサツを済ませて「これで任務も完璧にこなせていれば最高だったのに」と呟くとエレベーターに乗ってトレーニング・グラウンドのある階を目指した。

エレベーターから降りた彼を出迎えたのは暗闇に包まれたフロアであった。(何だ……?)完全な暗闇ではない。等間隔に設置された常夜灯は機能している。(まるで深夜の病院みたいだ)光源を頼りに、他のサンシタと共に上位者であるソニックブームに招集された部屋を探す。(……誰か居ないのか?)

(見慣れたフロアがツキジ・ダンジョンみたいに)そう思った瞬間である。暗闇から謎めいた赤い発光体が彼の懐に飛び込んで来たのだ。「ピーッ!ピーッ!」発光体は周囲を憚らずに鳴いている。誰であろう、彼の小さな相棒、D6であった!彼が目印にと貼った「NM」のラベルがあるので間違いあるまい!

身体の一部にも等しい高性能ドロイドが戻って来たのは素直にありがたい。だが、この静まり返った薄暗いトレーニング・グラウンドは一体どうしたことだろう。そもそもD6を預かっていたはずのソニックブームは外出中であろうか?……提出すべき報告書もある。彼の帰投を待った方がいいのかもしれない。

するとD6のカメラアイが眩いまでの光を壁に投射する。何事かと思ったのも一瞬、目の前の壁にソニックブームの姿が現れたのだ。オバケではない。ビデオ映像であろう。(……次の任務か?報告は後回しで?)困惑するノーマーシーを意に介さず映像の中の上位者は奇妙なことを言い出した。

「よう、名もなきサンシタ。……俺様はお前のドロイドを預かったりはしなかった。ドロイドには地図情報もカメラアイが捉えた映像も無かった。お前たちサンシタをトレーニング・グラウンドに集めたりもしなかった。ツキジに向かわせたりもしなかった。何もかも忘れろ。……俺様はオキナワに行ってくる」

(何なんだ?何を言ってるんだ、ソニックブーム=サン)「俺様が戻るまで、お前にも余暇をやる。せいぜい楽しんでおくといいぜ。じゃあな……」映像は、そこで終わった。ドロイドを操作して確認すると、ノーマーシーが足で稼いだツキジにまつわる情報は本当に全て消去されていた。……地図も。映像も。

ノーマーシーの手の中でD6が激しく鳴動した。メッセージの着信ではない。バッテリー残量の警告でもない。……周囲の静寂が更に深まるような感覚。遠くから足音が近づいてきている。自分と同じソウカイニンジャであろうか。自分と同じように任務に失敗し、ドロイドを没収されたサンシタであろうか?

(……フォハハハハハ!!……アッハハハ!!)忘れもしない、ツキジの白い女の笑い声が何処からともなく響いてくる。……ソニックブームは何を見たのだろう。ドロイドの消された記録には何が映っていたのだろうか。現場に赴いたノーマーシーにも見えなかった❝何か❞が記録されていたのだろうか。

……それから一か月が経過した。ツキジの白い女はそれきり影も形も見えなくなった。同じ任務に臨んだ他のサンシタはどうなったのか調べようと思ったことも何度かあったが、やがて彼は全てを忘れることを選択した。ツキジに何が潜んでいようがマグロ・スシの美味しさは変わらない。そう思うことにした。

【マグロ・アンド・マーケット・ルインズ】終わり。

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