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現在に至るまで。

なぜ今、私がnoteを始めたのかというと、親のことであまり悩まなくなったからである。

以前は、しょっちゅう悪夢を見たり、暇さえあれば親への文句で頭がいっぱいになったりしていた。
しかし、子どもへの影響を懸念した私は、自助グループや心理相談などを利用し、また、時の力もあって次第に親について考えることがなくなっていった。

行政のおかげで、かかったお金はほぼ0円である。もし、同じような悩みを抱えている方がいたら、とりあえず役所か保健所に行ってみて欲しい。まず、相談をしないと、“需要がない”と思われてしまう。結果はどうあれ、相談すること自体が未来の誰かを救うことに繋がるのだ。

では、今回は洗脳から解放された経緯を説明していこうと思う。




私は、社会人になる時初めて、実家を出ることを許された。それまでは、母が「私を父のもとに一人にするな」と言って、一人暮らしを許さなかった。そのため、実家から通える範囲の大学に通学した。

兄は何故か県外の大学へ行くことを許され、早々に家を出た。今考えると、母も私に甘えていたのかもしれない。「そんなに父と二人が嫌なら離婚したらいいのに」とも思ったが、それもまた、彼女の甘えなのだろう。




産まれてから家を出るまで、私は一人部屋を持った事がなかった。家の大きさのためではない。兄は普通に一人部屋を持っていた。
母が父と同じ部屋を嫌がり、父と兄がそれぞれ一人部屋を持ち、私は社会人になる手前までずっと、母と二人で同じ部屋に寝ていた。

※このことについては、またちがう機会に詳しく話そうと思う。

そのため、必然的に母娘の距離は近くなり、文字通り同一視されていたのだと思う。母が望むように動くよう、常に監視されていた。

父に対してのみならず、母の全ての愚痴は私に吐かれた。いや、全てではなかったかもしれないが、それでもすごい量であった。

当時はそれが普通だと思っていたので、「他の人にはいい顔をするのに、私にだけ愚痴を話してくれるのは信頼されているからだ」と本気で思っていた。なので私も、周りの愚痴を作り出しては母に話していた。本当はそんなことしたくなかったが、そうすると母が「喜ぶ」のだ。

母は不幸話も好きで、誰それが成功した話よりも、失敗した話に喜んだ。もちろん、表面上は悲しそうな顔をしているのだが、圧倒的にいい話より“生き生き”としているのだ。
そして、必ず話は、「やっぱりうちの家族は幸せよ」という言葉で締め括られる。「うちのお父さんも問題はあるけど、暴力もないし、ギャンブルもしないしね」という理由らしい。時には二人して涙したことさえある。今思うと、なんとも悍ましい光景である(笑)。

そんな母を見ている内、「もしかして、父だけでなく母もおかしいのでは?」という疑惑が沸いてきた。物心ついてからずっと、父については母から「おかしい」と聞かされ続け、その通りだと思ってきたのだが、異常に人の学歴を気にし、他人の不幸に生き生きとし、娘のファッションを思い通りにしようとするこの人は、本当に“いい母親”なのだろうか?ーーーと、水に一滴の絵の具を落とすように不信感が募った。

しかし、母は父のモラハラの被害者でもあり、それを共に耐え抜く仲間でもあった。そのため、長い間、家を出た後でさえ、私は罪悪感に苛まれた。あんな父のもとに母を一人残してきた私は悪人だ、と。

実際、物理的に距離が取れる時に謝ったことがある。「ごめんね」と告げる私に、「いいよ」と言った母は、側から見るといい人かもしれない。
でも、私は思った。何故、今まで身を粉にして間を取り持ってきた私が、母に許可を取らなければいけないのかと。私が求めていた答えは、「何で謝るの?」だったのだと思う。多分、普通の家庭なら、子どもが巣立つ時に謝られたら純粋に疑問に感じるだろう。

自分が求め過ぎなのだろうか、と思ったこともある。父の、自己愛性パーソナリティ障害の気質を受け継いでいる可能性がある以上、近しい人にはなおさら、自分中心的な考えをしてしまうのかもしれない。
しかし、私の子どもらしい子ども時代が奪われたのは確かで、必要以上に他人の機嫌を気にするようになってしまったのも確かで、それによって生きづらさを感じていたのも確かなのだ。

私はもう大人になったが、過去の時点で私は子どもで、母は親だった。親である以上、同等の責任能力を子どもに求めてはいけないと思う。

とはいえ、私も自分の家庭を持ち、実家との距離が取れてきたので、今はもう、恨んではいない。冒頭に書いた通り、あまり悩んでいないし、救いを必要ともしていないのだ。

むしろ、この記事が誰かの助けになればいいと思っている。同じような家庭に育ち、絶望を感じている人へ、家を出て幸せになることは可能だと伝えたい。

ちなみに、“あまり”と書いたように、少しは親のことで頭を悩ませる時もある。でも、それは自分で悩みたいな、とも思う。
自分の人生なのだから、自分で悩みを解消していくことこそ何物にも代え難い喜びなのではないだろうか。

悩みをシェアするとしても、同じ家庭環境に育った人がいいなと思う。多分、機能不全家族に育った人にしか分からない何かがあると思うので。



今回はこの辺で。
夏休み、思ったより忙しいので、“なるべく”毎日更新にしたいと思います(笑)。

おやすみなさい。また、あした。

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