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【🇻🇳🇲🇳クウェート#24】vivantの衣装 他

10月17日(火) 「困った時の友」

寮の名簿に登録されている私の名前が、「マスカーリー」から本名に戻ったようだ。

落ち着く反面、少し寂しさを覚える。

授業は、いつも通り教科書を進めた。

今回から、授業冒頭で格言や慣用句が一つ紹介されることになった。

初回は、「困った時の友(が真の友)」
(الصديق وقت الضيق)だった。

これは4代目正統カリフのアリーの言葉らしい。今度調べてみよう。

寮に帰ると、インフルエンザワクチンの貼り紙がしてあった。もう秋だ。

インフルエンザワクチン接種についての張り紙。私はやめておいた。

夜、フラット3の電気が止まった。
フラットの住人は全員困っている。

その時、ちょうどマレーシアのサイイドが来てくれた。
私が病になった時以来、マレーシアのサイイドが毎日部屋に遊びに来ている。

元々は工学部で勉強していたらしく、問題を解決してくれた。

回路の図
ブレーカー

クウェートに来てから、困らない日の方が少ないくらいだ。そういう中で、友人たちには助けてもらってばかりだ。

私は「今日の一言」を思い出さずにはいられない。


隣の部屋に来た、アブドゥルバーリーという名前のパキスタン人と話をした。

髭もじゃのおじさんである。
この寮には色々な年齢の学生がいる。

私が熱を出している間に、いつの間にか来ていたようだ。
すれ違うたび挨拶はしていたが、まともに会話するのは初めてだ。

彼には弟子のような学生が4、5人おり、クルアーンの読誦を見てもらっているようだ。

というのも、彼は「ハーフィズ」だからだ。

ハーフィズは114章からなるクルアーン(コーラン。イスラームの聖典)を全て暗記している。

大学にはハーフィズがちらほらと居る。


私が寝ている間に、フラットの共有スペースは彼に占拠されてしまった。
彼はいつもここで勉強している。

共有スペース

「あなたはいったい、何を勉強しているんですか?」

私は聞いてみた。どうやらタフスィール(啓典解釈)に関係する書物らしい。
色々聞いたが、詳しいことは全て忘れた。

1000年以上前の人物が書いた本への、40年ほど前の注釈書を使って勉強しているらしい。
彼の本には、鉛筆でびっしりと書き込みがしてあった。

『シャーティビーヤへの十分な説明』

アブドゥルファタッーフ・ブン・ アブドゥルガニー・アルカーディー(ヒジュラ歴1325-1403)著


彼もまた、「真の友」になってくれるなら嬉しい。


10月18日 「時間」

今日は、クウェートに来て初めて雲を見た。
午後からは曇り空になった。

曇天


いつも通りの授業。

今日の格言は「時は剣のようだ。それを断たぬなら、時間はお前を断つ。」
(.‎الوقت كالسيف إن لم تقطعه قطعك)

時間を無駄なく適切に使わないなら自分を害することになる、という意味だそうだ。
クウェートに慣れてきて、漫然として過ごす時間も増えたように思う。考えさせられる言葉だ。


ラガーマンの友人と久しぶりに電話した。

クウェートではラグビーの注目度は低い。しかしフランス学生団がいるため、何度か会話にはのぼった。

クウェートで生観戦をすることは難しいが、ニュースや動画でラグビーのことは追いかけていた。
日本代表の敗北は残念だったが、非常に素晴らしい試合だったと思う。

友人と話すのは楽しい。
楽しい時間のためにも、無駄な時間は減らさなくては。


10月19日 「vivantの衣装」

今日も曇り。
格言のコーナーはお休みで、天気に関する基礎語彙の確認をした。

不安になる空だ


授業中、教授がサンブースを配ってくれた。
教授は週に1、2回食べ物をくれる。

普通はファラーフェル(ひよこ豆などを潰して固めたもの)のハンバーガーや、チャパーティー(クレープみたいなもの)をくれる。

チーズ入り

サンブース(Sambus)は、チーズや野菜などを生地で包み揚げた料理だ。
少ししょっぱいが美味しい。


明日は「ベトナム女性の日」(Ngày phụ nữ Việt Nam)だ。

しかし学校はお休みなので、1人のベトナム人学生がアオザイを着てきた。

タジキスタンのバフマンと、ベトナム学生たち
中央がアオザイ

他国の学生を見ていて感じるのが、自国の祝日に対する意識の強さだ。

日本ではあまり無い感覚かもしれない。


外に出ると、砂嵐が来ていた。
クウェートに来て初の砂嵐である。

バスで帰宅した。

バスで帰宅した
黄色の世界
避難する鳩
マスクは砂塵で黄色くなった。

昼食後、民族衣装を纏ったモンゴルのバットが部屋に来た。

Дээл (デリ?デル?)という、カジュアルな服らしい。

帯は和風デザインを取り入れているとのこと

彼の衣装について聞いてみた。

Монгол (モンゴル)
Манж (マンジュ)

という二つの衣装の要素が混ぜっているらしい。

これら二つは、日常的に使われているらしい。

他にもХунну(フヌ)やКидан(キタイ)の衣装について教えてくれた。

モンゴルの服にはもともと肩のボタンが無かったが、清王朝の支配下で右肩のボタンがついたそうな。

モンゴルの衣装は機能的で、多くのポケットを持っている。また上着はブランケットとしても使うらしい。


ところで、モンゴルでvivantはそれなりに有名らしい。
モンゴルでのロケについても、彼は知っていた。

私は堺雅人演じる「乃木憂助」の衣装について聞いてみた。

vivant第2話


彼曰く、内モンゴル自治区の衣装に似ているらしい。

しかもシンボルマークなどが無いため、貧しい人の服装に見えるそうだ。
確かに、彼のザハ(シャツのこと?)には綺麗な刺繍がしてあった。

シンボルマーク

着の身着のまま大使館に逃げ込んだ時の衣装だと説明した所、納得してくれた。


夜は、サッカーに行った。

私はタイ人リーグでプレーする予定だったが、セネガルとガンビアのリーグしかない。
フィジカルの差に萎縮し、観戦のみとなった。

審判が『サタデーナイトフィーバー』のジョン・トラボルタのような衣装を着ているのが気になった。

衣装について考えさせられる一日だった。

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