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小説:高校生起業物語

これはフィクションです

第1話 学園祭から起業家へ

艶やかに咲き誇った桜が散り、川面を花びらが白いジュータンのように染めた4月のまだ肌寒い朝。

僕は一つ年上の姉と一緒にベランダから見える遠くの青々とした山脈をぼんやりと見つめながら姉の部屋のベッドの淵に腰掛けていた。

「どうしよう。困ったなぁ。本当にどうしよう。」

姉は深いため息をもらしながら同じセリフを三度も繰り返しつぶやいた。

「学園祭は秋なんだから今から悩む必要ないんじゃないの?」

僕は部屋の壁にかけてある時計を何度もちら見しながら貧乏ゆすりをしながら面倒くさそうに呟いた。

「何言っているの!今から計画して夏前には必要な準備をしないと間に合わないわ」

姉は眉間に皺を寄せて鋭い視線で僕を睨んだ。

僕と姉のチョコは同じ高校に通っている。

僕は二年生で姉は三年生で来年は大学受験を控えている。

姉の名前は千代子っていうんだけどチョコレートが好きなこともあってみんなチョコと呼んでいる。でもって最近の姉はちょっとしたことでもすぐにイライラして僕に当たってくる。

そういう時は僕は決まって髪型だとか服装だとかどこでもいいからちょっと褒めることでその場を逃げることにしているんだが今回ばかりはなかなか姉の部屋から脱出できないでいる。

「じゃあ、チョコが好きなことをすれば良いんじゃね?」

僕はこの部屋を脱出するために苦し紛れに取り敢えず提案してみた。本心は勝手にしろよという意味だったがチョコの反応は意外なものだった。

「そうか!そうね!だったらお菓子を作って売りたいわ!」

お菓子作りが趣味のチョコはまるで別人に入れ替わったかのように声を弾ませて言った。

僕はドン引きしたけどいよいよ姉の部屋から脱出できると思い、余計なことは言わずに無言のままベッドから立ち上がった。が、、世の中そんなに甘くなかった。

「でもお菓子といってもケーキもあるしクッキーもあるしアイスクリームやチョコレートとか色々あるけどタカシ君は何が売れると思う?」

チョコは僕の顔を覗きながら気持ちが悪いほどに優しく微笑んだ。

僕の名前は貴(たかし)って言うんだけど、チョコはいつも僕のことを「タカ!」と呼び捨てにしているんだが、何か頼みごとがあるときだけ「タカシ君」と君付けしてくるんだ。

ということで僕は脱出に失敗してしまった。

「そうだなぁ。学園祭は10月だよね。だから季節的には少し寒くなってきている頃だろうからアイスとかは無いと思うな。あと食べ歩きできるような小さくて手軽なものがいいかもしれないな。」

僕は斜め左上方向の天井を見ながら答えた。

「確かに!」

チョコは両手を叩いて上機嫌で言った。

「あと文化祭ではガスとか火を使えなかったと思うから、電気で作れるものじゃないとダメじゃないかな?」僕は神社のお祭りのときの屋台の風景を思い出しながら言った。

「ホットプレートとか電子レンジなら大丈夫ね。そうするとあたしの大好きなワッフルに色々なトッピングができるのとかどうかしら!」

チョコの目が急に輝きはじめた。僕はこれは危険な兆候だと感じた。

姉のチョコは行動的な野心家で思いついたら即実行するタイプなのだ。感情的でせっかちななので思い込んだら突っ走る傾向があるんだ。

「あ、うん。それいいんじゃないかなぁ~」。

こうして僕はようやく姉の部屋から脱出できることとなった。

時は流れて1年後。

文化祭も無事おわりチョコのワッフルは大好評だった。

さらに貪欲なチョコはそのことを小論文に書いて希望の大学の経営学部への推薦入学まで勝ち取ってしまった。

恐るべし、、、と僕は思った。元々は僕のアイデアだったけど実際に実行してしまうところは素直に尊敬に値すると思った。

めでたしめでたし、、で終わるはずだったのだが、やはり僕の予感は的中してしまった。

大学も決まって時間を持て余し始めたチョコはいよいよ暴走しはじめたのだ。チョコは思い込んだら一直線の性格だ。

「タカシ君!学園祭であたしのワッフル食べた人がまた食べたいってラインでメッセージをくれたの。だから私学生起業しようと思うの。女子大生起業家ってカッコよくない?きっとメディアにも取り上げられるから成功間違いないと思うの。あ、「美人」女子大生起業家って言われるかしら!タカシ君も雇ってあげようかと思うんだけどどう?」

姉は勝ち誇ったような不敵な笑顔でリビングのソファに腰かけていた僕を見下ろしながら言い放った。

「僕も大学受験が終わったらバイトするよ」

僕は受験もあるし、もうこれ以上付き合っていられないと思い、遠回しにお断りをした、、、つもりだったのだが。

「それじゃ今度の日曜日に一緒におじいちゃんの家に行って具体的にどうすれば良いのかを相談しに行こう!」

姉は全く僕の答えなど聞いていないようだった。

「猪突猛進」とは姉のためにある言葉だと思った。

僕ら兄弟の祖父はパテシエで小さいながらも洋菓子店を3つ経営している経営者なんだ。だからチョコも小さい時からお菓子作りを手伝っていたりして将来はパテシエになりたいと言っていた頃もあった。そんな祖父に起業について相談をするのはある意味当然のなりゆきだった。

こうして僕たち兄弟の前途多難な起業への道がはじまってしまったんだ。(つづく)

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