『半分の月がのぼる空』
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『半分の月がのぼる空』

ながさごだいすけ

伊勢に行ったことは今でもはっきり覚えている。といっても、記憶しているのは、水路のようなところをたくさんの錦鯉が泳いでおり、そこには大きな鳥居があって大勢の人が参道を歩いていた、ということだけである。

お参りをした、という記憶はないが、なにか神聖な場所に来たと思い、その象徴が錦鯉だったような気がする。池ではなく人工的な水路で、それもかなり幅があり、そこに溢れんばかりの錦鯉が泳いでいた。そこには近鉄特急で行ったと思う。

幼稚園のころか、あるいはそれよりも前のことだ。新幹線が走る前のことだから、さぞかし時間がかかっただろう、と思われるのに、旅行の記憶は全く残っていない。もしかしたら山口の父の実家に行った帰りだったのかもしれない。そのほうがありそうな話ではある。

同じころ安芸の宮島にも行ったが、こちらは確実に記憶に残っている。だからたぶん宮島のほうは伊勢神宮よりも何年か後だったのだろうと思うが、どちらも断片的な記憶しかないので判断しようがない。

いつか両親に聞いてみようと思っているうちに父は亡くなり、母は今のところ健在だが、記憶のほうはわたし以上に曖昧になっているし、突然そんな昔のことを聞くのも変なので、はっきりしないままになっている。

たぶん父の生家が山口の日本海側にあるせいで、西のほうにばかり旅行したのだろう、とは思う。長いこと上野より北には行ったことがなかったし、長野や山梨にも行ったことがなかった。父の生家には、そのころまだ祖母(父の母)が住んでいた。祖父はとっくに亡くなっていたのでわたしは会ったことはないが、祖母には数回会った記憶がある。

父の実家(父は四男だった)なので、夏休みになると1週間くらい宿泊した。父の兄(次男)が小倉にいたので、関門トンネルを通って泊りがけででかけたこともある。それとも、あれは東京から直接行ったのだったろうか。

まだ30代だった父に海に潜ってサザエを採ってきてもらった記憶がある。海岸沿いの村で生まれ育った父は泳ぎが得意だった。砂利というには大きめの石(10センチくらいあった)が転がる海岸で、採れたてのサザエを焼いて食べた。そのときは、川で鮎も採った。わたしが見ている前で、従兄が海水パンツ一丁になって生家の前を流れる川に入っていき、モリでつくのである。やはりその場で焼いて食べた。

どちらもおいしかったという記憶だけで、実際にどんな味だったかまったく覚えていない。でも江の島へ渡る橋の途中で売っているサザエや、日光で食べた鮎とはまったく違ったと、あとで江の島や日光で食べたときに思った記憶が確かにある。実際違ったのだろうが、もうまったく再現不可能だ。

父の生家では伯父さん(長男)が養蜂をしていたので生のはちみつを食べたが、これも味に関してはまったく覚えていない。ただ、はちみつは、しばらくたつとぼそぼそになって元には戻らなかったらしいことだけは覚えている。おじさんのくれたはちみつは、いつもぼそぼそだったから。

いつまでたってもトロっとした市販のはちみつにはなにが添加されているのか今でも興味あるが、きちんと調べたことはない。どうせ調べても、あの生のはちみつがまた食べられるわけではない。それとも山口の父の生家にはいまでもあのはちみつがあるのだろうか。

『半分の月がのぼる空』は、橋本紡の小説である。映画化もされた。伊勢が舞台だが地域限定の話題はあまり出てこない(続編では出てくる)。言葉も標準語である。確か、伊勢弁版もあった(今はこれしかないようだ)。わたしは、むかし暮らした大阪と宮崎を思い出しながら読んだが、江の島周辺を舞台にしても問題はなさそうだ。山口は、あまり関係ないかもしれない。

(後記:念のために、書き終わってから母に聞いてみた。すると母は、自分が小さいころ父親(わたしの祖父)に伊勢神宮に連れて行ってもらったことはあるが、わたしを連れていったことはないと答えた。とすると、わたしの記憶にある鯉は伊勢神宮ではなかったことになる。だがもう書いてしまったし、面倒くさいのでそのままにしておく。それにしても、いったいあれはどこの伊勢神宮だったのだろうか)

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ながさごだいすけ
母が住む実家で週末ごとに過ごす日々。 母との大切な時間を綴る。