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電車でマスクしないオジサン(2)

会社に行くには、途中で別の路線に乗り換えないといけない。乗り換えるのは始発駅なので、電車はしばらく駅に止まっている。その間に、少しずつ乗客が増えていって、最終的には、座席は7割くらい埋まる。新型コロナの日曜日はもっと空いているかと期待していたが、そこは普段と変わっていないようだった。

こちらの駅でも乗客はみんなマスクをしている。と、思っていたら、マスクなしの初老の男性が乗り込んできた。まだ座席はいくらでも空いていたが、この車両には座るつもりがないようで、大股に前の車両のほうへ進んでいった。長髪の白髪頭、Tシャツに短パン姿の男は、明らかに近所をステテコ姿でうろつく御隠居さんを思わせ、電車に乗って都心部に出かける人にはみえなかった。こちらの男も、なぜか他人の目が気になるらしく、ギョロギョロというより辺りを睨みつけるように首を振りながら通路を進んでいく。普段の通勤電車ではまず見かけない、さきほどの男以上に違和感のある風貌だった(最初の男は、身なりは普通の労働者風だった)。

男の方からさっさと前の車両に移動していったので、たいして気にも留めなかったのが、出発間際になって戻ってきて、ドアをはさんだ隣のシートの中ほどに、ドサッと勢いよく腰かけた。

同じ側のシートで姿は見えないから、気にも留めずに読書を始めると、突然、「なに見てんだよお。おう? 文句あんのかよお。おう、おう?」という怒鳴り声がした。声の方向から男が車両のこちらに向かって発したものであることは明らかだった。男の位置からだと、わたしの向かいに座っている体格の良い30代くらいの男性に向かって言ったようにみえたが、向かいの男性はスマホを見ていて、関係ないふりをしている。怒鳴った男が立ち上がってこちらに歩いてきた。持っていた傘で男性のそばの閉まっているドアを叩きながら、怒鳴り散らす。やっぱり30代の男性が相手なのだ、と思った瞬間、初老の男はその前を素通りして、ひとつ空けた隣に座っていた大学生らしい女性に向かって、わめきちらし、シートの空いている場所を傘で叩く。30代の男性も、大学生らしい女性も、黙ってうつむいている。初老の男は、怒鳴り散らし、シートを傘で叩きながら、女性の隣の別の男性に向かい、すぐにまた隣に移動し、そのまま、前の車両に移動して、そこでもおなじように怒鳴り散らし、シートを傘で叩きながら、さらに前の車両に移動していったので姿はみえなくなってしまった。電車はまだ出発前で、下りてしまったようにもみえたが、結局男性がどうなったのかわからずじまいだった。

男は、なにをあんなに興奮していたのだろうか。最初に前のほうの車両に移動していったのに、また戻ってきたのが、そもそも前の車両で怒鳴り散らした挙句のことだったのかもしれないが、もちろんそれはわからない。男が喰ってかかった30代の男性も大学生の女性も、特にハッキリと男を見ていたようには見えなかった。といってもこれも私は読書をしていたので、そんなにしっかり観察していたわけではないからわからない。初老の男の態度は明らかに被害妄想的であったが、もしそれが妄想でないとしたら、明らかにそれはマスクをしないで電車に乗ってきたからであろう。まさか、それがわからないはずはないと思うのだが。

なにかマスクに恨みでもあるのだろうか。それとも彼もまた新型コロナのあわれな犠牲者のひとり、ということになるのだろうか?


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母が住む実家で週末ごとに過ごす日々。 母との大切な時間を綴る。