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電車でマスクしないオジサン(1)

会社のサーバに不具合があって、そのままではテレワークができないので、日曜日に直しに行くことにした。

GOTOトラベルが始まったばかりで、いったいどれだけの人手になるのか少し不安ではあったが、実際には電車はがらがらだった。7人掛けのシートに1人座っているかいないかくらいで、休日とはいえ、朝7時過ぎの電車とは思えない空き方だった。

だが、さすがにみんなマスクはつけているな、と思いながら座席を見わたしつつ、誰も座っていないシートの、向かい側にも人がいない端に腰を下ろす。

と、出発間際に中年男性がひとり駆け込んできた。ダッシュしてきたらしくて息が荒い。しかも、マスクをしていないのだった。

あっちへ行け、あっちへ行け、と念じたが、入ってきたドアのすぐ横に腰を下ろした。つまりわたしの真正面である。なんども言うが、マスクをしていない。荒い息づかいである。しかも、他人の目が気になるのか、ギョロっとした目つきできょろきょろ辺りを見回していて落ち着きがない。

席はいくらでも空いているので、あっと思った瞬間に立ちあがっていれば移動することはできた。だが、ドアが閉まって電車が動き始めてしまうともう立ち上がる勇気がでなかった。

男は、ポケットからマスクを取りだしたが、ゴムの部分をいじり始めて、なかなか顔にかけようとしない。あまりにもまだるっこしくて、かえって目が離せなくなってしまったが、さすがにじろじろ見るわけにもいかないので、伏せがちにチラッチラッと目をやっていると、どうもマスクをうまく掛けられないようにみえた。

いや、まさかそんなはずはない、いくらなんでもそんなことは、と思い、さらに見ていると、マスクのゴムをクビの後ろに回し、マスク自体も顎と鼻を出して、なるべく口の周り以外が隠れないようにしているようだ。明らかに普通の人の掛け方とは思えない。その間も、相変わらず辺りをキョロキョロ見回していて、落ち着きのないこと甚だしい。

マスクをかけ終わったので、これで少し落ち着くかと思いきや、今度は、なんと体温計をかばんから取り出した。襟元から右手を差し込んで左脇に挟んでいる。1分ほどして取り出して見ると、また測り直した。さらにもう一度測り直したのを見て、さっさと席を移動しなかったことが悔やまれてきた。明らかに体調不良なのではないか。体温が37.5℃を超えているのではないか。新型コロナなのではないか。不安がどっと押し寄せるが、明らかに普通の人とは思えないので、中途半端に移動して気を引いてしまうほうがよけいに恐ろしい気がして、足が動かない自分が情けなかった。

男は次の駅で下りていったので、ほっとしたが、いなくなると、急になんだか疑って悪いことをしたような気分になった。たぶん自分が新型コロナではないことをこれから行くであろう勤め先に証明しなければならなくてあせっていただけなのではないか、と思った。マスクをしてなかったのだって、遅刻しそうで急いでいたからする暇がなかったのだろう。だから乗ってきてあわててマスクをしたのであんな変な形になってしまったのだ? いや、そこはやっぱりおかしいが、ともかく、マスクをしていないからといって直ちに不審者を見るような目で見るのは止めようと思い直した。

思い直したのだった、が。

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母が住む実家で週末ごとに過ごす日々。 母との大切な時間を綴る。