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「手術を受けるんだけど、この薬飲んでて大丈夫?」 術前の循環器系薬剤の休薬についてまとめてみた 2023.11

患者さんが手術を受ける際、医療従事者は患者さんがもともと内服している薬を継続するか休薬するかを判断する必要がしばしばあります。しかし、どの薬をいつ休薬すべきかについて網羅的に覚えることはかなり難しいです。

そこで今回は、心保護薬、降圧薬、血糖降下薬に焦点を当て、2022年に日本循環器学会がアップデートした「非心臓手術時の合併心疾患の評価と管理に関するガイドライン」をもとに、これらの薬の休薬について解説します

抗血栓薬の休薬に関しては、以前にまとめた記事を参照してください。
https://note.com/cardiology_m/n/nf57409854218


ベータ遮断薬

ベータ遮断薬(例えばアーチスト、メインテートなど)は、降圧薬や心保護薬としてその有効性に関するエビデンスが蓄積されており虚血性心疾患や不整脈などの循環器疾患を持つ多くの患者さんが服用しています。
日本循環器学会のガイドラインによると、ベータ遮断薬を長期服用している患者さんでは周術期にベータ遮断薬の服用を中断せずに続けることがクラスIで推奨されています。

一方で、もともとベータ遮断薬を服用していない患者さんに周術期の心合併症予防のため術直前にベータ遮断薬を新規導入することは、心筋梗塞と心房細動/粗動の減少には寄与するものの、死亡、低血圧、徐脈の増加に繋がる可能性があるため、ガイドラインではクラスIIIとして推奨していません。(Cochrane Database Syst Rev. 2019 Sep 26;9(9):CD013438.doi: 10.1002/14651858.CD013438.)

非心臓手術における合併心疾患の評価と管理に関するガイドライン, p35


ACE阻害薬、ARB

ベータ遮断薬と同様に、ACE阻害薬、ARBも降圧薬、心保護薬として広く使用されています。このクラスの薬の周術期対応について、ガイドラインでは以下のように記載しています。

- ACE阻害薬を内服していると麻酔導入後に昇圧薬が必要な血圧低下イベントリスクが増加するという報告がある。

- ACE阻害薬を内服中の患者は,当日の朝のみ服用を控えるだけで低血圧リスク,脳卒中などの神経系イベントリスク,心血管イベントリスクは全く内服していない患者と同等であったという大規模な後ろ向き観察研究もある. したがって,当日の朝は内服を控えることを考慮する.

- 非周術期ではあるが,HFrEF(EFが低下した心不全)においてACE阻害薬の中止により患者の予後が悪化するという報告があることから,術前にACE阻害薬を中止した場合は,術後速やかな内服再開が推奨される.

非心臓手術における合併心疾患の評価と管理に関するガイドライン, p36

これらのエビデンスをもとに、長期服用中のACE阻害薬/ARBについては継続ではなく、手術当日のみ休薬することをクラスⅡbで推奨し、なるべく早く再開することをクラスⅠで推奨しています。
ベータ遮断薬と同様に、ACE阻害薬/ARBは心不全を抑える効果がありますので、速やかな再開が望ましいでしょう。

非心臓手術における合併心疾患の評価と管理に関するガイドライン, p36


Ca拮抗薬

Ca拮抗薬(アムロジン、アダラート等)は降圧薬として広く使用されていますので、Ca拮抗薬を飲んでいる患者さんが手術を受けるというシチュエーションはかなり多いのではないでしょうか?

ガイドラインではメタ解析の結果、「周術期のCa 拮抗薬の使用により,心筋虚血と上室性頻拍は有意に減少し,全死亡および心筋梗塞には有意差は認めなかったものの,減少傾向が認められた。」と記載されています。

一方で「緊急あるいは待機的に胸部もしくは腹部大動脈瘤の手術施行時,ジヒドロピリジン系Ca 拮抗薬(アダラート、アムロジンなど)の使用が周術期死亡率の増加と独立して関連していたことが示唆」とも記載されており、ガイドライン上、周術期休薬に関する推奨度の記載はありませんでした

個人的には、カルシウム拮抗薬を休薬しても血圧が上がるだけで、もともと心不全予防効果がある薬ではないことを考慮すると、術後にICUやリカバリーのような血圧管理ができる状況で患者さんの観察ができるのであれば、心保護薬と比較するとカルシウム拮抗薬は休薬しやすいと思います。


SGLT2 阻害薬

近年、SGLT2阻害薬が糖尿病治療薬だけでなく、心不全治療薬としても注目されており、多くの心不全患者さんがこのクラスの薬剤を内服しています。
しかし、手術前後にはこの薬剤によるケトアシドーシスのリスクが増加するため、添付文書ではSGLT2阻害薬の使用は禁忌とされています。このことから、将来的に周術期の安全性に関する知見が確立するまでは、SGLT2阻害薬は周術期に休薬すべきでしょう。

手術前の休薬期間については、「糖尿病治療におけるSGLT2阻害薬の適正使用に関する Recommendation」で以下のように記載されています。

手術が予定されている場合には、術前3日前から休薬し、食事が十分摂取できるようになってから再開する

糖尿病治療におけるSGLT2阻害薬の適正使用に関する Recommendation, p2


スタチン

スタチン(クレストール、リピトールなど)は、脂質異常症の治療に広く使用されているほか、循環器領域では虚血性心疾患の再発予防にも用いられています。
多くの方が疑問に思うかもしれませんが、「スタチンが手術に影響するの?」という点については、血管手術患者を対象としたメタ解析により、術前にスタチンを開始することで新たな血管イベントの有意な減少が確認されています(参照:J Vasc Surg. 2015 Feb;61(2):519-532.e1. doi: 10.1016/j.jvs.2014.10.021)。

このエビデンスに基づき、スタチンを服用している患者では周術期にもスタチンの継続がクラスⅠで推奨されており、血管手術の術前に導入することはクラスⅡaとして推奨されています。

非心臓手術における合併心疾患の評価と管理に関するガイドライン, p36


まとめ

  • ベータ遮断薬を服用している患者さんでは、周術期にベータ遮断薬の服用を中断せずに継続(クラスI)

  • ACE阻害薬/ARBは、手術当日のみ休薬し(クラスⅡb)、なるべく早く再開(クラスⅠ)

  • カルシウム拮抗薬に関する周術期休薬のガイドライン記載はなし(個人的には血圧に注意できれば休薬してもよいと思う)

  • SGLT2阻害薬は術前3日前から休薬し、食事が十分摂取できるようになってから再開

  • スタチンを服用している患者では周術期にも継続(クラスⅠ)、血管手術の術前には導入を検討(クラスⅡa)

以上、循環器系薬剤の周術期における休薬についてまとめてみました。

このまとめが、少しでも皆さんの日常診療のサポートになれば、嬉しいです。
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