見出し画像

肺血栓塞栓症に対する血栓溶解療法についてまとめてみた 2020.10.11

肺血栓塞栓症(PTE)は救急外来で遭遇する疾患の一つで、救急外来に従事する医師であれば初期対応をすることはよくあります。重症のPTEは死亡率が高く、日本循環器学会の『肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン(2017年改訂版)』(以後、「PT/DVT-GL2017」と記載)では、PTEの死亡率について以下のように記載されています。

発症時にショックを呈する重症例の死亡率は16〜25%,心肺蘇生を要した循環虚脱例では52〜65%に上ると報告
急性期を乗り切れば予後は良好. したがって,早期診断治療がもっとも重要.

以上のように、PTEは致死的疾患ではあるものの急性期治療を適切に行えば救命率が向上するので、初期対応が非常に重要です。

PTEの治療は抗凝固薬が主体になりますが、重症例では血栓溶解薬が用いられることがあります。一方、血栓溶解薬を使用する頻度はそれほど多くないので、血栓溶解薬を使い慣れているという医師は多くはないでしょう。実際、私は数えるほどしか、PTEに対して血栓溶解薬を使用した覚えがありません。そのため、血栓溶解薬の使い方を暗記できておらず、いざ使用する場面になると急いで用法用量を調べ直しています。

そこで、今回はPTEに対する血栓溶解薬について、PT/DVT-GL2017と添付文書をもとにまとめます。


血栓溶解薬の適応

血栓溶解薬について、PT/DVT-GL2017ではどのように記載されているでしょうか?

「急性PTEのリスクレベルと治療アプローチ」(p19)をみていきましょう。※1

スクリーンショット 2020-10-04 23.24.13

血栓溶解薬はフローチャートの一番左、「心停止あり」、「ショックあり」のところで「抗凝固薬+血栓溶解療法」として出てきており、「急性PTEで,ショックや低血圧が遷延する血行動態が不安定な例に対しては,血栓溶解療法を施行する」と記載し、class Ⅰで推奨しています。

一方、血行動態が安定しているPTEに対しては以下のように記載しています。

血行動態が安定した右心機能不全のPTEに対する血栓溶解療法はルーチンに行わず, 出血リスクが低い若年者や,抗凝固療法を開始するも循環動態が悪化する兆候がみられる場合に考慮するのが妥当

ショック合併などの重症例が血栓溶解療法の良い適応だが、軽症例はベネフィットがリスクを上回るときのみ投与を検討するという解釈でよいでしょう。


唯一、日本で使用可能な血栓溶解薬 モンテプラーぜ

2020年現在、日本でPTEに対して使用可能な血栓溶解薬は、遺伝子組換え組織プラスミノーゲンアクチベータ(t-PA)であるモンテプラーゼ、商品名「クリアクター®」だけです。

クリアクター®の添付文書に記載されている適応(効能効果)を引用します。

● 急性心筋梗塞における冠動脈血栓の溶解(発症後6時間以内)
● 不安定な血行動態を伴う急性肺塞栓症における肺動脈血栓の溶解

PTEに対する適応は「不安定な血行動態を伴う」が条件のようです。この点はガイドラインと同様ですね。

続いて、禁忌をみていきます。

1. 出血している患者:消化管出血、尿路出血、後腹膜出血、 頭蓋内出血、喀血 〔出血をさらに助長し、止血が困難になるおそれがある。〕
2. 頭蓋内あるいは脊髄の手術又は障害を受けた患者 (2カ月以内)
3. 頭蓋内腫瘍、動静脈奇形、動脈瘤のある患者 
4. 出血性素因のある患者
5. 重篤な高血圧症患者

禁忌項目のうち、出血している患者、頭蓋内腫瘍・動静脈奇形・動脈瘤、出血性素因のある患者は言われるまでもなく、投与しちゃいけない状況ですね。

一方、術後の安静が原因でDVTを形成しPTEを発症する患者さんが多い中、頭蓋内・脊髄手術の術後2ヶ月以内が禁忌になることは覚えておいたほうがよさそうです。

腎機能傷害は禁忌に記載がありませんが、慎重投与項目に「重篤な肝障害、腎障害のある患者」が記載されています。

年齢に関しては禁忌に記載はありません。しかし、「65歳以上の高齢者」が慎重投与項目に記載されており、「75歳以上の高齢者で脳出血の危険性が高まるので、これらの患者には他の治療法の可能性も含め本剤の適用を慎重に検討すること」と記載されています。添付文書からは65歳以上の高齢者では適応を慎重に判断したほうがよさそうです。


クリアクターの用法用量は複雑

続いて、用法用量をみていきましょう。

不安定な血行動態を伴う急性肺塞栓症における肺動脈血栓の溶解
成人には体重kgあたりモンテプラーゼ(遺伝子組換え)として13,750〜27,500IU を静脈内投与する。 なお、1回最大投与量は27,500IU/kgまでとすること。
投与に際しては、 1 mLあたり80,000IU となるように日本薬局方生理食塩液で溶解し、1分間あたり約10mL(800,000 IU)の注入速度で投与する。なお、本剤の投与は発症後できるだけ早期に行う。

kgあたり13,750〜27,500IU を静脈内投与、1mlあたり80,000IUとなるように溶解・・・。本当に計算しにくい用量設定ですよね!さすがにメーカーもそのことはわかっているのか、添付文書に体重別投与量早見表が記載されています。

スクリーンショット 2020-10-07 23.40.18

体重60kgだと、82万5千(10.3ml)〜165万(20.6ml)単位を投与するということになります。

そしてクリアクター®の剤形は40、80、160万単位の3種類ですので、慎重投与に該当する症例など控えめに血栓溶解薬を投与したいときは(わずか2万5千単位のために40万単位のバイアルをあけることは稀でしょうから)80万単位1バイアルを10ml程度に溶かして投与するのが現実的でしょうか。

しっかりと血栓溶解薬を効かせたい場合は、80万単位✕1本+40万単位✕1本として120万単位投与したり、80万単位✕2本として160万単位投与することもできますね。


ヘパリンの併用

血栓溶解薬を投与した症例においても、PTEの治療には抗凝固薬は必要です。PTEの急性期には主にヘパリンが用いられますが、血栓溶解薬使用後はいつからヘパリンを使用してもよいのでしょうか?

添付文書には以下のように記載されています。

急性肺塞栓症患者に投与する場合には、次の点に十分注意すること。
1) 基礎治療としてヘパリンを併用する場合、出血の危険性があるため(「重要な基本的注意」の(5)の5)参照)、 出血の確認とヘパリンの投与量の調整を行うこと。 ヘパリン投与量は、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)が正常値の2倍前後(1.5~2.5)になるように注意して調整すること。

文中の「重要な基本的注意」の(5)の5)を引用します。

ヘパリンは、再閉塞防止の意味で本剤との併用若しくは本剤の後療法に用いる。ただし、脳出血等の重篤な出血を起こすことがあるので、本剤投与後6時間以内はヘパリンの投与をできる限り控えること。 〔急性心筋梗塞対象の臨床試験では本剤投与4〜6時間後のヘパリン点滴静注時に脳出血が発生している。〕

添付文書からは、血栓溶解薬を投与したら、6時間経過してからヘパリンなどの抗凝固薬を使用したほうが良いと読み取れます。


まとめ

以上、PTEに対する血栓溶解薬について、まとめてきました。クリアクター®が必要なときは緊急性が高い一方で、使用頻度がそれほど多くないところが臨床医泣かせなお薬です。私なりのポイントをリストアップします。

・血行動態が不安定なPTEに用いる

・高齢者、腎機能障害のある患者は慎重投与に該当するが禁忌ではない

・投与量は表を参照したり、ダブルチェックをして間違いなえないように注意

・クリアクター®投与から6時間あけて、ヘパリン開始が望ましい

以上に注意しながら、適応、禁忌を理解しながら適切に使っていきましょう。


このまとめが、少しでも皆さんの日常診療のサポートになれば、嬉しいです。
今後の励みになりますので、スキ、フォロー、サポートをよろしくお願いします。


注釈

※1:フローチャートにでてくるPESIスコアをPT/DVT-GL2017, p11から引用します。

スクリーンショット 2020-10-04 23.12.12

PESI class III-IVまたは簡易版PESIが1点以上の場合は,30日死亡率が高いことが示されている

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?