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副業でシナリオを書く

日本に戻ってきて早くも4ヶ月が過ぎた。

前々からやってみたいと思っていた、副業、というものに手を出して、5000字〜7000字程度のYouTubeシナリオを、一本あたり3000円ほどで買い取ってもらう日々。

ようやく、3万円ほど稼いだかな。
金を稼ぐのって難しいね。

しかし曲がりなりにも、文章で金をもらう、という少年時代爾来の夢は、どんな形であれ一応の結実をみた。

これまで書いてきたシナリオは、

・感動する話
・スカッとする話

に大別されるのだが、スカッとする話は苦手だった。

クライアントが求めるスカッとする話というのは、大体が嫁姑問題を扱ったもの。
YouTubeをちょっと探せば、玉石混交の動画群が山のように見つかる。

そういうのをいくつも見ていると、リアリティ、というのが分からなくなってくる。

妻が苦しんでいるのに、実家に肩入れして顧みない夫。
不倫した夫と離婚し、夫の両親をも味方につけて制裁を与える妻。
かと思えば、肉親と縁を切り、ひたすら孤立させどん底に叩き込み歓喜する夫婦。
いずれも因果応報といえないこともないのだが。
でもやっぱり、人の不幸を以てスカッとし、幸福を味わうストーリーだ。

そういうのが伸びているから、そういうシナリオを求められる。

いやあ、ダメやった。
私には向いてなかった。

「師之井さんの書くシナリオは、視聴者の求めるものとは違うようです。今後について、少し考えさせてください」

と、能力のなさを突きつけられ、一度は身を引いた。

だってさあ。

そりゃ、嫁とか姑とか、他人同士の生活だから軋轢は生まれるだろうし、実際辛い思いをしてる人もいる。

けれど、YouTubeという虚実の狭間で、たぶん作り話であろう、登場人物全員の人格を疑わざるを得ないような、出来の悪い劇薬みたいなシナリオをいくつも読み、そして書く。

「登場人物全員、人格破綻者じゃねーか」

自分の書くシナリオではそう思われたくなくて、良心でブレーキをかけながら書いた物語が、あるいはサイコパス化してリアリティを喪失した物語が、視聴者を満足させられるわけもなかったのだ。

だけど、チャンスは再び与えられた。

今は感動系のシナリオを書かせてもらっている。

いやあ、いいですね。
精神衛生上、実に良い。
約束されたハッピーエンドに向けて、適度な葛藤とトラブルを仕込む。

求められているのはポジティブな結末。
見た人にシンプルな幸せを疑似体験させること。

このテーマを与えてくれたクライアントに感謝である。

さて。

20分ほどの動画で、視聴者に幸せな感情体験を与える。
それを目的として、ライターやクリエイターが分業して作品を作り、対価を貰う。
チャンネル運営者は、YouTubeから入る広告収入を得る。

工業的に量産される精神的鎮痛剤。
視聴者の時間と引き換えに刹那の疑似的幸福をもたらす感情麻酔薬。
って感じで、ディストピア感があって非常に良い。

楽しい!

妻からもアドバイスをもらった。

視聴者が求めているのは、「情景描写」ではない。
描かれた情景を脳内で感情に変換したい人間は、最初から文学作品や娯楽小説を読んでいるからだ。
精神的鎮痛を目当てに動画に行き着く者が求めるのは、もっと直接的な感情操作。
あらすじに肉付けした程度のものの方が良い。
どうしようもなくつまらない一発屋芸人の、意味不明な奇声と痙攣のような挙動。
そこに付与された、人工の笑声を思い出すと良い。
我々視聴者はあの笑声を号令に、発作的に笑うのだ。
記号的感情を大いに添加し、視聴者が抱くべき感情のレールを敷け。
乗るだけで良いジェットコースターのようにストーリーラインを敷くのだ。
妻の助言を要約した文章

さすがは、食事の味も食感も、娯楽の一環としてたまに味わえれば良いから、必須栄養素が摂取できる錠剤を支給して欲しい、と言うだけのことはある。
本質を鋭角的に切り取っている。

伊藤計劃の「ハーモニー」に通じるものがあるね。
というかグレッグ・イーガンとか世にも奇妙な物語とか、そういうので見たことある気がするな。

刹那的人工的感情体験による、精神的麻酔。

そういうのをシステマチックに量産できる、工業的シナリオライターになりたい。
ディストピア感、最高じゃないか。

この副業を始めてからというもの、あんなに毎日飲んでいた酒を全く飲まなくなった。
ハッピーエンドに向けて文章を操作するのが楽し過ぎて、酒に代わる快楽物質が脳内で放出されているのだろう。
感情的麻酔薬を作りたい、と譫言を言いながら自らに麻酔を打っているようで、私の世界は明るく楽しい。

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