営業成績を報告した

 ひさしぶり。へへ、なんか照れるね……。ツンッ! なんて、触っちゃったのだ。がおー。って、へへへ。

 ぉおお、気持ち悪いですねえ。俺の脳内にいる「理想の彼女」が久しぶりに俺に会っておどけてきた部分を再現してみましたけども。キモいですねえ。ん〜、ありがとうございました。ダッフルコートで萌え袖をしてますね。

 みんな元気ですか。私は元気じゃないです。疲労困憊でぼろぼろなんだよ。なんでだと思う? 俺が疲労困憊な理由、な〜んでだ!

 うるせえな! 殺すぞ! 知らねえよお前が疲れてる理由なんて! なんでだとも思わねえよ!

 ひ、ひぃ〜、ひひぃ〜ん。パカラッパカラッ🐴

 な、あ、馬だ。馬だったんだ。

 名古屋で「本社会議」があった。年に2回ある。俺の会社の営業マン全員が全国から集まり、社長、役員、部長の前で営業成績を報告する会議だ。大まかな流れは以下の通り。

 営業成績を報告する→処刑される

 量刑は営業成績によって様々だが、俺たちは刑を少しでも軽くするために様々な努力をする。これに俺の全てを出し尽くしたため、俺は「楽しい」とか「おもしろい」とかそういう感情が死んでしまった。胸には寂寞とした「悲しみ」だけが去来し、流れる雲は時に任せて形を変えながら、遥か彼方へ飛んでゆくのだった。

 で、今回は全ての地域が売上目標に届かなかったため、俺たちのやることは極めてシンプルだった。

 ①俺たちは頑張ったことを伝える
 ②でも外部要因(物価高騰や不景気)によって、売上は自然に下がるじゃん
 ③でも俺たちはやれることはやったんだぜ。いろいろ作戦だって立てたし
 ④今はダメだけどさあ、ちょっとずつ芽も出てきてるわけよ
 ⑤会社のことも愛してるし! 社長だーいすき、チュー❤️
 ⑥だから今は怒らないで見ててね! おしごとがんばる!❤️
 ⑦処刑される

 これを踏まえれば、処刑されるのは処刑されるんだが、最小限のダメージで済むわけだ。今回、俺率いる「東京チーム」は自分たちに都合の良い数字を集めに集め全力でプレゼンすることによって、なんとかほとんど無傷で死の街(名古屋)から帰還することが出来た。

 そんな中、今回の見所は「大阪チーム」だった。全員が俺の先輩で、歴戦のくせもの営業マンが顔を並べる恐ろしいチームだ。俺の会社の黎明期は、まさしくこの大阪での売上をもとに大きくなっていった経緯がある。「東京」以上に期待を集め、歴代の営業部門のトップは常に大阪から出ている。名古屋と大阪が俺の会社の中核なのだ。

 発表の直前、喫煙所で、大阪チームのリーダーである田野上さん(仮)にどんな感じか聞いた。発表は田野上さんの部下に当たる「よっさん(仮)」が行うらしい。よっさんはやる気がまったく無いため、逆に後輩にとってはありがたい存在だ。信じられないサボり方をするから俺たちがちょっとサボっても「よっさんよりはマシ」という評価になるのだ。

 「う〜ん、まあなあ」「大丈夫やと思う」「大丈夫やと思うよ」

 田野上さんが具体的なことを何ひとつ言わないので、絶対大丈夫じゃないだろうなと思っていたのだが、よっさんの発表が始まった途端にやっぱり大丈夫じゃないことが分かった。意味不明な数字を大量に羅列し、ただ読み上げるというストロングスタイルで来たのだ。

 「意味不明な数字の大量羅列」は、場合によって押し通せることがある。とくに質問などがしづらい雰囲気の中で、「なんの数字か当然わかってますよね?」というノリで貫き通せば、「意味はわからなかったけど、とりあえずなんか色々分析したんだな」という全体的な空気を作り出すことができるのだ。成績が悪かった場合はウヤムヤにできる場合があるため、俺もこの方法で賭けに出ることがある。

 今回は残念ながら完全に作戦失敗して大阪チームが見事に吊るされていた。吊るされてたなあ。ムッソリーニぐらい吊るされていた。温厚な社長がちょっとキレていた。

 発表のあとは質疑応答のコーナーがある。ここで黙って見ていると、ついでに吊るされる可能性があるので「鋭い質問」を投げなくてはならない。だけどあまりに鋭い質問を投げて答えられないということになるとオーバーキルしてしまうためとても気を使うのだ。俺たちはもちろん、経営陣より現場の営業チームの味方だ。

 だがあまりにふんわりした質問をすると、やっぱりついでに吊るされる運命は避けられないため、めちゃくちゃ考えて「吊し上げに参加しつつ助ける」という超高難度の質問を投げなくてはならない。俺は手を挙げた。

 「売上が目標未達だったのは伝わったんですけど、その要因が今ひとつ分かりませんでした。そこで、最大の要因になってる商品とその原因をどう整理されてるか伺いたいです」
 「たとえば、物価高騰なんかでお客さんが自由に使えるお金が減ったとか、あるいは相手先の人事異動でキーマンが代わったとか、相手先との接触回数が減ったとか」

 答え方に迷わないようにこっちでいくつか選択肢を用意した。「たとえば」以下はどれを答えても「それに対してどう対策を取ったんですか?」と聞いて、その答えはこれまでの発表を聞いていれば確実に答えられるものだ。「こういう対策を取りました」と来たら、「なるほど、その対策を徹底すれば今後売上は伸びそうですね」と返す。それでとりあえず上は納得するだろう。
 さあ、これで大丈夫なはずだ! 手を伸ばせ! 助かるぞ大阪チーム!

 「いやあ、わからないです」

 おいおいおいおい!!! やる気わい!! 終わりだ。終わりだ。もう助けられん。さようなら大阪チーム。骨は拾っておくからね。

 売上報告が終わると、あとは和気あいあいとしたものだ。昼休み、会議室で「利きコーラ」をやった。コーラゼロと普通のコーラを飲んで、どっちがどっちか見分けるというシンプルな遊びである。ちなみにメンバーはほとんど30代と40代しかいない。

 瞬時にわかる人が大半だった。これに関してはマジでやってみてほしい。本当に違いが分からない人がいるのだ。ちなみに俺も「全く同じ味」だと思っている。「後味が全然違う」とか「ゼロは明らかにまずい」とか言われたが、意味がわからん。

 でかいコーラを2本、机に置いてみんなでゲラゲラ笑っていると、役員が入ってきて黙って一番前に座った。おっ、と。瞬時に静まりかえって「なんでこんなところにコーラが?」みたいな顔をして、みんな誰とも目を合わせずうろうろしだした。学校か?

 「いいよ、続けて」役員が言う。

 嫌だよ。誰がこんな試飲会みたいな空気で利きコーラなんかやるんだよ。いなくなれよ。

 「ちょっとweb会議やるけど気にしないで」

 気にするよ。よそでやれ。

 「世界の山ちゃん」に行った。名古屋といえば手羽先だな。みんな手羽先の上手な食い方知ってるか? 俺は今回はじめて知った。名古屋の民はみんな知ってるらしい。ちゃんと共有してくれよ。俺が共有しとくから感謝してくれな名古屋民。

 こう、歯で挟んで引き抜く感じだ。伝わるか? そしたらブリン! って骨だけ残るの。もしあれだったらこれだけ実演しに行くから呼んでくれ。そんなに知りたかったらだけどな。めっちゃくちゃ迷惑そうな顔して行くわ。あと言っとくけど俺が本気で描いたらもっと上手いからな。マジ1発描きだわあ。マジだりい。今ちょっと肩痛いしな。ああ肩いてえ。

 いつも深夜12時ぐらいからプレゼン資料を作り始めて、出発する直前に完成するんだが、今回は3日前ぐらいにはほぼ完成していた。結果、新幹線に起きた状態で乗ることができた。いつもはカーテンみたいなやつを下げて名古屋まで爆睡するのだ。

 昼間の「豊橋」(俺の住んでいた街)をしっかり見ようと思って窓の外を見ていると、浜名湖の手前ぐらいから数々の思い出が溢れ出してきて涙がボロボロ溢れてきた。

 「ここから始まったんだなあ」と思いを馳せる。面接を受けに降りた新安城駅が脳裏に浮かぶ。2月の頭、寒い日で小雨が降っていた。ASKAの「はじまりはいつも雨」を思い出しながら駅前を歩いていたんだ。あの日の天気みたいに、最初はいつも上手くいかないのが俺の人生らしい。

 「のんほいパーク」(豊橋が誇る最高のテーマパーク)が見える頃にはマスクまでビショビショに濡れていて、人に見せられる顔じゃなかった。マスカラとかがあれで。マスカラとかがあれなのは嘘だけど。
 通路を通る人に見えないように顔を伏せる。景色見ながら号泣してる奴がいたら不審すぎるからな。

 名古屋まであと30分。泣きながら本社に登場するわけにはいかない。豊橋ー名古屋間こそ思い出が腐るほどあるんだが、景色は見ないことにした。ヤバすぎるからだ。

 まぶたを閉じると余計に思い出が溢れた。涙が「ボウワ!」と溢れる。いかんいかん。何を見ればいいんだ。グリーン車だったらウェッジがあるのに。ウェッジは存在する意味の無い雑誌だ。こういうときにだけ役に立つはずだが、自由席にはウェッジは置いてない。

 ひたすら無心になって残りの30分を過ごす。新幹線は名古屋に停まった。名古屋駅から見える景色がまたしても涙腺を刺激したが、耐えに耐え、本社へ向かう。東京の雪が嘘のように、よく晴れた暖かい日だった。

 

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