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アイオン!と叫んで風呂屋へ行こう




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もう一度探し出したぞ!

------何を?------永遠を。

(A.ランボー/堀口大學訳『地獄の一季』より)


 


 永遠を? 探し出した? で、何がそんなに嬉しいのか。そんなふうにおっしゃる《永遠癖》とはエンもユカリもない人たちにとって、この駄文は駄文以下のものと思う。どうもお退屈さまでした。

 一方、この平べったい世界以外に何ら知覚の対象を持ち得ない<水面>たる我々が、たまさか何かの拍子に自らを通過していく<円錐>の影を垣間見てしまう。そんな瞬間を愛して止まない皆さん、願わくは病まないでいただきたいと思う。杞憂だろうか? そうであれば嬉しい限り。なぜなら、我々が《永遠》に出会う真に奇跡的な刹那こそは、この上なく素晴らしい喜びに満ちていると同時に(※削除)どこかしら<魔の瞬間>としての性格を帯びているから。確かにあの感じは、一種の最果てと言える。

「”木を見て森を見ず”と言うが、俺は木だけ見て生きていこうと思う」

 けだし名言である。以下は森の遥か彼方での話。(註1)




1. イメージできない永劫


 ある日、《宇宙儀》を見せてもらえるというので期待してでかけたが何のことはない、ただの一組のカードだった。いったいどういうことだと相手を問い詰めると、その子は口と胸と態度を少し尖らせ、だからこれがその《宇宙儀》だと言って譲らない。

「何よ。ちゃんと見もしないで」

 気がついてみると、あろうことかチンタオビールを飲みながら逆に非難されている自分がいた。これはまずい。慌てて再び、《宇宙儀》に注意を向ける。眼鏡を掛けた途端、劇中の登場人物がスクリーンから飛び出し、こちらへ向かって駆けて来る。きっとそんな仕掛けがあるに違いないと調べてみたが、天井と柱の間にもう一つ余分に直角を見つけようとする試みにも似て徒労だった。


『世界はもろもろの事実によって規定されている。さらにそれらが事実のすべてであることによって規定されている(註1)』

 ヴィトゲンシュタインのこの一節は、私が知る限りにおいて、そもそもタロットリーディングというものがどうして可能かについての、最も単純明快な説明となっている。この世界の、どの特定の状況も、森羅万象との関わりの中で形成されたものであり、また、通常78枚のカード群から成る一組のタロットデッキが、森羅万象を象徴し得る完全な《宇宙儀》であるなら、それ以外のいかなる説明も余計だろう。ただし、この《宇宙儀》には多分にいい加減なところがあるようだ。

 一般に一組78枚のタロット(またはタロー)デッキは、プレイングカード(いわゆるトランプ)の原型にあたる小アルカナ56枚と、大アルカナまたはアテュと呼ばれる22枚の(コートカード以外の)絵札群から成る。タロットデッキには様々なバリエーションがあるが、カードごとに付された名称とそこに描かれてるモチーフは、大雑把に言ってだいたい似たようなもの。例えば、大アルカナの20番は<審判The Judgement>で大天使ミカエルが描かれているが(註2)、これは言うまでもなく最後の審判を題材にした絵柄である。

 ところが、私が求めたトートタロットではこれが<永劫The Aeon>であり、ブリッジをする人(※してません)、指を銜えた裸の子どもおよびハヤブサの頭を持つアヤカシが三重に描かれており(註3)。これはまたどうしたことか。A社製の地球儀において赤道と呼ばれているものが、B社製品では黄道だったりするなら、私たちは地球儀そのものに対する信用を下方修正せざるを得ないだろう。このように私たちは、まったくつまらない、しかし生きていく上で欠かせない頭の堅さを有している。で、タロットカードだが、結局のところその強引さ、アバウトさゆえに比類なき力を秘めているのかも知れない。

 <無限>を思い描こうとする時、必然的にその<外側>をも想起してしまう。同様に、<永劫>を思う時、<その後>の時間までが気になってしまう。まったく、私たちには<外側>のない空間も、<その後>のない時間も、具体的にはさっぱりイメージすることができないのだ。所詮人間は、物事の<はじまり>にも<おわり>にも決して関与することなく、ひたすら<プロセスを生きる>ことしか許されない生物なんだろうか?

 タロットが《宇宙儀》たり得るのは、実物の地球をそのまま物理的に縮小したフィギュアが<地球儀>なのと同様の意味においてではない。タロットは、三次元世界のみならず時間に関連した概念さえ、強引に二次元平面上に可視化してしまうことで、私たちに、自らイメージし得ない対象にアプローチする術を提供してくれるのだから。

 ところで、Aeonは、元来<ある期間><時代>を意味するをギリシア語(※リンク削除)だが、プラトンの用法では<永遠>の意味をも含む。さらには<永遠界>のような世界・圏域の意味、<超霊的存在=霊的原理>といった神格・霊格的な意味や英会話スクールの名称としても使われるなど、時間とともに活躍の場を拡げ、いつの間にかすっかりつかみどころのない言葉へと変貌を遂げていたようだ。そして今、私がうんぬんしようとしている<アイオンaeon>は、れっきとした英語であり、英語母語話者の発音は何と<イーオン>または<エーオン>。レゲエの歌詞に頻繁に登場する<ザイオン>との類似性など、かけらもない。そんな訳で私は、いきなり叫びそびれてしまった。




2.曖昧な二千年紀

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