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【詩】夏と、その痕。(「蝉と蝦」他三編)

蝉と蝦

夏が滞って瀝青に焼き切れる。
金属めいたセミの亡骸が赤錆に朽ちて、煙草の吸殻へ手向けの火を点けた。
真っ青なエビの群が深く炎天を泳いでいるから、南洋の匂いと樹林の翳りを電波塔は受信する。


打ち上げ花火

キナ臭い黒と尊厳を炙り出す熱帯夜に、
アルコール漬けの肋骨は煤煙を噴く。
白昼が捩れて裏返ったら、
真っ暗闇に再三再四金銀の裂傷。
虹色に崩壊する天国は祈りの切実さより
速く溶けていく虚空。
今日という日が、ガラガラ音を立てて冷えていくのを、
煌めく呻き声の深度で測っていた。


白く腐る

空は水だったと思い出した私が、今も此処で溺れないでいられたの?
大気を掻き分けて、溺れないように呼吸をして歩いている。
浮いたり沈んだりを此処で延々続けている。
あるだけの空で息をするので、歌いだすような過呼吸に私は酩酊する。
真昼と団地の外壁の、白さ白さ白さに眩く腐食していく。
静かに劣化する私は此処で、水没するような息だけをしていた。


町工場

粘着質な残暑に炙られるダクトが矢印に成りすまして指し示す経路を、目で追いかけている。工場のコンクリート壁にはりついた窓一枚分の近視的な沈黙。白く錆びた陽射しが、室外機の羽の回転に巻き取られている。夏の相転移に閃く揚羽蝶と、その翳りを見送ったカーブミラー越しの百日紅。鉢植えの裏側で貪る蛞蝓の眠りを、トラックのスピードが踏み躙りそうになった。湿気ったアスファルトの面を這う粘液を、工場は網目模様に織り上げて殖やす。つらつら、つらつらと、糸をひいて絡み付く粘着性の熱傷で街は被われていく。

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