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文学の読書メモとして

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エドガポー今、5/24/23火曜

◆『アッシャー家の崩壊』 今、5/24/23水だが、私は、エドガー・アラン・ポーの『アッシャー家の崩壊』という短編小説を読み進めている。なぜ、読もうと思ったのか。短いものを読もうと思ったからだ。シゴトで忙しいという頭があったからだ。それより前は、川上未映子の『黄色い家』という長編小説を読んだ。その前は、村上春樹の『海辺のカフカ』、『1Q84』、『騎士団長殺し』を読んだ。村上春樹は、少し前『ねじまき鳥クロニクル』を読んだのだが、最近、『不確かな街、壁』という詳説が出たので、そ

    • 失われた時を求めて ①第一篇「スワン家の方へⅠ」を読む

      3◆ 11/4/23土〜 微睡む精神、再読スタート ②以降の理解のために、今一度、再読している。 私という精神の記憶装置。生物のような記憶装置というべきか。眠りから覚めると、微睡む精神は、自分がどこにいるのか、まさぐるように位置と時間を確認する。私は、20世紀初頭のフランスのパリ、イリエならぬコンブレーの家で、何かを回想し始める。 2◆ 10/27/23金~ 一人の散歩の習慣 田舎の娘への特殊な欲望を、一般的な欲望へと還元する歳ではなかった時という分析、あとは、花やら樹木や

      • 『黄色い家』を読む

        1. 「自分探しの旅」と、「見出さないと行けない旅」 5/17/23水、『黄色い家』をKindleで読み終えた。これまで村上春樹氏の『海辺のカフカ』、『1Q84』、『騎士団長殺し』を読み終えた後に、川上未映子氏の『黄色い家』を手にした。 両方とも人生における「自分探しの旅物語」として捉えた場合、村上春樹氏の主人公は、自分探しを観念的に思考的に追い求めていると思った。『騎士団長殺し』の「主人公の私」がそうだ。何かのメタファーやらイデアを求めて、そこに現れる意味に感じ入る。井

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