見出し画像

ウクライナ言語分布に関する考察

最近(2023年8月)、とある「ウクライナに於けるロシア語話者の割合に関するデータ(言語分布)」についての議論が沸騰している。
現在ネットで入手できる言語分布図は数多くあり、それぞれ、様々な角度からの分析データをもとに民間、政府組織やメディアによって作られている。
いくつかを分析し、現状を最もよく反映するデータはどれかを検証してみる。

まず、最初に議論の的になった言語分布図を挙げる。
ソースはtranslators without borders、人道的翻訳サービスを提供するために創設されたアメリカの非営利活動法人である「国境なき翻訳者団

https://translatorswithoutborders.org/wp-content/uploads/2021/07/Ukraine-Language-Map.png

2001年の国勢調査をもとにしたという言語分布図(TWB)

棒グラフからは全体の67.5%がウクライナ語、29.6%がロシア語を第一言語としているということがわかる。そして分布図はウクライナ語が薄茶色、ロシア語を紺色で表している。
これについて全体の3割近い人口がいるのだから地図上でもロシア語を第一に使う人のいる地域はもっとあるのではないかという指摘があった。

ここでCNNの発表した分布図をみてみよう。


2001年の国勢調査をもとにしたという言語分布図(CNN)

こちらは、各地域に於いてロシア語を第一言語とする人の割合が高い順に赤が濃くなっている。
ウクライナの東部8州とクリミアにおいてロシア語話者が多いことが視覚的によくわかる。
しかし、どちらも元になっているデータは2001年の国勢調査なのに、なぜこのような違いが現れるのだろうか。

「国境なき翻訳者団」の地図には致命的な誤りがある。それは各の第一言語の分布を一定地域に固定していることだ。それによりロシア語話者の地域の人口密度が極端に高くなってしまうのがわかる。
このような分布図は、どちらの言語が優勢か、という勢力図には使えても実際には複雑に混在しているはずの双方の言語人口は見えてこない。
これだけでCNNの方がより現実的であることがわかる。

では、次に双方の分布図のもとになった2001年の国勢調査を見てみよう。

ウィキペディアの「ウクライナにおけるロシア語」を参照する。

2001年国勢調査:ロシア語を母語とする人の割合(地域別)

ページ内にはちゃんと国勢調査に基づくロシア語第一言語人口の分布図があった。CNNの25〜74%という部分がより詳細になっているが、CNNが元の情報を正しく伝えていることがよくわかる。

さてこのページにはもう一つ大変興味深い分布図がある。
これは2003年の「ロシア語使用分布図」、つまりどれだけ話されているか、というデータ。ロシア語を第一言語としていない者たちによってもロシア語は日常的に使われる。そのデータも見ると東部、東南部は明らかにロシア語利用者が優勢であることがわかる。

ウクライナの地域別ロシア語使用状況(2003年)

更にページを読み進むと面白い分布図が現れる。

市町村の議会における言語

こちら市町村の議会(Council)で使われる言語だからハッキリわけて表現できる。
はてどこかで見たような分布図だ。
青を薄茶に、赤を紺色に置き換えれば、国境なき翻訳者団の分布図とほぼ同じだ。
国境なき翻訳者団はこれを第一言語の分布図と勘違いしたのではないだろうか?

さて、ウィキペディアの「ウクライナにおけるロシア語」日本語ページは、大体英語のページと似たりよったりだが、ウクライナ語のページに飛ぶと更に面白いデータがある。


家庭でロシア語を話していると回答した人の割合。2019年9月6日から10月10日まで地域センターで実施された社会学サービス「Rating」の調査による

2019年の調査。家庭でロシア語を話す人の割合は、東部8州で第一言語人口よりも多い。さらに中部やKiewも家庭でロシア語を話す人の割合が多いという結果になった。それだけ実際使われている言葉であることがこのウクライナ自身の調査ではっきりとわかるのである。

最後に、ドイツ内務省管轄の連邦政治教育センター Bundeszentrale für politische Bildung(略してBPB) の作成した「ウクライナの日常に於いて使われる優勢言語分布図」を紹介する。
これはドイツ政府が調査した資料をもとに作られた地図である。

https://www.bpb.de/system/files/dokument_pdf/Ukraine-Konflikt.pdf


ウクライナの日常に於いて使われる優勢言語分布図

灰色がロシア語がより優勢な地域、黄色がウクライナ語。2017年のものだがBPBはこれを最新情報として2022年5月12日のレポートの添付資料として使っている。
2003年のウクライナの調査結果と非常に似ていると言える。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?