「米津玄師」という物語

 「米津玄師」には、物語をみせてもらっている気がする。

 孤独な少年が、才能だけでひとつひとつ、夢を叶えていくという物語を。

 8月5日に米津玄師がリリースする5thアルバム「STRAY SHEEP」に野田洋次郎(RADWIMPS)とのコラボ楽曲“PLACEBO + 野田洋次郎”が収録されることが発表された。米津さんは高校生の頃、大好きだったミュージシャンとコラボすることになったのだ。

 今回のコラボに対するコメントでも「高校生の頃にRADWIMPSと出会い、その音楽性に衝撃を受け、虜になった瞬間をついこの間みたいに思い出せます。
 2015年に行われた対バンイベントに呼んでいただいたのを機に、今では洋次郎さんと当たり前のように飲みに行ったりくだらない話ができたりしていることが不思議でなりません。
 彼の声がこの曲に乗った瞬間の高揚も、あの時の衝撃のようにいつまでも鮮明に思い出せる記憶として僕の中に深く残るでしょう。
 先輩いつもありがとうございます。また遊びましょう。」

と語っているが、RADWIMPSからの影響は過去も幾度となく語っている。

「クラスメイトが外国人どころか動物にしか見えない。もしかしたら噛み殺されるかもしれない。ヤバいからすみっこのほうでじっとしていよう、」(『ROCKIN’ON JAPAN』2015年11月号)と感じていた高校生の米津さんにとって、自分に衝撃を与えた曲を作る洋次郎さんを周りにいる人よりもよほど、近くに感じていたことだろう。そんな憧れの人とのコラボは、まだ何者でもなった頃の米津さんが夢見たことの一つではなかったのではないだろうか。

 米津さんの「夢」は昨年も一つ叶っている。

 映画『海獣の子供』の主題歌“海の幽霊”を作ったことだ。

 米津さんが美術の専門学校入学するために大阪に行った頃、多大な影響を受けたという五十嵐大介著『海獣の子供』の映画主題歌、それも自分から提供を申し出たという。この“海の幽霊”は米津さんにとっては、それまでの音楽家として人生の集大成のような曲でもあった。

 一般的に流布している「米津玄師」のイメージは高機能自閉症で、周りに理解されずひきこもり、うつ病をも患った孤独な少年がインターネットの世界で音楽の才能が認められ、ミュージシャンとして成功した天才。そして、今は何千、何万という観客の前でライブを行い、憧れのミュージシャンや才能にあふれた華やかな仲間たちと仲良く飲みに行ったりしている。

 今、孤独を感じている十代の子供たちは米津さんの存在にどれほど、勇気づけられていることだろう。たとえ、今は孤独だったとしても、温かな場所にたどり着くことができるかもしれない。そんな気持ちを持たせてくれる筈だ。

 人気のあるミュージシャンが戦略によって人気が出たのか、その人の持つ才能で人気が出たのか私には判断がつかない。けれど、ニコニコ動画で「ハチ」として人気を博した米津さんは掛け値なしの才能だけで世の中に出てきた人だ。そのことが10代から遠く離れた私にも、心の支えになってくれている。

 世の中は、本人の能力よりも、コミュニケーション能力という名の阿りやいじるという名のいじめをする人が幅を利かせている。けれど、米津さんのように本当に能力があれば、そういったものを乗り越えることができる、言い換えれば、乗り越えられないというのは、自分自身に能力がないということを突きつけられることでもあるのだけれど。でも、まやかしの能力が罷り通る事よりもその方がよほど気持ちがすっきりする。

野田さんとのコラボ曲の“PLACEBO”の意味は「偽薬」。

この薬、様々な立場の人間に、きっと良く ”きく” 薬となることでしょう。

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