心の病気とシナモンのいる暮らし
シナモンが好きだ。
香辛料の話ではなく、空を飛ぶ子犬の話である。サンリオのシナモロールが小さい頃から好きだ。
2歳の頃からブラジルにいたんで、物心がついたときには南国の巨大な家の子供部屋で遊んでいた。うちは床も壁も大理石で、リビングでは自転車の練習ができて(これはほんと、わたしは家のリビングで補助輪が外れた)、パパとママとお姉ちゃんと、お手伝いさんのアンナと住んでいて、たまに日本からおばあちゃんが遊びにきてくれた。
うちにはキティちゃんのぬいぐるみがいた。黄色い、妖精みたいなドレスを着たやつが1体。わたしはそれがあんまり好きじゃなかった。というか、キティちゃんがあんまり好きじゃなかったのだ。
キティちゃんとかミッフィーとか、極力シンプルなパーツで作られたキャラクターは洗練されている代わりに一部の子どもには好まれないように思う。わたしは今ではキティちゃんもミッフィーも好きだけど(松屋銀座のミッフィー展が気になっている)小さい頃はそれよりとっとこハム太郎とかバービーちゃんがお友達だった。
でもシナモンは好きだった。小学生くらいの頃シナモンと出会って、プールバッグとか下敷きとか、ペンケースとかを買ってもらった。
だけど小学校中学年くらいで「キャラもの恥ずかしい期」がやってきた。特にわたしはクラスで一番背が低くて、とろくて足も遅かったからキャラものを身につけていると余計赤ちゃんみたいに見えてそれがとにかく嫌だったのだ。わたしの興味は青い鳥文庫とかポンポネットの服とかに移り、シナモンの存在をすっかり忘れていた。
それから時が経ち、23歳、社会人1年目、わたしはいまシナモンのぬいぐるみを抱いて寝ている。
わたしは長らくうつ病を患っている。いろんなことがあってそれの状態もあんまり思わしくなく(一時よりはぜんぜんいいけど)、2週に1度くらい、病気のせいで何にもできない日がある。
うつ病がひどくなると頭が働かなくなる。眠いというよりは意識が朦朧とする感じで、頭が働かないというよりは誰かに意識を丸ごと乗っ取られている感じなのだ。そうなると仕事どころではないし、きょうは色々あって(上の記事のDV元彼と治療費のことでやりとりしたからかも)そういう日で、仕事を早めに終わりにしてリビングの床でシナモンと寝っ転がっている。
大学2年くらいの頃、突然またシナモンが好きになった。地元の大きめなショッピングモールの中にサンリオショップがあって、何の気なしにそこをのぞいていたわたしは、気づくとシナモンのポーチを買っていたのである。
シナモン(うちではシナちゃんと呼んでいる)はすごい。白くてふわふわだし、しっぽはくるくる巻いているし(うちのぬいぐるみはだんだんまっすぐになってきた)、耳で空を飛べるし、総選挙だってずっと1位だし、ジュノンボーイだし。ピューロランドのショーで、手足が短すぎるがために1人だけなにひとつダンスの振りができないシナちゃんが可愛くて可愛くてたまらなかった。
うちの部屋にはシナモンが9体いる(うちぬいぐるみは2体)。頭が働かず、支離滅裂な思考でシナちゃんを抱きしめながら思う。こういうときに犬がいたらいいんだろうな。
もっと辛い人はたくさんいるよ、と言われると、これくらいで辛いわたしはなんでダメな人間なんだ、と死にたい気持ちになる。そうなると「死にたくなったら飲むように」と処方された薬を飲んで、我が家で一番落ち着ける自室のベッドでシナモンと横になるしかない。
富山に行きたいな。親友が富山の旅館で働いている。仕事とか全部休んで、富山に行きたいな。それかリモートワークになったんだから、しばらく富山で仕事をしながら過ごすのもいいな。
富山の親友にわたしは絶対の信頼を寄せている。一人の人間として、わたしを裏切ったりしないと思ってるし、突然いなくなってもそれはわたしを嫌いになったからじゃないと思える。
絶対的に自分を肯定してくれる存在が欲しい、とシナモンを抱きしめながら思う。シナモンはわたしのこと肯定してくれるよね。こういうときぬいぐるみはいいけど、シナモンが本当の犬だったらもっとよかったのかもしれない。
犬がいたらいいだろうな。犬は人の気持ちをわかってくれるらしいし、つらいときは黙ってそばにいてくれるらしい。なにより猫と違って人間にリスペクトがありそうだし(そんな猫を愛している、実はわたしは猫派である)、どんな時も自分を肯定してくれそうだなと思うのだ。
猫のいる暮らしと同じくらい、大きい犬がいる暮らしに憧れがある。大きい犬は素晴らしい生き物に違いない。小さい犬ももちろんかわいいけど、大きい犬は小さい犬より賢そうだし、なにより包容力がありそうだ。つらくなった日、大きい犬のお腹を枕にして眠りたい。
今日もわたしは、自室の2段ベッドの下の段で(上の段にはかつて姉がいた)シナモンを抱いて眠るだろう。朝起きると隣にいたはずのシナモンは頭の上にいたり腕の下にいたり、なぜか足元にいたりする。文句ひとつ言わずに。
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