嫌いだ


才能なんてないと納得することがはじまりなんだろう。うすめたような文章を書いているね。詩なんだかエッセイなんだか分からないってさ。実験してるんだって言い訳したけど、見失ってるんだよね。捉えどころのない、ヤツを捕まえておくことができなくて、どこかへ逃がしちゃったんだ。捕まえた気になってただけか。それで得意になってたんだ、バカだよね。才能なんかない。書けてしまったものは賜りものであって、実力なんかじゃないんだ。自分より才能のある人はたくさんいて、それって努力する努力をしていないのに努力できる人のことなんだけれど、努力しようと努力しよう、と努力している自分は足元にすら及ばないんだ。這いつくばれ。

思い出した。がんばれないから死のうとしたこと。社長からがんばっていないねと言われて、そうですねと答えることしかできなかった。努力する努力をしていたのに、ちっとも努力できなくて。今や諦めてしまって、がんばらないことをがんばっているところだ。もうがんばれないことはどうしようもなくて、それは何度も挫折したからで、身体が悲鳴を上げるんだ。がんばろうとがんばっていたら、障碍者になってしまった。なんだそれ。がんばろうとがんばってもなにもいいことはなかった。だからがんばらないようにがんばるしかなくて、それは逃げだと言われても生きる術なんだ。奪わないでくれ。

障碍者という烙印を押されたとき、ショックだったけれどそれは、もうがんばらなくていいことを意味した。丁度良い言い訳を手に入れた。甘え? 何が悪い、今まで辛かったんだ。生きているのがひたすらに苦しかったんだ。幸福を味わったっていいじゃないか。もう疲れたんだ。がんばるとすぐ体調を崩すんだ。がんばらないことを目指すしかないんだ。そう言い訳して、惰眠を貪って、怠けている自分が嫌いだ。昔々はがんばれたのに、なぜなんだ。時期的には、いじめに遭ったことがことがきっかけ? そんなありふれたことで? がんばれない自分が嫌いだ。どうしようもなく嫌いだ。

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