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存在確認

なだらかな坂道を歩いている。作り物の町並み、カラクリ人形の人々。ショー・ウィンドウに僕の姿は映らない。偽物は僕の方か、町の方か。首を傾げても分からないので、窓を叩き壊してみた。痛い、血、本物だ。指を切り裂いた硝子の欠片も本物だ。

僕は警察に捕まり、事情聴取を受けた。芝居じみていたが、これも多分本物なのだろう。実感が欲しくて、僕は警官に殴りかかった。腕をひねり上げられた。痛い。本物だ。僕は嬉しくて、警官の顔を蹴飛ばした。怒った。面白い。警官は何か怒鳴り散らしていたが、よく聞こえない。頬を叩かれた。痛い。嬉しい。僕は生きているのだ!

僕は何も答えないことにした。問いに意味はないからだ。生きることや人を好きになることと同様に、衝動さえあればいい。切っ掛けは何でもいい、例えば、太陽が眩しかったとか。僕は今、囚われている。どうやら生きているらしい。ならば何故、窓に映らなかったのだろう?

僕の前に女性が立った。彼女は僕の母親だと名乗った。彼女は泣きながら怒っているようだった。何も悲しいことなんかないはずなのに。笑えよ。僕は彼女の腹を蹴りつけた。彼女は倒れ、僕はその腹を何度も何度も踏みつけた。彼女は苦しそうな顔をして、呻いて、吐いて、そのうち動かなくなった。

気付けばたくさんの人に囲まれ、僕はマイクの前に立っていた。何も言うことなどなかった。人は何故語ろうとするのだろう? それは偽物でしかないのに。どんなに表面を丁寧になぞったところで、それは本物に成り得ないのに。

そうか。恋しているのだ。偽物は本物に恋しているのだ。ならば本物を見せてやろうじゃないか。僕は駆け出した。が、すぐに取り押さえられた。僕は叫び、滅茶苦茶に暴れた。腕の骨が軋み、折れた。痛い。滅茶苦茶痛い。僕は泣いた。人の声を遠くに聞きながら、瞼を閉じた。

彼らは偽物が好きらしい、と僕は結論付けた。本物を求める僕は淘汰されるしかない。生きている限り本物は手に入らないのだから、それは僕にとっての幸福でもある。つまり僕は死にたいのだ。しかしその手段は彼らによって奪われている。それは生きながらにして死んでいるのと同じことではないか? どうせなら僕は、死んでも生きたいと思う。だから、彼らの隙をついて、僕は窓に体当たりした。

瞼を開けると、真っ白い天井があった。見渡したところ、病室らしい。手首をチューブに繋がれ、脚を吊り下げられ、身動きが取れない。僕は失敗したのだ。彼らのように生きることにも、自らの意思で死ぬことにも。窓辺の花と同じ、萎れるのを待つだけの、中途半端な存在。花瓶の横には半透明な僕の姿がある。僕は大きく欠伸して、もう一眠りすることにした。

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